第112話 報復と振り返り

 強化神経痛のターンは終わり、今度は激痛と鈍痛の繰り返しにシフトした。一体自分の身体はどうなってしまったんだろう......


 最早声を出すのすら怠い。


 身体が熱くて寒い。


 衣擦れが辛い。


 呼吸で身体が軋む。


 脳の奥が熱くなってきた気がする。


 頭が割れそうだ。


 しかし痛みは止まらない。止まってくれない。


 痛みの元凶は全力の笑顔を浮かべて、俺の痛みに喘ぐ姿を見ている。


 そんな姿が視える、ハッキリと。夢でも見せられているかのように。


 元凶はただの紫の肉塊なのに、器用な事をしくさりやがって―――




 ◆◆◆◆◆




『......あのクズ、後で私も殴らせてもらおう』


 目の前で苦しむ匠をただ見守る事しか出来ない自分に腹が立つ。余りにも苛立たしすぎてあんな提案をしてしまった自分の浅慮を悔やむ。そう、匠はまだ弱いのだ。その事が......完全に頭から抜け落ちていた。


『......どうすればいいのでしょう』


 前回のお楽しみ匠ショッピングの後、私たちは直ぐに元凶の元へと向かい、とりあえずクズを犯人と断定して何も確認せずにボコしてから釈明を求めた。

 悪びれもせず、今回なぜボコられたのかをグチグチ文句を言いながら呆気なく白状したクズを、また再びボコした。


 本当にただの愉快犯だった事に呆れてしまった。

 確かに、そんな事が大好きなクズとは知っていたけど、まさかこれ程とは思わなかった。これでいて無駄に有能すぎるだから、処分しようにも寸前で躊躇わされるのがタチが悪い。

 無能なら既に非業の死を遂げている。でも、今回はソの有能さをベットしようとも止まらない。オババ様(そう呼べと本気で命じられた)の怒りをこれでもかと云うくらい買っているのだから。


 殺すのも已む無しなのだから。......クズの所へ着くなりクズの側近を惨殺しているのが証拠だ。

『全面戦争上等じゃ』と、言い切ったオババ様。あの御方の全盛期を思わせる顔をまた見る機会を得れた事についてだけはこのクズに感謝を申し上げたい。


 軍事、人心掌握、政治のクズ

 武力、魔力、カリスマのオババ様


 クズもクズなりに強いのだけれど、それもまぁ私程度でも善戦出来る程度。そんなクズがまぁ、オババ様に勝てる訳がない。

 あっという間に制圧されて肉塊となって転がるクズにスカッとしたのは言うまでもないでしょう。


 ブチ転がされた肉塊クズにオババ様が約束させたのは、三つ。


 ・力の半分を削る

 ・選んだ責任を取って削った力をあの子らに分け与える

 ・望む物を渡す


 クズがあの子に付けたマーキングに似た呪縛はクズが死んでも外れる事は無く、外しても呪縛の効力はそのまま残るというので、外させる事は諦めてあのクズを恐れる勢力への牽制としてそのまま残す事になった。死ねばいいのに。

 因みに二個目の事は私が提案した。その結果がコレ。この子の痛みや苦しみを和らげてあげる事すら出来ない己の無力さが口惜しい......意識が飛んでいるかのように、微動だにしなくなった匠を見守る。


『はぁ......あっ!?』


 何度目かわからない溜め息を吐き出した時、天啓のように頭に案が降ってきた。これなら......きっと大丈夫なはず。更に苦しめる結果になったらと思うと心が沈むけど、これならばきっと......!!


『頑張って』


 苦悶の表情を浮かべているその口元に己の手首を持っていき、爪を使って手首に浅く傷を入れた。ジワッと漏れ出す赤紫の液体が珠状に膨れ、やがて重力に負けて液体は口の中へと落下した。


『..................』


 息を飲み、その経過を見守る。

 上位種族でも得手不得手はある。武力方面へと突き抜けている自身の不甲斐ない面がもどかしい。


『..................ほっ』


 若干―――戦闘時に相手の僅かな隙を逃さない彼女の卓越した観察能力を駆使して見守り続けていると、ほんの僅かだが、匠の表情が和らいだ。

 オババ様の眷属である自分の因子をオババ様の加護を持つ者に分け与える。呪縛のような物を一方的に与えた奴のよりも優位に働く筈、と行動に移した結果は正にドンピシャで嵌まり、最良と言える結果を齎した。


