第140話 おや、匠の様子が....../観察日記2
◆◇原初ノ迷宮第八十六層◇◆
真っ暗な闇の中を歩いていく。
目を魔化させても見えないからこの暗闇はダンジョンのギミックやトラップの類。
剥き出しの手や顔面には突き刺さるような痛みを伴う寒さを感じているから、まだまだ雪国シリーズは続いている。当然のように空間認識も効かない。
真っ暗闇を無手で進むのは不安だからと手に持っていた金砕棒は手の皮ごとじゃないと剥がれる気配は無い。金属に皮膚が張り付くなんて初めての体験。
「......ッ?! ダンジョンも本気出してきたなぁ」
独り言を言おうとした匠にピリッとした痛みが口に走った。そこで漸く匠は自分の唇が凍っていて上下が張り付いていた事に気付く。まさか口を開くなんて行為すら難しくなる寒さだったのかと気付いてしまう。途端にダンジョンに対しての呆れを含んだ感想が口から漏れていた。
「顔面っていうか口って凍るんだなぁ......あぁやだやだ。仕方ない......」
予備のヒー〇テックを顔面に巻いてみる。
着ないと効果を発揮しないかなぁって思っていたけど、どうやらそれは杞憂だったらしくちゃんと寒さをシャットアウトしてくれていた。
着ないとダメな場合は、一着ダメにする覚悟で強引にタートルネックっぽくして防寒しようと思っていただけにこの判定は助かった。手に持っただけでは普通に寒い中衣服を持った感じでしかなかった。
「これで快適」
暗闇で全く見えない&空間認識不可。
また先程の階層のような邪魔モンスターがいるのだが、うまい具合に匠はソレを見落としていてそんなギミックには気付く事はなかった。ただただ今は顔の保護が上手に出来た事を喜んでいるだけの能天気なモノであった。
「――ッ!!」
いくら能天気な輩でも、コレはコレで幾つもの死線を掻い潜ってきた脳筋狂戦士。視界は全くの零であっても殺気や害意は確と感じ取れるようで、音もなく飛んできた毒針を野生の勘で避けてみせた。
「ふーん......やっぱり敵はいるのか。どうしよっかなー......あ、そうだナイフ君、よろしくね」
攻撃は避けられても、敵の居場所を見つけたり攻撃を当てたりする技術は全くの別物。現状の打破にはどうすべきかを考えた結果、肉触手ナイフの放牧を選択した。
五感とかいうよくわからないモノはナイフには搭載されていない筈。なのにちゃんと敵味方の識別などを行えているという事は、この暗闇の中に放り出してもどうにかなるんじゃないのか......という理屈で匠はその選択をした。果たしてそれは吉と出るか凶と出るか、それはナイフのみぞ知る。
ズリュ......ズリュ......
シンとした場所での使用は初めてだった。
ナイフが地面を這って進んでいる音だけが暗闇の中で際立っていた。
「まぁ頑張ってくれ」
匠はナイフに階層敵の事を任せ、その場に座り込んで胡座をかき目を閉じて集中を始めた。
このわけのわからない状況を逆手に取り、新しいスキルを生やそうとし始めたのだ。状況が嵌まるのと運が良ければ気配察知とか、なんかそれっぽいなんかいい感じのスキルが生えないかなーという気楽な気持ちでの行動だった。
「...........................――――――」
適当に始めた座禅っぽい行動だったが、匠は意外とすぐに深い集中状態となった。暗闇の中を揺蕩うような、暗闇と一体化したかのような、自分と闇との境目が曖昧になった気分になる。
いつしか尻から伝わっていたほんのりと冷たい感覚も消え去っていた。
「――――――」
完全な無意識下で、身体だけが危険を感知して動いていく。頭部を正確に狙ってくる見えない敵の複数の攻撃を必要最低限の頭の動きで回避していた。そんな尋常ではない行動をしていたが、匠にはそんな行動をしている自覚は無い。
「何故避けれる!! 意識あるだろお前!!」と見えない敵の心の叫びが聞こえるような更に過激さを増していく攻撃は、無想〇生ト〇状態の匠には届かずに受け流され、すり抜けるように躱されていく。
「――――――」
レベル10になっている回避スキルと、これまでの戦闘経験の積み重ね、匠のポテンシャルと種族悪魔のポテンシャルが併せられた結果の賜物だった。いずれ匠に意識がある状況下でもコレと同等の事が出来るようになる......筈だ。が、今のコレは完全に場に酔った末に偶然起こったミラクルでしかなかった。
