第182射:聖国の動き

聖国の動き



Side:タダノリ・タナカ



『ずずっ。いやぁ、この緑茶は美味いのう。心が落ち着く』

「それは何よりだ」


世の中の爺婆限定とは言わないだろうが、お茶には心を落ち着ける作用があるというからな。

一旦休憩には最適なモノだろう。


「というか、良く俺が出したモノをあっさり食べるな」

『お主が、わしを殺そうとするなら、気が付かれずにやるじゃろう。こんなあからさまな手段を取るわけがない。そう言う意味では一番信頼しておるよ』

「ありがとよ。しかしながら、爺さんとの約束は守れなかったな」

『仕方あるまい。まさか、身内が襲うとはな』

「「「?」」」


お茶を飲みながら、聖女の身に起こったことをしれっと話す爺さん。

いや、話を振ったのは俺だけどな。

おかげで、結城君たちは話に付いて来れていない。


『それにロシュールからの帰路じゃったからのう。お主がいても何もできんかったろう』

「ロシュール? 帰路? 歓談中失礼しますが、もしかして、聖女様のお話になっていませんか?」


俺たちの会話の内容に気が付いたのか、大和君が話しかけてくる。


「ああ、そうだ」

「ええ!? ふつーに雑談の流れだったよね!?」

『ま、そう言う風に話しているからのう。まだ日も高い。下手に真剣な話をしていると、周りが五月蠅いからのう』

「爺さんも大変だな。隠居はまだ先か」

『流石に、聖女様の死亡の報告があれば隠居していても動かないといけないがのう』


そりゃそうだ。

著名人どころか、国家元首の死亡だ。

誰もかれも動かないといけないのは当然だな。


「その割には、まだ国は荒れていないな。てっきり、もうちょっと混乱しているかと思っていたが」

『それも当然じゃろう。一応情報封鎖はしておるし、噂は出回っておるが、結局の所死体が無いのでのう。大半はうそだと言っておる』

「それは最初に聞いたな。死体が出ない、部下だけが報告してきただったか?」

『うむ。訃報を伝えてきたのは、ロシュールへ聖女様を迎えに行った兵士二名じゃ』

「話では、魔族に襲われたって話だか? というか、聖女ルルアは元聖女だろう?」


今更だが、グランドマスターの爺さんは聖女の座から退いたルルアを未だに聖女と呼んでいることに気が付いた。


『お主に言わなくても分かると思うが、それはルルア殿を下ろした連中の勝手な決定じゃ。一般的には全然認められておらん。後任はルルア殿にはまだまだ及ばぬひよっこじゃからのう』

「やっぱり裏が動いてか。理由は無茶苦茶だったもんな」

『ロシュールの弟子である聖女のせいで戦争が拡大した。じゃったな。あほらしい。どこまで責任をもとめるつもりじゃよ。そもそも、ロシュール第三王女エルジュの聖女の件は、リテアから積極的に取り込むように上の指示で動いたものじゃしな』

「で、支持した王女様の立場が悪くなれば、聖女様をきりすててすげ替えか。政治的な判断だね」

『ふん。私欲をむさぼっていた連中が動いたとしか思えんわい。まあ、話がずれているので戻すぞ。その関係で、責任を感じたルルア殿が単独で飛び出して、ロシュールへと向かったわけじゃ。だが、不幸というかなんというか、ロシュールに魔族が入り込んでおり、エルジュ王女は落命。結局ルルア殿はエルジュ様と会えずに終わり、ロシュールから報告がきて迎えにきた連中に護衛されてリテアに戻る途中……』

「魔族に襲われ、命を落としたってことか」


なんとも、やりきれない。

魔族許すまじ! と一般人ならそう思うんだろうが。


「なんとも都合がいいことで。聖女ではなくなったとしてもリテアの最重要人物だろう? それが、兵士だけ逃げてきてってか」

『うむ。死体無しに死にましたと言われて信じる奴はおるまい。おかげでリテアの上は大紛糾じゃ』

「へえ。あっさり死亡を認めた方が、今後の政権では楽だろうに」

『別にルルア殿は敵ばかりではなかったんじゃよ。味方もおった。その代表の1つが現聖女のアルシュテール様じゃな。ひよっこではあるが、ルルア殿の直弟子でもある。元々リテアの政治を担う貴族の出でもあるからのう』

