第156話 観察日記4

 疲労からか直ぐに眠りに就いた呪女王蜂はいつもとは異なる雰囲気を感じて飛び起きた。だが危険は無い様なのでそのまま警戒を解く。

 半分寝惚けたまま、毎日寝起きで食していた血蜜に脚を伸ばし......空振る。


「......ギゥ?」


 まだまだ十分な量があったはずなのにどうしてだろう......と、頭を捻った所ではたと気付いた。


「ギーィ......」


 そうだった、変な生き物の敵に“外”へ飛ばされたんだと。巣に溜め込んでいた血蜜結晶や非常食、魔石などの財は全て捨て置かれてしまった。気が利かない変な生き物の敵を恨んだのは仕方ない事だろう。



 完全に目が覚めた後は、全くの未知の土地という事で慎重に行動を始めた。

 まぁ慎重に行動をしていてもその圧倒的に目を引く風貌とプレッシャーは隠しきれず、目撃した人が写真を取ったり報告をしたりしたが、そこらへんの機微はあのダンジョン内では弱者の部類に居た彼女にはわかるはずもなかった。


 飛び立った呪女王蜂はまず空高くでホバリングをし、これから自分の巣にすべき箇所のピックアップから始めた。


 最初に目に付いたのは橋桁から十km程離れた位置にある小さめな山にある雑木林のような場所だった。勿論そこにはチェックを入れ、他にもそういう良い場所無いか動き回りながら探っていった。

 他には瓦礫の山、壊れた車やパーツが山積みになっている廃車置場、弱い気配を放っているダンジョン、山奥にある元は果樹園のような場所など、様々な場所を見て、時には下見にも訪れ、候補を三箇所に絞った。


「ギーギュ......」


 最終候補は雑木林、元果樹園、廃車置場の三つ。

 他の場所は残念ながら周囲にニンゲンが多く、タクミのイカれ具合いを知っていただけに、そこだと心が休まらなそうという事で候補から外れた。

 実際はあのダンジョンで狩っていたモンスター一体が出れば壊滅する程度の脅威度なのだが、シャバに出てきたばかりの呪女王蜂はそれを知らない。それでも、周囲に人間の多く居る環境となれば後々ストレスに苦しんだだろう。


「ギィィィィ」


 何回も見比べて、その中から選んだのは山奥の元果樹園だった。雑木林や廃車置場も立地的には良かったのだが、元果樹園を選んだのは蜂の本能が強く囁きかけたからであった。

 野生化して果樹園だった頃よりも味も質も劣るが、それでも花は咲き、果実が実る。果実を求めて野生動物も訪れ、人里からはかなり離れている。蜂にとっては天国なのだろう。


「ギギュ」


 今は初秋。春の果物の果樹園だったのでシーズンは過ぎており、目ぼしい物はもう残ってはいなかったが、春になれば......と期待に胸が膨む。ダンジョン育ちなのでそんな知識は無いが、蜂の本能には刷り込まれていた。


 住処となる地を決めた呪女王蜂は、周辺に居る野生の蜂の掌握から始めた。


 雀蜂、足長蜂、蜜蜂、熊蜂、種類は豊富に居て、それぞれがスキルを得て強力になった蜂達は縄張り意識が強く、異物が侵入してくると速攻で迎撃に向かう程攻撃的だったので、直ぐに周辺一帯は掌握された。

 本来は決して手を取り合う事の無い種族同士が、強力な統率個体の元に纏まり、巨大な蜂コミュニティが形成された。


 それから一月が経ち、果樹園一帯が一つの巨大な蜂の巣になった。人間目線で見ればダンジョンが形成された様なものだった。

 呪女王蜂はこの一ヶ月間で卵を何回か産んだ。と、言っても彼女と手足達では種族が違うから何者かと番ったとかではない。モンスターの繁殖は未だ異世界、現代共に謎に包まれているが、呪女王蜂の種は卵を産むと先ず黄身の部分が魔石に変わり、その後身体を形成していく。交尾をすれば他種の蜂のいい所を取り入れられるが、呪女王蜂が欲しい力は地球の種には無いから交尾をする必要は今の所無かった。

 ぶっちゃけ女王蜂一匹さえいれば、群れはあっという間に完成するのである。その群れの強弱はまた別の問題となるが......


