第2話ㅤ無情
穴の中に全身が入った直後、階段を踏み外した時のような感覚が襲ってきた。
自分が落下しているのだと気付くまで時間はそうかからなかった。入った後に地面に足がつかなかったんだから当然だ。
ㅤ落下しながら思う。妙に頭が冴えているのに落ちる以外の行動が取れないので、思考する事に意識を割いてしまうのは仕方の無いことだろう。
ㅤ......このまま誰にも看取られずに死んでいくなんて、自分にはお似合いの最期だなぁ......と。
ㅤこんな場所で死ねるのなら、誰にも死体を発見される事はない。死後に自分だったモノが辱められることはないだろうという安堵も。
そんな事が頭に浮かび、驚くほどすんなりと生きる事を諦められた。元々生への執着が薄かったんだけど、実際の死に直面しても重力に従って下へと落ちていくだけで取り乱さない自分が面白い。
ㅤ......どれだけ高いのだろうかとしか思わない。中々地面まで到達しないや。
生に執着する心は既に無い事が判っているので、目を閉じていつか来るであろう衝撃に備えた。
ㅤ地面と衝突したその瞬間。その一瞬で生命活動を止めてほしい......痛みも感じない程に......
......そう願っていた。
だが......
とうとうやってくるその時。
ㅤだけども......そんな些細な願いすら叶えてもらえないほどに自分は世界に嫌われていた。
腰と足に激しい衝撃と痛みを受け、次いで背中、肩、首と連続して激痛が走る。頭からも液体が出ているのは感じられたけど、多分切れただけで済んだのだろう。仰向けの状態で落ちていた筈なのに、何故頭だけ地面に打ちつけなかったのか......
頭を打たなかった事と、腰から地面に落ちた事が功を奏したのか、あの高さから落ちても自分は即死しなかったらしい。
ㅤ――いや、即死する事ができなかった。
それでもいつ死んでもおかしくない程の重症な事に変わりはなく、長くは生きていられないなという確信があった......
腰から下は既に感覚が無く、首から上のみが辛うじて動かせる状態に。
上半身は痛すぎて、痛みという物がよくわからなくなっている。矛盾しているけど、言い表すのならそんな不思議な感覚とだけ。
口から漏れるのは呻き声と血、目からは血なのか涙なのか......どんな液体かわからないが、それらがとめどなく溢れるので視界が安定しない。
最期の最後まで惨めで見窄らしく、とても見るに堪えないみっともなさ。こんな自分の生に、なんの意味があったのだろうか......早く命が尽きてほしい......
ㅤこんな状況でも未だに冴えている思考回路の所為で、ただただ速やかな死を願う事しか出来ず、目を瞑る。
(あぁぁぁ......血が足りない......寒い......)
ザ......ザザッ......
『............原初ノ迷宮が発見、侵入さレマした。コれヨリ世界の融合ガ開始されまス』
『続イテ原初の迷宮発見者ニ祝福ヲ。願望ヲ叶えル為ノスキルを送りマス。ソシて、タだいマよリ672時間後、世界ノ融合が終わルソノ時マデ、今まデ通リノ生活をお楽シミ下サイ』
......ノイズの後に不思議な声が聞こえた。
ㅤこの声は何だろうか、幻聴? それとも走馬灯の一種なのだろうか?
アナウンスのように聴こえた気がしたけど、気にする必要は無さそう。この後に何が起きようが自分には何も意味が無い。だって......もうすぐ死ぬから。
今世はこんなにも苦行を科されたんだから、もし来世があるのなら......普通の家庭に生まれて、普通の幸せをください。
ピ......
ピー.........
ピー......ピー......
五月蝿いなぁ。
ㅤいずれ来る死に備えて目を瞑っていたのに、何かの鳴き声らしき音が聴こえてきて意識を逸らされてしまう。仕方ないので、音の発生源を確かめる為に一度目を開く。
人間ってなかなかしぶとい......即死じゃなければ中々死ねないものなんだね。
でも、そのおかげで、最期に生き物かな?
......ナニかが自分の最期に立ち会ってくれるみたいだ。
鳴き声が聴こえた方へと首を動かし、目を凝らす。薄暗くてハッキリとは見えないけど、ソレはどんどん近づいてきているらしく、鳥の雛っぽい鳴き声がハッキリ聞こえてきた。
ピィピィ......ピーピー......
近付いてきたのは一匹の赤いヒヨコ。ソレが覚束無い足取りながらも、しっかりとこちらを見据えて向かってきている。
ㅤ......嬉しいな
ㅤ......諦めていたけど、やはり一人は寂しいみたい。この際だから人じゃなくてもいいよ。こんな自分の最期に立ち会ってくれる存在がいてよかった......
自分の目の前まで辿り着いた赤いヒヨコ。
可愛いとは思うけど、やたら目付きが鋭い。こんな種類のヒヨコっていたかな?
(まさか......死にかけの自分の前に現れたって事は、死神とかの死者をお迎えする系の幻想生物なんだろうか)
「......ァ、......ぃデ」
いや、そんな事どうでもいい。なかなか死ぬ事ができず、動けない自分。もっと近くに寄ってほしくて声を掛けようとするも、既に声すらまともに発する事ができない。
このヒヨコが現れたおかげで、ただただ死を待つだけの時間が終わったのはありがたい。
もっと近寄って欲しいという思いが届いたようだ。胸によじ登ったヒヨコは顔に移動し、こちらの目を覗き込んでくる赤いヒヨコ。口の上には乗らないでほしい。
このヒヨコ......やけに暖かい。いや、暖かいというよりも熱い。でも今は、死にかけの自分の体にこの熱は有難い。久しく感じていなかった自分以外のナニかの温もり。
ジッと見つめてくるその赤いヒヨコから目を逸らしてはいけないと思い、こちらも気力を振り絞ってその異質な存在を見つめる。
最期は孤独じゃない事が嬉しかった。ありがとう。
――そう思っていた。
しかし......それはこちらの勝手な思い込みであり、動物には死にかけの餌と映っていたらしい。
もうこうなるのが当たり前な自分の人生。死にかけていようが、ささやかな願いすら叶わない。
こちらが死ぬまで待てなかった眼前の赤いヒヨコが、クチバシを目に突き刺した。
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