第179話 完膚なきまでの
自身の中で絶対に守り切らなきゃいけない大事なモノまで削り取られているような......不気味なヒト型から攻撃を加えられる度にそのような耐え難い痛みが殴りつけられた箇所に奔る。
虎は場所によっては四神、四聖獣などと呼ばれるようなモンスターである。故に、虎は神性というモノを帯びていた。いや、帯びてしまっていた。
上の階に居た龍、鳥共に、圧倒的な格上にも関わらず、タクミに殺されてしまったのはコレを持っていたからというのが大きい。それにプラスしてタクミの種族が悪魔であり、聖や神と云った存在を心の奥底から憎み、怨み、殺したいと思っている事もまたそう云った存在に強い理由の一つとして挙げられる。
しかし、虎はソレを知らない。
何故自分がこうも追い詰められてしまっているのか。
また、向かい合うヒト型が死なない理由の事も。
『グルルルルルルルルルァァァァァア!!!』
死にたくなかった。
負ける要因が無いように思える敵に殺されるなんて、絶対に認められなかった。それと、単純に死が怖かった。自身の死が濃厚に感じられる状況になり怖くなった。
だから......虎は奥の手を放った。
これを使えば一月は真面に動けなくなるが、死ぬよりはマシだった為、躊躇いなく発動された。
◆◆◆◆◆
「アハァ」
某反則ボクサーのように殴った感触が伝わってくる度に愉しそうに顔を歪めて嗤うタクミ。やっぱり殴るっていうのはこうでないといかん。
「もっとだ」
愉しい感触をもっと欲しくて回転数を上げていく。
一撃の重さよりも、数を増やしたかった。タクミの理性は早く殺すべきだと考えていたが、悪魔の性質かタクミの本性か、そちらは殴りまくれと訴え......理性は呆気なく敗北してしまった。
不意に起こった
「アハハハハハ」
格上でなければ起こらなかった展開だった。今回だけは理性の訴えを放置するべきではなかった。
『グルルルルルルルルルァァァァァア!!!』
「ハハハハハハハハハハ――は?」
ガンギマって笑い狂った俺に向けて、ブチ切れた雰囲気の虎が血を吐き散らかしながらの絶叫を見舞ってきた。咆哮と血と涎を受けた俺は、余りの煩さと不快さで正気に戻り......
「ッッ――チィッ!!」
特大の舌打ちをカマし、全力で後方へ飛んだ。
程よい緊張感の中で戦闘経験をいい感じに積めているのと、戦闘で精神が昂りすぎて楽しみすぎたのが仇となってしまったのを悔やむ。でもまだギリギリ避けられる......
――と思っていたタクミだったが、虎の破れかぶれの一発の発動が早すぎたか、タクミがソレに気付くのが遅かったのか......
「クソがァァァァァッ!!!!!」
あのプニ硬岩アーマーに使っていたのと同じっぽいモノで作られた円形の檻に覆われてしまった。
当然タクミは即座に一度は成功した破壊行為を試した。だが、今生み出されたソレは自身の身体を覆う防具目的で作成されたモノとは一線を画す強度であり、脳筋バカを閉じ込めるモノとしてはベストな質だった故に破壊は不可能だった。
「......何をするのかわからねぇけど、多分一回は全損するよなぁ......んもう、しょうがないなぁ虎太君は」
檻をプニ硬岩が包んでいくのを諦めた顔で眺めながら、最悪を思い浮かべた。そして直ぐに最悪へと備えはじめていく。
「はい、全裸ぁぁぁぁ(ダミ声)」
どうせ最後にはこの岩玉をキュッとするか、アイアン・メイデンの如くトゲトゲさせるんだろ......という事で大事な服類は全て脱いで裸一貫になる。この時吐き出した言葉はイライラを誤魔化す為の悪ふざけ。
「......キュッとする方かぁ」
ミシミシメキメキと音を立てながら岩玉が圧縮されていくのを、何の捻りも無いな......と思いながら眺めるタクミ。
そして――
タクミは呆気なくプチュンした。
◆◆◆◆◆
『ガァッ......グルァッ......』
奥の手の岩玉が地の中に消えたのを確認し、虎はその場に崩れ落ちた。
『ガァッ......』
血混じりの唾を吐き出してから、最後の力を振り絞って自身の周囲にドーム型の岩を生成すると共に簡易ながら寝床を作成した。
『グァァ......』
あのままならば、確実に死んでいた。自分よりもずっと弱い存在に力負けする。死も、格下に負けるのも虎は断じて許せなかった。
さっきのアレが来るずっとずっと前、
『ガァッ』
嫌な気分を振り払うかのように、虎は怒りを孕んだ咆哮をあげた。作ったばかりの寝床が震えたが気にもせずに、目を閉じ身体を寝床に預けた。
『グア......ァァァ......』
睡魔は直ぐに襲ってきた。
虎が最後に使った奥の手は、ダンジョン自身の非破壊オブジェクトに近い部分に干渉する為、力の殆どに加えて生命力のようなモノも多大に消費してしまうガチのマジの奥の手である。
