第186話 タイガー&ホース
心做しかいつもより触手に艶が無いナイフと、ショボンという雰囲気がピッタリな鎧。それらを睨むボロボロなヒト型悪魔+頭がグッチャグチャな巨大なシカの死体というなかなかにカオスなフィールド。
元はモノなのでジッとしているのは苦でないナイフと鎧なので、シーーーンとしすぎて空気がとても重たかった。
「......はぁ、もういいよ動いても。とりあえず死体を口元に持ってきて。俺が血を飲んだら後は好きにしていいから」
奇行やブチ切れシーンは何度も見てきたナイフと鎧だったが、それが自分達に向かうのは初めてであり、つい先程強化訓練が終わって強くなったばかりというのも重なって、それはそれはもう恐怖でしかなかった。
なるべく持ち主は怒らせないようにしよう――と、ナイフと鎧は結構ハッキリしてきた心的な部分に誓った。
口元に持ってこられた、先っちょにあるべきモノが無い細長い部位。タクミはそこに口を付けて一口飲んだ後、思い切り血を啜り始めた。
傷を負った部分が再生されていない中で、動く部分、働く部分をフル稼働させて一気に啜っていった。その血は野性味溢れる味......つまり、余りタクミの好みの味では無かったので一気に飲んでしまおうという魂胆であった。芳醇で濃厚な素晴らしい味を知ってしまっているが故の苦悩だ。
手が動くのであれば指で吸い出した。しかし、今は麒麟鹿とぶつかった影響でそれは不可能。なので一番ダメージの少ない方法を選んで実行した次第だった。身体さえ動けばこんな味のを口から摂らない。
「......ウブッ」
喉から逆流しかけるモノを【血流操作】を使って強引に胃まで戻し、シカ内部に残っている血も【血流操作】で強制的にひり出させる。
タクミにとって血は大事だ。生命よりも大事。血があれば生きていられ、無くなれば死ぬ。
他のニンゲンや生き物でも血は重要なのだが、タクミは血さえ備えていれば多分何処だろうと適応して生きていける。そう、他の生物とは重要さの度合いが違うのだ。
出来れば一生使い切れないくらい溜めておきたいと思っている。だから不味くても飲む。身体に溜め込む。でもなるべく取り込むならば美味しい方がいいと思うのは生物として間違ってはいないだろう。
「............ナイフ君、肉を喰う前にこの心臓を俺の口元に持ってきて」
収納から出した吸血鬼のハツを口に持ってこさせる。口直しにとても美味しいモノを望んだ。ナイフは触手を使って器用に持ち上げ、タクミの口に太い血管部分を入れた。
「あー......これこれ」
目でもう肉を喰っていいよと示すと、ナイフは喜び勇んで肉を喰らいだす。その横で大人しく待機する鎧。肉が減り魔石が取り出せるようになってから鎧の魔石タイムになるだけでお預けしている訳でも序列云々でもない。結果的に序列通りタクミ→ナイフ→鎧の食事順になっただけである。
「治らねぇな......」
本日分を飲み終わり、口から心臓を離す。離す寸前に収納を発動させて離すと同時に収納する器用な真似をしてみせたタクミは、中々治らない身体を歯痒く思う。
「どうせ治らねぇんだし俺の呪いと混ぜてみるか」
せっかく変なの貰ったんだから魔法の呪いと溢れ出る呪いの二つを混ぜてみればいいっぺよ。......という思い付きからシカから貰った闇か呪いかわかんないモノに混ぜていく。
「......んぁ? ぐふっ」
パスタの茹で汁とオリーブオイルが――本来混ざらない水と油がフライパンの中で合わさって乳化する不思議現象のように、中々混ざらないモノを力を込めて混ぜていたら急に二つが混ざり合い、タクミの傷口に激痛を齎した。
「あっ......ダメだコレ......解除......できねぇ」
ビリビリ、ジクジク、ズキズキ、シクシクなど、あらゆる痛みに関する表現を混ぜた闇鍋のような痛みからタクミは逃れようとするが、変に弄ったせいで制御を失い......ソレに蹂躙されてしまっている。
「この金属共が......」
さっきまで怒られていたナイフと鎧のコンビは、そんなタクミを見てざまぁみろ的な雰囲気を醸し出していた。怒られたのを根に持っていたらしい。
「お前らの扱いはこれから雑になるからな」
タクミは思いっきり【傲慢】を発動させた後、お気持ち表明をして痛みと向き合った。
◆◆◆◆◆
「そういえば、俺ってなんで痛み耐性的なの生えてこないんだろうか」
闇鍋が終わり、身体が治って立ち上がったタクミは色々生えた耐性とかを振り返りつつ疑問を口にした。ちなみにこの闇鍋では強呪耐性が1上がっただけというクソしょっぱい結果に終わっている。
「痛みには結構慣れてるから今更生やさなくても良くね? って感じでスキル管理をしているヤツらが判断したのか? まぁいいや、さて......オイお前ら、ハウスだ」
痛みなんて一過性のモノ。耐え切れるモノ。今更耐性生やされても変わんない。
そう強引に納得して意識を金属共に移す。
ナイフは自由行動を禁止するのが罰になる。だから鞘に入れてギチギチに梱包してから収納に入れずに邪魔にならない位置に差し込んで過ごさせる。鎧は収納に入れて暫く出さない予定。
「早くしろ」
ショボーンとした雰囲気で中々動かない金属共を強引に引っ張って刑を執行した。使わないのが罰だ、反省しろよお前らァ!!