だが単なるミラクルであれ行動は行動。
身体に今の動きが刷り込まれ、今は有意識下では再現不能だが経験としてソレは残る。
今は、それでいい。
「――――――」
なにか つかめそう。
ゆらゆらぷかぷかゆらゆらぷかぷか。
まっくらやみのなかをただよう。
そのなかでのどまででているけど あといっぽのところではきだされない
からだはぷかぷかゆらゆらきもちいいのに ひりだせないこたえのせいですこしきもちわるい。
「――――――ぁ」
そうだ できるかぎり あくまになってみよう
「――――――」
くらやみ おれ あくま さつい あくい れいき
「――――――キヒッ」
ぜんぶ まぜちゃえ
「―――ヒヒヒヒヒヒヒッ」
『レベルが3あがりました』
そこに ほのおを ひとつまみ
なんだろう すっごいたのしい
「アハハハハハハハハァッ!!」
『進化を開始します』
ここで、意識は途切れた。
◆◆◆◆◆
匠が居る部屋の更に奥、階段のある部屋で一体のモンスターの顔が驚愕に染っていた。
次に、輪郭も曖昧なソレを炎が灼いた。
炎を纏うソレに周囲の闇が吸い込まれる。
氷も冷気もソレに吸い込まれていく。
感知無効、暗視無効の罠の張られた真っ暗闇な部屋の中でも投げ付けていた毒の針をソレは余裕を持って躱し続け、ソレが放った触手生物が部屋のモンスターを食い殺した。そしたら上記した通りの訳がわからない事が起きたのだ。
随分......いや気が遠くなる程長い時間、この階層に住んでいるがこんな馬鹿げたナニカを見た事はない。
......いや、違うか。そういえばかなり前に老婆と男か女かわからないヤツの二人組が居た。あれ以来だ。
アレは今見ているナニカよりもよっぽど化け物だったが虫の居所が良かったのか我を見下すように一瞥した後興味を無くして去っていった。普通ならそれを屈辱とか感じるのだが、それを感じる隙も無い程の圧倒的強者であり、ただただ見逃された事に感謝した。
なんで似ても似つかないナニカを見てあの二人組を思い出したかはわからない。アレと二人組の強さなんて虫モンスターの幼虫とデーモンロードくらいの差があるのに......
―――ゾクッ
『!!??』
そんな事を考えていたら突如背骨を引き抜かれて替わりに氷柱を突っ込まれたような得体の知れない悪寒に襲われた。肌は粟立ち、冷や汗が止まらない。
『............アレは手を出したらダメな、ヤツか』
己の直感に従い、手元にあった虎の子のワープストーンを砕いて一番誰にも発見され難いだろう八十二階層のクレバスの奥へと転移していった。
元は八十二階層で雪牙獣のユニーク個体として生まれ、紆余曲折を経てグレーターポイズンイエティと成った現時点の匠よりも強い彼だったが呆気なく逃げていった。
理屈が通じなさそうな危険物には近付かない。
長く生きた強者故の実に賢い判断だった。
◆◆◆◆◆
徘徊できるモンスターとダンジョンへの侵入者以外では通路には誰も来ない事を知っていた幼虫は、動けない間の己を守る鎧となる蛹の強度や居住性は最低に設定した。蛹の柔軟性にだけエネルギーを割いた。
ここで徘徊できるモンスターや侵入者と搗ち合った時は諦める心算だった。そこにエネルギーを割きすぎると肝心な成体への進化のエネルギーが足りなくなる。
中途半端な進化をしてこの先苦労するくらいなら、デッドオアアライブの覚悟でこの進化に賭けた。
薄茶色で透け透け......まるで水溶き片栗粉を詰めたコンドームのような蛹になった幼虫は、そのまま薄暗いダンジョンの通路で進化に身を任せて意識を放り出した。一度ドロドロに身体を溶かして、身体を成虫へ造り直す完全変態。まさに生命の神秘であった。
一番に求めるのは、生きる為の力。
個体の強さ、環境適応能力、回復能力、スタミナなど。凡そ女王蜂とは無縁の能力だった。
女王蜂としての繁殖能力などや巣を作る力などは最低限でいいと切り捨てた。母様ごめんなさい......と、意識を飛ばす前に心の中で謝罪していた。
造り上げる方向性が決まっていたからか、すぐにベースとなる身体は形造られていった。が、ガワだけで中身は未だスカスカ......自身が求める個体となる為に、ここからゆっくりじっくりと時間を掛けて変態を行っていく―――
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