第113話 起床
夢か何かなんだろうけど、身体がよく動く。
身体のキレって言うのかな? それが絶好調な時よりも格段に違う。思い通りを通り越して理想的な動き方をしてくれる。何かもうね、すっごい動けすぎて気持ち悪い。
だけど、今はそれが死ぬ程役に立っている。
「アハハハハハハハハッ!!!!!」
やっぱり夢だった。
金砕棒欲しいなぁって思っていたら、いつの間にか握っていたからだ。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」
手に伝わるグチャッとした感触はやけにリアルで気持ちいい。嗚呼、楽しい。嬉しい。最っ高。
「アハァッ」
グシャッ
「ッォラァッ」
ドチャァ
「ヒャハッ」
グチュッ
「ヒヒヒヒヒヒヒヒッ」
殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打―――
振り下ろし、振り上げ、振り下ろし、振り上げ、その繰り返し。何の工夫も無く、ただただこのキレッキレな身体を使って単純な行為を繰り返す。
ヒヨコでドーンもしてみようかと思ったけど、流石に夢の中で魔法は使えなかった。残念。
後、ナイフと棘とヌンチャクも出なかった。何故金砕棒だけ出たんだろう? この違いは何?
まぁ、夢に合理性を求めても意味は無いんだけど。
「散々痛え思いさせてくれやがったからなァ!! お返しはァ!! たっぷりしないとッ!! ダメだよなァ!!」
とりあえず、肉塊をミンチにしなきゃ。これは俺が最優先でやらないといけない事だナァ!!
◆◆◆◆◆
『おや? おやおやおやおや......これはこれは。ヒッヒッヒ』
ババアは足元の肉塊の変化を見て、匠が見たら口が裂けてるんじゃないかと錯覚するぐらいの邪悪な笑みを浮かべた。
『おやおやおや......まさかまさか、坊主の抵抗でお前が押し返されておるとはのぅ。こういうのをなんと言うんじゃったかな......あぁ、確か、草生えるじゃったかのぅ』
『............』
大幅に制限を受けながらも、一応はババアとほぼ同格である肉塊。それなのに、格下も格下の匠程度を侵食しきれず、尚且つ抵抗されて押し返される始末。羞恥やら怒りやらで内心は荒れ狂っている。
『のうのうのうのう? 今どんな気持ちじゃ? 破滅していくのを待つだけ玩具である観察対象如きにしてやられている気分は? のう?』
ババアの煽りを受けた肉塊に青筋が幾筋も浮かび上がり、人の形へ戻ろうとする。
―――が、ダメ。ババアはそれを許さない。
肉塊を踏み抜き、コアを砕かない程度の力に調整しながらコアを踏み付ける。
『ヒッヒッヒ、最悪の場合は妾がどうにかしようと思っておったが......このままコレを虐めておけばどうにかなりそうじゃのう』
煽り顔から一転、愉悦顔に戻るババア。足元で震える肉塊を抑えつけながら、後は待ってればいいと傍観の構えを見せている。
◆◆◆◆◆
苦悶の表情を浮かべていた匠の寝顔は、次第に笑みへと変わっていっていた。それは心配そうに見守る悪魔さんを安心させると共に、母性本能的なモノを加速させていった。
『えっ......!? ええぇぇえ????』
以前、失礼にも匠が男か女か判断に困ると称していた、悪魔さんの断崖絶壁。
それが、僅かにと言うには語弊がある程度には膨らんできていた。生まれてこの方
『アーヒャヒャヒャヒャヒャヒャ』
遠くから自分が仕えてこの方聞いた事の無い主人の笑い声が聞こえてきて、思わず眉間に皺が寄る。何とか心を静めて表情を戻した悪魔さんは主人を見やると、涙を流しながらこちらを指差して嗤うババアが見えた。
『............』
喜び、戸惑いの感情は消え去り、仮にも主人に向けるモノでは無い顔へ変貌していった。
『お、オババ様......そこらへんで止めて貰えますか』
極めて冷静に、そう心掛けて語りかける。
『いや、だってのう......お主......ヒーッヒヒヒッ』
何とか言いたい事を言い切ろうもするも辛抱堪らず、再度嗤いだすババア。
