第187話 吹っ切った悪魔

 ガシャンガシャンと普段立たない音を立てて蛮族チックな鎧は仮想エルフ村へ歩いていく。



 背中に大盾、両手に偽螺旋剣角を装備した野蛮な姿はエルフに多大なストレスを与えていた――


『化け物が攻めてきたぞ!! 非戦闘員は中央へ今すぐ避難しろ!!』

『私達で守れたらそれでいいけど......もし最悪の事態に陥った場合は迷わず龍様の元へ逃げ込んで助けを求めるんだ!!』

『賭けにはなるがその方がまだ生存率は上がる!!』


 数にして約半々――戦闘要員組と非戦闘員組に別れ、片方は迎撃準備、もう片方はいつでも逃げられる様に一塊に、それにプラスして盾役兼殿役なって事態を見守っていた。


『リビングアーマータイプのユニークか!? くそっ!! そんな......まだ猶予あったはずじゃないか!! まだ前回の襲撃から百年と少し......なんで今なんだ!! もうそろそろ待望の新しい生命の誕生だって時に出なくてもいいじゃないか!!』


 龍様とエルフに呼ばれている存在が、エルフ村を襲っている最中にダンジョンが龍様を取り込んだ。それにより、エルフ村の半分が龍と一緒にダンジョンに取り込まれてしまったのだ。

 その龍には確り理性があり、エルフ達とは後に村を襲った理由を話し和解。この巻き込んでしまった世代が亡くなる約千年間は守護すると約束していた。


 だが、千年が過ぎてもエルフ達は死ななかった。


 ダンジョンに取り込まれた際、例え死んでもリスポーンするダンジョンモンスターと同じ扱いになっていたのだ。


 元々この階層に迄やってくるモノは殆ど居ない。


 龍がこのダンジョンに拉致られてからこの方、明確な攻略者は某悪魔二柱のみである。それ以前にはもう少し居たかもしれないし、居なかったかもしれない。それはダンジョンのみぞ知る......

 なので、この階層にやってくるモノはそれ以外ではユニークモンスターのみであった。


 狩りは、しようとしても敵が化け物すぎて出来ず。

 モンスター扱いだとしても種族的に同族殺しは忌避されていて行えず、レベルは取り込まれた当初からほぼ上がっていない。

 数百年に一度のペースで現れるユニークは龍が約定通り討伐する。エルフに経験値は入らない。入っても微々たるモノである。


 そこそこ戦えると言っても、このダンジョンの25階層くらいまでならばの話。そもそもその程度の戦闘力で、この階層に湧くユニークなど倒せるハズもなく......約束の時が過ぎても龍に泣き付き、数百年に一度程度ならいいか、という理由でどうにか撃退してもらっていた。


『あれから百年程度......龍様は今回多分、私達を守ってくれない......神よ、いるならば助けてくれ......』


 どうにか湧きたてホヤホヤの弱い感じのユニークでお願いします。


 そう絶望の中願って、自らをどうにか奮い立たせていた。




 エルフ達にとってのユニークモンスター、もとい悪魔入り蛮族が村に到着するまで、もう......猶予は無かった。




 ◆◆◆◆◆




「お前......普段音出てねぇのに今回なんで音出てんだよ......つか、着心地悪ィなオイ。そんで俺の意思じゃ動かせねぇし」


 トラウマさんがこんにちわしたタクミは、被り物を被っていけば肉塊のマーキングが遮られるんじゃないか、ぶっちゃけワンクッション入れればワンチャン悪気の無い悪意をぶつけられないかも......と、そう期待して蛮族鎧の謹慎を解いてそのナカに入っていた。


「............やっぱ止めよう。初手からヒヨコってアイツら全部殺してから奥の強いの殺そう。何をとち狂って会話してみようとかしてたんだ俺は。そうだ、とち狂っただけだよ、そう。ヒトっぽい形してるからって関わらなきゃいけない縛りなんてないんだから。という訳で世紀末君、止まって。引き返して」


 タクミはやや早口で色々言い訳っぽい事を吐き散らかした後、ガワ担当の鎧に引き返すよう伝える。が、ここまで面倒な状態になっている主をそのままにしておくのは今後の為によくないと、勝手に要らぬお節介を焼いてそのまま交流をさせる為に無視して歩き続けた。

 ガチで怖気付いてトラウマ塗れのタクミと主の今後を思う鎧の気持ちが起こした、悲しいすれ違いだった。


「おい、止まれ。聞こえてんだろ? ねぇ。ちょっ、お前本当に止まれ!! なぁ!?」


『止まれェッ!!! 何者だッッッ!!! それ以上こちら側に近付くなッッッ!!!』


 必死に止めようとしたタクミだったが......チキるのが遅すぎた。エルフ(仮)から声を掛けられたからなのか、それともタクミの必死な懇願が伝わったからか、最初の静止からやや遅れて鎧は止まった。


