第37話ㅤ決着

 不意打ちで身体に三本のタランチュラの脚が刺さり動きを止められ、タランチュラの吐いた紫色の霧を浴びてしまった。


 油断した。これ以上ない程の油断。


 目の前の事象にのみ集中してしまい、それ以外の可能性を全て頭の中から排除してしまっていた。空間把握を全開で使っていたら今よりはまだマシな状況になっていたのかもしれないが......今となっては後の祭りだ。


「アハハッ......どうすればこの事態を好転させられるか......」


 タランチュラは気を抜かずに天井にぶら下がりながらこちらの動きを観察している。


 刺さった残り二本の脚を抜きたいが、その隙を突いてこようとしているのは明らかだ。


 それよりも、今最優先で考えなくてはいけないのはこの紫色の液体の事だ。


 完全に毒なのは見て分かる。まぁ、見なくても分かるくらいに体にも影響が出てきている。


 手先の痺れと倦怠感に加えて強烈な吐き気が自分を襲ってきている......状態異常耐性が無ければ、今頃タランチュラに捕食されていると確信できる。


「アハハッ......初めて毒を食らったけど、いい物ではないね。これは時間で消えるのかな......? それと、毒液が固まってきてトリモチのようになってきてるのがたまらなくウザい」


 毒液に糸の成分が混ざっていたのか、時間経過と共に凝固し、体の動きを阻害してくる。ただでさえ毒で動きにくいのに厄介でたまらない。


「残っているSPを全て魔攻に......さっき待機させていた分のMPは......減っていない。これなら大丈夫かな。発動させなきゃMPは体に戻るとわかったのは不幸中の幸いか」


 ジワジワと体を蝕むタランチュラの毒、糸から逃れようとすればする程消費されていく体力、身体に突き刺さったままの二本の脚、その刺し傷から流れ出ていく貴重な血液。


 大分ヤバい。


 脚を三本喪っただけでピンピンしているタランチュラが高所から狙っている。それもただ待機しているならまだマシかもしれない。

 タランチュラはこのだだっ広い部屋の中を自分の糸でリフォームしているのだ。ドームのように、こちらを逃がさないように、ジワジワと哀れな獲物エサを追い詰め、自分の巣で絡め取って殺そうとしている。


 相手が弱るのを、相手が罠に掛かるのをただジッと待つ。熟練の狩人のように......




 ただ、これはこっちにとっても望む所な状態なのはタランチュラにとって想定外だろう。


 ただ毒が抜けるか、状態異常耐性のレベルが上がって動けるようになるのを待てばいいからだ。こちらは飲まず食わずでも暫くは大丈夫。


 流れ出ていく血液だけは勿体ないが、何れ血は止まる。


 この状況に痺れを切らせてすぐさま襲いかかられるのが一番困るが、その時は前から考えていた身体に炎をつける方法を取らせてもらう。


 さぁタランチュラ、お前はどう動く?




 ◆◆◆




 あれから体感で約8時間が経過した。

 最初に攻撃したモノが思いの外脅威だったのか、あれからタランチュラはこちらが弱るのをただジッと待っていた。


 時間経過で抜ける毒なのか、そうでないかは定かではないが、やはり強力な毒だったようで状態異常耐性がこの短時間で2も上がったにも関わらず、まだ手足の痺れは若干残っている。吐き気が完全に消えただけ助かったと思おう。

 ヤツの吐いた毒糸の粘着力は変わらず、未だこちらの体の自由を奪っている。いや、前よりも強固になっていると言える。



 足掻けば足掻くだけ体力を消費するし毒も回る。このままずっと元気なままでいるのは不自然なので、上手くはないが徐々に弱っていく演技を始めた。




 あれから更に体感で二時間が経過。


 ここでようやく戦況が動き始める。


 藻掻く力が弱り、最早獲物には反抗する力は残されていない......そう確信したのだろう。


 慎重ながらもタランチュラはこちらに歩を進めてきた。


 糸から伝わる振動か何かで判断しているのだろうか? 時折り何も無い空中を脚で引っ掻くような素振りをしている。



 こんな状況になるまでは取れる選択肢が多すぎたので逆に動きが制限されていたし、自分より格上の相手に対して自分には受け身は似合わないと気付かされた。


 その点、今回やる事、やれる事はたった一つ。考える事は無いから楽でいい。



 接触寸前に身体を燃やしてナイフで切り裂く。それだけだ。


 噛まれて毒を流し込まれても短期決戦ならば問題はない。



 タランチュラとの距離は、残り凡そ一メートル。



 五十センチ




 十センチ......




 ――今っっ!!




 想定よりも動きが早く、火達磨になる前に体に脚が押し付けられてしまった。


 だが、身体を拘束する事を優先してくれたおかげで、ヤツがどれだけ早く動こうとも確実に深い一撃を入れられる間合いに入った。



「アハハッ......アハハハハハッ」


 身体を一気に燃やしながら嗤う。


 動きを阻害していた毒糸は蒸発、ヤツが周囲に張った糸に炎は燃え移らずに焼き切れる。


 手足は押さえつけられていたが急に燃えたこちらに驚き、飛び退こうとしたおかげで肉食ナイフを握った腕が自由になった。



 身体を燃やす炎に使うMPよりも多く込めたMPを使って肉食ナイフに炎を纏わせ、無防備なタランチュラのバカみたいに大きい腹に向かって逆袈裟斬りのような軌道でナイフを振るう。



「ギシャァァァァッ」


 燃える刃はタランチュラの腹を切り裂き、中に詰まっている内臓を焼く。

 それだけでは収まらず、ヤツの体毛に引火すると、ヤツは堪らず悲鳴を上げて闇雲に脚を振るい、こちらへ脚を突き刺し噛み付く。


「......ガッ......ハ......ハハ......」


 自分の肉が焼けていく感覚が気持ち悪い。だが、ここで引くわけにはいかない。


 タランチュラの死なば諸共な突き刺しと抱き着き。どれだけ素早く動こうが、小細工をしようが、ゼロ距離ならば......と思っているだろう。


 ――だが、それは自分も同じ事。



 ナイフを手放し切り裂いた腹に手を突き込んで血液を吸い込んでいく。

 手に伝わる内臓の感触と、蒸発していく体液が気持ち悪い。




 時間にして十秒程だろうか、だが、燃え盛る中での十秒はとても長く感じた。

 そして、この戦いの終わりを告げるアナウンスが鳴り響き――


『レベルが7上がりました』


『レベルがマックスに達しました』


『これより、種族進化を行います』



 いつもより長く、疑問に思うようなアナウンスを聞き終えた後......


 燃え盛る体のまま意識を手放した



 ──────────────────────────────


 吉持ㅤ匠


 Lv:92→99


 HP:100%

 MP:15%


 物攻:70

 物防:1

 魔攻:24→38

 魔防:1

 敏捷:70

 幸運:10


 残SP:14→0→14


 魔法適性:炎


 スキル:

 ステータスチェック

 血液貯蓄ㅤ残54.2L

 不死血鳥

 状態異常耐性Lv6

 拳闘Lv4

 鈍器Lv6

 簡易鑑定

 空間把握Lv5

 投擲Lv5

 ■■■■■■


 装備:

 魔鉄の金砕棒

 肉食ナイフ

 布のシャツ→ロスト

 丈夫なズボン→ロスト

 再生獣革のブーツ→再生中

 魔鉱のブレスレット

 悪夢の棍棒

 悪夢の棍棒

 丈夫なリュック

 厚手の肩掛け鞄

 鱗皮のナイフホルダー

 ババァの店の会員証ㅤ残高530

 魔石複数


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