「また不思議な人選だな。元聖女様を慕う人物を聖女につけたら死亡なんて認める……。そういうことか」


元聖女様を慕うからこそ、上に据えたわけだ。後々の面倒を取り払うためにも。

と、思っていると、すぐにルクセン君が口を開いて質問をする。


「ちょっとまって。話が分からないよ。なんで、死亡を認めるって話になるのさ。絶対全否定でしょ」

「光さんの言う通りですわね。ルルア様を慕っているのなら、死体の出ないようなことは納得するはずがないと思いますが?」

「あー、すまん。わかりやすく言うとだな。そのアルシュテールって聖女が元聖女の死亡を認めてしまえば、ほかの人が否定しようがないってことだ。つまり、そのアルシュテールさえ納得させれば、ほかの連中は大人しくなる」

『そのとおりじゃ。タナカ殿の言うように、現聖女が納得すれば、ことをひっくり返すのは大変じゃからのう。だからあえて彼女を聖女にしたわけじゃな』


そういうこと、反対派筆頭を納得させることで後々の問題を抑えたいと思ったわけだ。

ま、この死体のない状態からどう現聖女を納得させるかって問題があるわけだが。


「……田中さん。周りが納得するとか、納得していないとかの話を聞いていると、なんか身内に殺されたみたいな話になってない?」

「あー、まあ、そっちもうすうす察しているとは思うが、魔族に殺されたって話はでっち上げの可能性が高い」

「「「……」」」


俺の答えに沈黙する結城君たち。

思った以上に反応が薄いな。

やはりうすうすは気が付いていたか、それとも誰かが助言したかだが……。

ま、誰がしてもいいか。この程度のこと誰だって思いつく。

権力争いなんてよくあることだ。

だからこそ、国民はそこまで驚いてもいない。

政治家の入れ替わりなんざどこでも起こっているからな。


『まあ、若者には辛いかもしれんが、今回のリテアの事件は身内の争いを魔族の責任にしたというところじゃな。幸いロシュールの聖女様は魔族と組んだ大臣に殺されたからのう。信憑性はある。そして、魔族にとっては迷惑極まりないのう。このままじゃと魔族の和平派が追いやられ、好戦派が動き出すか。この作戦を思いついた連中は一番安全だというつもりだが最大の被害が出そうじゃな』

「本人たちは、うまく自分の立場を脅かす聖女を引きずり下ろして、暗殺することに成功したと思っているんだろうがな」

『事実、成功しているといってもいいじゃろう。あとはアルシュテール殿に死んだという事実を認めさせれば、ルルア殿を支持している連中も折れる。まあ、全てわしの憶測ではあるがのう』

『「「……」」』


爺さんのほうは聖女様は暗殺されたって見方が強いか。

まあ、現状を見れば当然かね。

で、この話を聞いてショックを受けたのか、それとも考えているのか、結城君たちは沈黙するが……。


「ねぇ。難しい話は分かんないけどさ。その暗殺されたっていうのを、周りに伝えるとか、リテアの聖女様よりの貴族に訴えるのはできないの?」


その会話がいったん止まったところで、ルクセン君がそう意見を出す。

そうだな、地球の日本とかの法治国家ならそれもありだが……。

いや、まあできるか、でもなぁ……。


「できないことはないだろうが……」

『そうなればリテアは真っ二つに割れるのう。ついでに周辺諸国の信頼も落ちる。内戦、または他国の侵攻も考えなくてはいけなくなるのう。まあ、それも確実な証拠でもない限り受け入れられんじゃろう。アルシュテール殿も内心疑ってはいるはずじゃが、自分が何かを言えば、リテアが割れると理解しているからこそ何も言わないんじゃろう』