◆◇原初ノ迷宮第百六層◇◆
服装を整えて今度はちゃんと自分の足で階段を降りた。
............?? なんか違和感が......
「......あ!!! ババアの店、無いやん!! え、ウソ? あの麒麟鹿ってボスじゃないのか? いやでも、あそこにはアイツしかいなかったし......という事は無いのか......はぁ!? なんでだよ!」
偽螺旋剣角を両手に装備していたタクミが、二本の角を地面に勢いよく突き刺して吼えた。うっかり【憤怒】が起動して放たれたソレは、地面を穿ち陥没させていた。
「っと、ババアの店が無かった衝撃で忘れてたけど降りてすぐボス部屋ってわけじゃないんだなぁ......」
101階層から105階層までとは違うスタイルの階層になった。5階層刻みで変わるのか? というかこのダンジョンは何階層まであるんだろう。終わりが見えてるかと思いきや終わりが近付いていないようにも思えてモヤモヤする。
「......とりあえず進むか」
色々と考えさせられる事はあるが一旦忘れ、進むべき方向が一方向しか見当たらなかったから脳死でそっちに向かって歩いていく。
「うわぁお」
そのまま三分程歩くと開けた場所に辿り着き、タクミは衝撃で情けない声を漏らした後、身体を隠してそこの様子を伺った。
「......ここは村かなんかか? 何でこんなトコに開拓村以上農村未満の集落っぽいのがあるのか、意味がわからねぇ」
目視と空間認識でザッと確認する。
明らかにヒトっぽい形状をした生き物が百以上百五十未満、めっちゃ強そうなのが村の奥の更に奥の方に一匹いる。
強そうなのはきっと階層ボス、ヒト型のはその配下か奴隷か家畜か......よくわからないけど、ボス部屋ラッシュとは全く違う形態になったとだけは理解しておこう。
とりあえず今は冷静でいられている時だし、脳死で突撃をかまさないでちゃんと観察してからにしようかね......ファーストコンタクトに失敗したら、いつもので行くけど。
「......見た目は外国人、こんがり焼けた肌から真っ白い肌までいる多国籍な雰囲気。んー......耳は尖ってる? 尖ってるわ。という事はエルフ系モンスターが居る階層って事か?」
俺が居る位置から見えるのは、村への入り口の二箇所と入り口から覗けた程度の中の様子。
門番っぽいのは完全装備でそのナカミは見えず。鑑定は門番も住人も弾かれて名前すら見えない。
「鑑定阻害系のを全員が持っている。生活苦っぽい感じはしない。居るのはエルフ系だけでガキは見えない。全員そこそこ戦えそうだけど絶望的な感じはしない......注意するのは奥に居るのだけ、かな」
タクミにしては珍しく、十分以上を使って丁寧に観察を続けていた。前にもあった街っぽい場所とは違い、ちゃんとしたヒト型というのがタクミを慎重にさせていた。
タクミの心の内にあるのは一つ、ヒト型のモノにタクミはこれまで通り見た瞬間に嫌われるのか、それとも奇跡的に受け入れられるか......という事だった。
もう長い事ババアと悪魔さん以外とは触れ合っていなく原因もわかった為、もうヒトと会う事をどうでもよく思っていると自分では思っていた。
だが、いざヒトっぽいのを目にしてソコに踏み込んでみるかと考えた瞬間、長年積もり積もったアレコレが思い起こされてしまい......盛大に後込んだ。
要するに、トラウマが掘り返されたのだ。あの時とは違って強くなり、価値観が変わった今でもこうなってしまうくらい根は深く厄介なモノだった。
「........................」
ヒトと会うのが怖いとは思わないんだ。ただただ精神が陰鬱になるだけなんだ。
そうだね、わかるよ。
ソレをどう言うのか、わかってるよ、ちゃんと。
うん......
「............ははっ」
流石にトラウマってる事から目を背けられなくなり、後込みまくっている自分が情けなくて情けなくて、タクミはちょっとだけ目が涙で滲んだ。
その数分後、仮想エルフ村に向かう影が一つ。
その影は某世紀末ザコのような風貌だったらしい。
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