『止まった......意思疎通は出来るタイプか、かなり厄介な相手だな』

『湧きたてって感じじゃなさそうですね、終わりましたなコレは......』


 戦う事、抗う事を選んだっぽいエルフ(仮)達の嘆きが聞こえてくる。


「......ふぅぅぅぅ」


 この距離ならまだ肉塊マーキングは仕事しないようで一安心。だが、この後どうなるか......とりあえず話し掛けてみる事から始めてみよう。


 後はなるようになれ、だ。


「あ、あの」


『一斉に掛かるぞ!!』

『『『おう!!』』』


 そんな事を考えていたタクミだったが、やっと覚悟が決まって声を掛けようとしたタクミを嘲笑うかのように、殺る気に満ちた声が聞こえてきた。

 そのままでも、被り物をしていても、俺は最終的にこうなる運命なのか......と、タクミは絶望した。


「はぁ......もういいや......殺して、殺して、殺して、殺して回った後に遺る死体......それとコミュニケーションをとろう。そうしよう」


 ヒトを辞めた自分がたかがヒト如きに何を怯える必要があるのか、もう他のヒトとのコミュニケーションなんて必要ない。会話なんて要らない。


 必要なのはバイオレンスのみだ。


 そう気付いた。気付いてしまった。


「俺に必要なのは血と暴力、だけ」


 他はナイフの餌。


 ヒトは俺の食料を貯めているだけの器。

 消費期限を大幅に過ぎた食料なら怯える必要はあるけど、その器に怯えるなんて滑稽だ。


 非常にあっさりと、タクミは長年苦しめられてきた殻をぶち破った。

 家族だったモノ、虐げてきたモノらに対しての覚悟はキマっていたが、その他有象無象へはこれまでそうでもなかったタクミの中で、元家族やクソ共と同じカテゴリーにその他有象無象も入った。


「世紀末君、出して」


 ヒトの目に、態度に、悪意に、嫌悪感に、怯えるのは終わりだ。


 悪魔らしく振る舞い、悪魔らしく殺る。


 ガシャン、ガシャン――


『な、なんだ......ヒィッ』

『なんかやべぇぞ......』

『うわぁぁぁぁぁぁ』

『気持ち悪い......気持ち悪い......気持ち悪い......』


 被り物はそこそこ効果があったらしい。

 けど、そのまま近付いてたらどうなったか。さっきまで気になってたが今はもうどうでもいい。


「どうもこんにちは。死ぬには丁度いい日ですね」


 嫌悪&怯えていたエルフ(仮)共だったが、距離を詰めるにつれてどんどん目に剣呑な光を灯していく。


「意識して見てみると、ヤベェなこの呪い」


 もう見える範囲に居るエルフ(仮)の顔は、十数年間毎日誰かしらに向けられていた顔になっていた。もう悲しさなんて感じない。

 吹っ切れた俺は全身を悪魔化させて鎧から飛び出した。


『ッ!!?? アレは悪魔だ!! 皆の者、一斉に魔法をぶち込んで殺せェェェ!!!』


『ケイブイングラウンド』

『エアコンプレッシャー』

『サイクロン』

『アイスカッター』


 指揮官っぽいのが叫んだ直後、俺を殺す気満々なのがわかる魔法がどんどん放たれる。怖さは無い。この程度ならば。

 アイツら地上の人間も法律とかが無ければ俺の事をすぐにでも殺したいとか思ってたのかな? その時に俺を衝動のままに殺しておけばよかったと後悔させる殺し方をしてやる。絶対に。


 まぁその前に......


「【強欲】」


『『『『『なっ!?』』』』』


【強欲】を起動をさせて魔法の対処をする。今、ヤツらが放った魔法は俺に飛ばずに撃った者に向かっていっている。


「アハハハハ」


 情けないツラを晒すイケメン共に笑ってしまう。

 俺が使える四つの大罪の一つ、【強欲】は相手の持ち物をランダムでスティールする......なんて事は出来ずに、魔力の強奪や魔法の支配的な事が出来る。

 強欲がメインの悪魔だったら体力やステータスの一時的な強奪、果ては差がかなり無いとダメらしいけど生命をも奪ったりも出来るらしい。やばいね。


「色んな種類を意識して......よし、呪汁飛沫発射」


 片腕からこれまで喰らってきた&知識として頭にある色んな呪いを意識しながら出した呪い汁。汗でびっしょりっぽい感じになった悪魔の腕をエルフ(仮)共に向けて全力で数度振るった。

 振るった勢いで飛沫が飛んでいき、魔法の対処であたふたしているエルフ(仮)共に面白いようにビシャビシャ当たっていく。


『ッッアァァァ!!!』

『ギャァァァァ』

『何だこれ何だこれぇぇぇ』


 効果はすぐに現れ、エルフ(仮)村の入り口付近は阿鼻叫喚の地獄絵図となった。


「クフフッ......アイツらで試す前に実験出来てよかったなぁ。いいじゃん、呪い」


 見える範囲では、硫酸っぽい反応、腐っていっているような雰囲気、虚脱状態っぽい雰囲気、雛見〇症候群っぽく首を掻き毟っている、構ってほしい樋〇さんみたいに顔面ガリガリ......など、反応は多岐に及んでいた。多分俺の中にあったヤバい感じのイメージがかなり反映されているけど、実験は凡そ成功と言っていいだろう。


「後は......そうだな、呪い汁でびちゃびちゃにした偽螺旋剣角でアイツらをぶっ刺してみよう。シカ野郎の呪いか闇魔法? みたいに傷の治りが遅くなるみたいな効果があれば、外に出た時の攻撃方法はそれになるな。殺さないアレと合わせれば......ヒヒヒ。さぁ、盛り上がって参りました!! 俺が!!」


 泣きながら蹲るエルフ男(仮)の頭を偽螺旋剣角で軽く突く――が、勢い余って貫き殺してしまう。それでも気にせずニタニタ笑ったまま直ぐにその隣に居た首を掻き毟っている者にロックオンする。が、上手く角が抜けてくれなかったので死体はそのまま、頭串刺し死体を一人追加した。


「面倒だなぁ......あ、検証するのは中に残ってるヤツでいいか!! アハハハハハッ!!」


『悪魔め......』


「ん? 悪魔だからね。褒めてくれてありがとう」


 ――グシャ


 その場に立ち上がれるモノは誰一人としておらず、呪いに苦しみながら一つ、また一つと生命を散らしていった。

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