「ついでに、魔族の方にもじきに聖女死亡の情報は届くだろうからな。リテアが内戦状態のときにデキラ率いる好戦派が動いたら、まともに対応もできないな」

「うがー!? どのみち戦争をとめられないじゃん!? 何考えてんだよ、リテアの偉い人たちは!!」


ただ元聖女様を暗殺とかの話を伝えれば爺さんの言う通り真っ二つに割れるだろう。

そしてそこまでやった連中に国のかじ取りは任せられないし何としても元聖女は暗殺にかかわった連中を排除しようとするだろう。 

で、やったほうは負ければ命も失いかねないから内戦突入は避けられないだろうな。

と、そこはいいとして、ルクセン君の疑問には答えてやるか。


「心配するな。大体保身だ」

『保身じゃのう』

「さいてーだよ!!」


ま、現状の各国の動きを見ればサイテーの判断だな。このままリテアが魔族に滅ぼされるようなことになれば、いい教訓の国になると思う。反面教師という形で。

だが、其れは保身を考える貴族なだけであって、聖女の護衛を務めていたクラック、デストはどう動くのやら。

今回の騒動にあの2人が絡んでいないとは断言できないからな。

個人的な勘ではあるが、あいつらの雰囲気は聖女ルルア派とも保身貴族派とも思えないんだよ。

とはいえ、その真意を問いただすことは難しいな。

なにせ……。


「じゃあ、もう僕たちが乗り込んで、止めるしかないじゃん」

「それはやめとけ。混乱が増すだけだ。そもそも、部外者だしな」


俺たちが乗り込むのは実質不可能だからだ。


『タナカのいうとおりじゃな。それに勇者としてリテアの政治争いに巻き込まれるのう。そうなればルーメルも巻き込むことになるぞい』

「え? なんでルーメルが?」

「光さん。私たちはルーメルが呼び出した勇者ですから、所属としてはルーメルの者なんですわ。それでリテアのことに口出しをすれば……」

「今度はルーメルとリテアの関係悪化もあり得るのか……」

「最悪はそこにデキラたち好戦派の魔族も来るわけだ。お祭りだな」


政権争いに忙しいリテアに加えて勇者たち率いるルーメル、そしてその混乱に割り込んでくる魔族とどう考えても大混乱のお祭りだよな。


「ま、そういう最悪の話はいいとして、死体が出ていないってことは、逆に生きている可能性もあるわけだが。そこらへんはどう思うんだ?」

「あ、そうだよ!! 死んでないかもしれないんだよ!!」

『そうじゃな。その可能性はあるが、出てきていないところを見ると、大きなケガを負っているのか、それともこのリテアの対応をみて、もう表舞台に出る気はないのか。ともかく、消極的じゃのう』

「とはいえ、のこのこ出ても暗殺されそうだけどな」

「うおーい! 田中さんが生きてるかもって言っておいてそれはどうよ!?」


そんなこと言われてもな。

暗殺までされかかったんだ下手に出ていけば殺されるのは当たり前だろう。

元聖女を排除した連中にとっては命にかかわることだからな。


「表舞台に出てこないなら、探して説得するしかないんだが、見つかりそうなのか? 現政権が元聖女の死亡を認めてしまえばもう復権はかなり厳しいぞ?」


国っていうのは安定を望むからな。

やり方がいい悪いにかかわらず、すでに終わったことを蒸し返されて混乱するのは避けたいというのが人にはある。


『……そうじゃな。見つけられるのであれば、見つけたいのじゃが、もう相手も動き出しておる。聖女が没したといわれる地へ、現聖女を連れて、確認にいっているとこじゃ』

「ほぼ詰みか。手際が良すぎるな。絶対に黒だな」

『じゃろう?』

「2人とも何納得してるんだよ!? このままじゃ戦争になるかもしれないんだよ!!」

「まあ、落ち着け。リテアの動きがわかったのは第一歩だよ」


この話をまとめると、いまだにリテアはまとまっていないってことだ。

今しばらくは魔族への報復行為はないとみていい。

まあ、今後の様子を見ることは必要だが。


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