『ふふふっ』


 表情の緩和以外にも変化が起きた。匠の髪の毛が少し赤みがかってきているのだ。

 肌の変化は全くしなかったのが残念だが、それでも、髪という目を引く部位に自分との繋がりが出来たのが嬉しかった。


 何故そんな感情が出たのかは本人は全く理解出来ていない。何せ初めての感情なのだ。

 たかがニンゲン一匹に大悪魔である自分がここまで入れ込む異常な行動に気付かない。ただ気になって仕方がない。匠が何をしても可愛く思えて庇護欲が唆られて堪らないのに。


 見る人が見ればそれは母性本能と呼ばれるモノなんだろう。大悪魔、初めての母性本能。

 明確に見える形で繋がりが出来たのも大きいだろう。手首を痛めて因子DNAを分け与えた存在我が子。多分今が彼女史上、最も母性本能的なモノが噴出している。


『がんばれ! がんばれ!』


 匠の目に見えない戦いは、まだ続いている――




 ◆◆◆◆◆




 ―――夢を見た。意識は覚醒していて、身体も頭もちゃんと起きている状態なのに。


 身体に上手くフィードバック出来ていないだけで、微睡んでもいないし意識が混濁している訳でもないのに、だ。


 夢の内容は、昔の事。

 これまでとこのダンジョンに入る前迄。

 それが延々とリピートしていた。身体の隅々まで激痛やら何やらに苛まれ、だと言うのに精神まで夢で侵されるガチの地獄。


 通りすがりの町人A~Fがムカつく、同級生の名前も知らないヤツらは死ね、すれ違い様に舌打ちする女子供は巫山戯るな、クソ親は死ね、搾取するクソ共がムカつく、肉親らしいヤツらは絶対殺してやる。死ね、死ね、死ね、死ね、皆皆皆!!! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね、弱い自分も、クソ共もッッ!!!!




 ............???


 ―――なんか、暖かいのがきた。


 俺、コンナ温モリ、知ラナイ......

 夢だからか? 知らないモンでも知ってるように思うのかな? それとも深層心理で俺がこんなのを求めていた?


 なんかさっきまでの殺意塗れのナニかが飛んじゃったわ。せっかく夢の中でだけどミンチにしてやれたのに残念だ。


 うん、冷静になっちゃった。うーん......


 はぁ......落ち着こうか。元凶は判明したんだし。


 そうすると......うん、たらればになるけど、もしあの肉塊に俺が目を付けられなければ......俺は今までとは違った人生を送れていたのだろうか? だけどなぁ、これまでのクソみたいな人生を延々と垂れ流されているのを見ると、IFの想像なんて出来やしない。

 もしアレに目を付けられなくても、最終的な着地点はこれまでと似た流れになるのではないか。としか思えない。これがこのクソみたいな夢を見せている肉の狙いなのかな?


 ふふふふふ......でもまぁいいか。まぁいいや。


 そんな事は。


 嗚呼、なんて愚かなんだろう。あの肉塊は。


 今更、俺がこの程度に気付いても、その事で俺が折れるハズがないのに。


 ありがとう......こうまでハッキリと見せつけられると、逆に元気が出てきたよ。


 嗚呼、くだらない。愚かで滑稽な、俺。


 振り返って見てみると、なんでこの程度のヤツらに怯えて、期待して、裏切られて、搾取され続けて来たんだろう。


 何を恐れる必要があったんだろうか。


 今の身体能力が無くっても、何かしらの反撃をする事は出来たのに。


 致死の攻撃はされない。

 腕が飛んだり、足が捥げることも無い。

 頭が潰れる事も身体に穴が開くことも無い。


 ただ群れて、威圧するだけ。

 明確に下にいるヤツよりも自分が優位に立っている事に酔ってるだけ。

 そんなヤツら相手に抵抗して負けたとしても、打撲程度で済むのにな。

 そんなガキの戯れに等しいモノに怯えて、遜って、されるがままになって、それがエスカレートして......


 はぁ、情けない。


 そんなのただ生きてるフリをしているけど、死んでいたみたいなモノじゃないかな。


 捕食されるだけでいいのならば、さっさと死んだ方がマシじゃあないか。それでものうのうと生きてきたんだから、生きていた対価を払うべきだ。それが、あの惨状だろう。


 まぁ、なるべくしてなっていたんだよな。


 ......そうは言っても、人は恨みを忘れない。それはそれだ。好き勝手にやった対価は払わせる。奴等はそれを支払っていないから。


 ただの人から死ねばいいと思われるくらいに思われる程に好き勝手やったんだ、徴収されればいい。最悪の形で。


 アハハハハハッ!!


 理不尽、とか言わせない。言う権利はない。


 とりあえず、この痛み、どうにかならないかな?


 なんとかなりそうな気はするんだけど......


 とか考えていると違和感。あれ? なんか、肉塊の勢いと言うか圧と言うか......なんか弱ってね?


 とりあえず、殴ろう。殴り続けよう。そうすれば、なんとかなる気が、する!!


「ヒャハハハハハハハハハッッ」


 ダメだった場合はそん時考えればいいっ!!!

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