使用後は身体の回復や魔力の回復を後回しにして、使用した生命力のようなモノの回復を最優先にする為に一月以上眠り続けなくてはならなくなる。
『ァァ............』
今回は存分に消耗した後での使用の為、虎自身どれだけ動けなくなるかわからなかった。
だが、死ぬよりはマシだった。
薄れいく意識の中、前回死んで復活した時を思い出して吐きそうになりながら、生きていられた喜びを噛み締めた。
◆◆◆◆◆
◆◇原初ノ迷宮第百四層◇◆
ゴトッ――
吸い込まれそうな程透き通る大きな地底湖。
岩肌から生えている僅かに光る鉱石のみが明かりの神秘的なフロア。
見る者全てに畏れを抱かせるような地底湖の岸辺に、全く似つかわしくない血を滴らせる武骨な岩の塊が落ちてきた。
何故か湖底に在る社、其処からゆっくりと白蛇が顔を出した。そうそう現れる筈の無い侵入者が現れたのを察知したからだ。
氷と見間違いそうな蒼く澄んだ瞳は不機嫌そうに細められている。
非常に緩慢な動きで顔を左右に動かした後、白蛇は再び社の中へと戻っていった。この地に落ちてきたモノが侵入者ではなく、上から送られてきた廃棄物だと察知したからである。
ただ、この地に廃棄物を送るなど舐め腐った行為は到底蛇に許せるモノではない。然るべき刻に上階の守護者には何かしらの罰を与える、そう蛇は決め再び眠りに就いた。
◆◆◆◆◆
岩玉が形を維持できなくなり、崩壊していく。
虎が強引に捻じ曲げたダンジョンの理......それが元に戻っていくだけだったが、本来ならば虎が消す意思を込めなければ消えるはずの無い岩だった。
これは中に閉じ込められ、圧殺されたタクミにとっては幸運以外の何者でもなかった。
「............」
暫しの時を経て、頭が再生したタクミは呆然としていた。
それもそのはず。いしのなかにいるをリアルに体験したのだから、それは仕方のないことだろう。
「ヤバいだろ、アレは......」
再起動を果たしたタクミは喰らった技のヤバさを認識した後に猛省する。
「悪魔の悪い所出まくったのはよろしくない」
進化が進むにつれて僅かに残っていた理性が、テンションの上昇と共に本能に呑まれてどんどん消えていくあのいつもの状態。それがどんどんダメな方向に深化していくのはヤバいと痛感していた。
「でもなぁ......」
ただ、それへの対処方法がわからない。
「戦闘時にテンションを上げるな......なんてのは到底無理な話だよなぁ......ハァァァァァ」
唯一思い付いた対処方法が実質不可能な事を嘆く。
最初の方からそっちの気があった気はしてるけど、ダンジョンで日々を過ごしている内に“ソレ”は、戦闘開始と共に制御を失った車のようにただただ暴走を始めるから始末に負えない。
「下手に制御しようとしないで飼い慣らす方面でどうにかしないと......ってのが当面の目標かぁ」
ファンタジーの世界ならばここいらで“ソレ”と向き合うパートや修行回が来て、どうにかなるようになるってのが定番なんだけど自分にはそんなモノが来る可能性は限りなく零。どちらかというと、“ソレ”をもっと好き勝手暴走させるようにシフトするようになるのが自分である。
「............頑張れ、俺の自制心」
結局はそこに落ち着いた為に極めて無意味な時間だった自問自答を終え、タクミは復活したばかりの身体の調子を確かめながら全裸に服を足して文明を取り戻していく。
「とりあえず負けた、な......チッ」
いくら敵を追い詰めていようと、最後まで敵を殺しきれず......挙句の果てに殺されて知らない場所に送られる。ぐうの音も出ない程の敗けだった。
もう、悔しい悔しくないとかを考えるのも烏滸がましいレベルのモノだった。舌打ちは自然に出た。
「......んで、此処は?」
いくら嘆いても刻は戻らない。過去に向き合うのは終わりにしたタクミは、今現在の事方面に意識をシフトする。
目に飛び込んできたモノは103階層にはなかったモノ。薄ぼんやりと見える程度の光量の中に岩の壁と湖っぽいのが見える風景は、絶対に気を失う前に居た場所とは違っていた。
となると、此処は104階層......になるのかな?
「カレンダー機能と時計機能と現在地がわかる機能をステータス画面に追加して欲しい」
決して叶わないとわかっていれど口に出さずにはいられなかった願望を垂れ流しつつ、タクミは目を魔化させて周囲の把握に努めた。
◆◆◆◆◆
『オババ様!!』
『なんじゃ、騒々しい』
『あの子が104層に落ちました!! 此処で待っていてもあの子は来ません!!』
『......何があったんじゃ』
詳しく話を聞いたババアは溜め息を吐いた後、広げていた荷物を片付けて104層に飛んでいった。
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