『もうっ!!』
顔を真っ赤にして絶叫に近い声を出す悪魔さん。
笑い泣きのババア。
満身創痍の肉塊。
ウネウネするだけのナイフ。
とんでもなくカオスな場、そこにまた新たな異物が混入する事になった―――
「ん......んんんん......」
主人公、参戦。
「............え、えっと、どゆこと?」
ゆっくりと身体を起こした匠は、こんらんした▽
『お、あの、無事目覚めて......よかったです』
顔が赤いだけではなく、気を失っていたこの短い時間で変貌するには不自然な成長を遂げている悪魔さんが声を掛けてきた。はい、俺は無事です。
泣き笑いって表現がしっくり来るババアと、瀕死なのに怒気が漏れている青筋の立った肉塊、ひたすらウネウネして何となく喜んでいるっぽいナイフ。
「わけがわからないよ」
『ヒッヒッヒ、坊主よ、何もわかっておらぬと思うが、考えるよりも先にお前の主武器でコレを思いっきり叩き潰しな』
現状把握に努めようとした矢先、ババアから指令が下った。何でこう、悪魔系の人たちって一も二もなく先ずはバイオレンスになるんだろうか。
「アッハイ」
でも仕方ない。この場の支配者たるババアからの指令だしね。仕方ない仕方ない。よし、叩き潰そう。
金砕棒をギュッと握り締める。心做しか、これまでよりもずっと金砕棒が馴染む。まぁ夢にまで出てくるくらいだもんなお前。
『ほれ、早くおし』
「ッス」
素振りでもして感覚を......確かめる暇も無く、せっかちババアの名に従って肉塊に向けて振り下ろす。返事と同時になったのは仕方ない。上位の悪魔からの命令だもの。
あ、コレしゅごい。かいしんのいちげきが出りゅ気がすりゅ。
フォンッと鋭い風切り音、夢での感覚と同じ身体のキレ、夢で散々殺っ......やった振り下ろし、夢と同じ目標物。
そのどれもが過去最高の仕上がりとなり、振り下ろされた鉄塊の着弾と共に、肉塊が爆散した。
―――ッパァンッ
ドゴォッ!! と一拍遅れて地面を砕く音。心地良い余韻が手に残る。俺、まだまだ成長出来る。うわぁ頑張ろう。
金砕棒に紫色の染みが出来ているのが気になって血振りしたけれど、落ちない。ムカつくから後で磨こう。
『ヒッヒッヒ、さて......これで約束の二つ目は終わりかの。それでだ坊主、お主は何か望む物あるかの?』
約束って何だったっけ? 寝込む前に聞いた気がするけど......駄目だ、思い出せない。それよりも、望む物、か。......うん、ありすぎて困る。
「それって何個いけるの?」
困った時は素直に聞く。それが一番楽でいい。
『ヒッヒッヒ、オイ、何個までなんじゃ? 答えい』
答えよ、と言われると粉砕されていた肉の粉はウゾウゾと蠢き、肉塊へと戻っていく。一回り程度、前よりも小さいのはなんでだろう? 俺の血みたいに何かしらの代償があるのかな?
『そうだねぇ......三個かなぁ? この子の最も負担になった家族の数と同じだし。と言うか、こんな肩書きしてるけど、結構自由無いからさぁこれが限界なんだよ』
何れ俺の手でお前から全てを奪ってやるからな。お前は俺の敵だからな......それまで十二分にその肉塊を肥えさせておけよ。
「三つ、ね。少し考える時間が欲しいかなぁ。あとは本来の目的の買い物もしておきたいから」
『ヒッヒッヒ、おいそこの拗らせ悪魔。妾に代わってそこのクズを抑えつけておきな』
『こっ!? ......んんっ、畏まりました』
反論しかけたが、何とか止まる悪魔さん。ババアに代わって肉塊を踏み付けた。ブーツみたいなのを履いていた悪魔さんだけど、その踏みつけたブーツの踵部分が鋭く伸びてヒールになって肉塊を貫く。
そっち系の性癖の人にはぶっ刺さりそうな悪魔さん。ちっぱい、人外、女王様。
「......さてと、先ずは売却からだね。ババアこれの査定よろしく」
魔法袋から魔石を全て放出してババアに渡した。さぁて幾らくらいになるかな?
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