 それはさておき地上、地下、樹木、元果樹園の事務所、倉庫、ありとあらゆる場所に蜂の巣がある。見つけ易い場所、見つけ難い場所、一見では見破れなさそうに偽装されたモノ、或いは一目見て巣とわかるモノ、またフェイクの巣もあったりする。

 監視網や鉄砲玉部隊も女王直系の手足が増えた事で強固強力になっており、呪女王蜂の居る巣に辿には人類が上級ダンジョンを攻略するくらいのパーティをかなりの数を集めなければ攻略は不可能な難易度になっている。後にこの地は蜂山だったり蜂の巣ダンジョンと呼ばれるようになるがそれはまた別の話。


「ギィィィ」


 漸く生活基盤を築けた呪女王蜂は、本格的にあの靄からの命令に着手し始めた。巣が出来、手足も大量に得て、餌も一冬を楽に越せる程度には溜まっている今が動き時だった。


「【眷属生成ギュゥゥゥ】」


 自らの周囲に配下が作った肉団子、花粉玉、魔物から得た魔石、血蜜結晶、それらを三つずつ配置してから身体に自ら傷を付け、体液を流しながら初めての【眷属生成】を行う。

 やり方が本当にソレで合っているのかいまいち自信がなかったが、ぶっつけ本番での試行に躊躇いはなかった。失敗した時のリスクがどうなるかわからないが、これだけ供物的な物を用意しておけば色々と分散してくれるだろう。もし全て自分に降り掛かってきても死にはしない、きっと――


「ギゥッ!?」


 スキルが発動した感覚したと思ったら唐突に傷口から勢い良く体液が吹き出し、ソレが血蜜結晶に降り注いだ。痛みはなかったが、身体から力が抜けその場にへたりこむ。


「ギーィウ!!」


 周りの手足達が一斉に女王の元へ向かおうとしたが、それを呪女王蜂が身体に鞭打ち、力を振り絞った一喝でその場に蜂達を止めた。


 邪魔が入って強制中断されたら、どんな代償があるかわからないから......

 そんな事を考えていると、身体から力以外の物も抜けていく感覚がしてきた。【眷属生成】はこれほどまでにキツいのか、あの中でやらなくて良かった、そう心底思えるほどの脱力感に襲われている。



 ――そして、呪女王蜂は耐えきれずに気を失った。




 ◆◆◆◆◆




「ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ......」


 探知能力に長けた斥候が青褪めた顔で拠点に向かって疾走する。


「なんなんだよアレッ......巨大蜂の調査をして来いってッ......お偉いさんに命令されたから行ったッ......けどさッ......」


 呪女王蜂の巣がある元果樹園に向かっていただけ、彼はまだ巣からは十kmは離れていた。

 ......それなのに、あの場所には殺意が溢れていた。それ以上近付くな、殺すぞ、と......


「なんか遠くでッ......ヤベー力がッ......膨れ上がったと思ったら......ア゛ァァァァァァァ゛」


 恐怖でしかなかった。

 弱い、自分と同じ位、強い、かなり強い......大雑把な探知でもわかる。少なくとも四桁はあった気配が一斉に自分に向いた恐怖たるや。


 ――彼はタイミングが悪かった。

 呪女王蜂が【眷属生成】を行って倒れてしまった時に、蜂達の領域に向かって進んでいたから。そんな時でなければもう少し近寄れただろう。

 だが、蜂達の女王の一大事に邪魔者を近寄らせるわけにはいかない。女王が君臨してから初めての群れの危機に全ての配下がピリついた。それだけの事。


「無理だよ......あんなん今の日本のトップでも勝てるわけがない......」


 気が付けば本拠地がある場所に程近い場所まで来ていた。それほどまで必死に逃げていた事と、見慣れた景色に安心して涙腺が緩む。もう少し上空にまで気を配って入れば、追ってきていた酷く弱々しい気配に気付いたかもしれない。

 こちらを追う気配が無い事を確認すると気か緩み、一気に緊張状態から解き放たれた斥候はその場にへたりこんでド派手にゲロを吐き散らかした。

 警備担当のチームメンバーが気付いて慌てて駆け寄ってくるが、斥候がマーライオンになっているのを確認すると途端にスピードを落とし遠巻きに見ていた。


「薄情なヤツらめ......後で絶対シバく......オェ゛」


 この後、なんとか持ち直した斥候の報告を聞いてメンバーが青褪めたり、イキッたメンバーが斥候を煽り散らかしたりしたがここから先は知ったこっちゃないと、斥候は報告をしてさっさと自室へ戻って行った。


 チームリーダーは依頼主への報告があり、こんなんどう報告すればいいんだ......と、胃をさすって項垂れた。




 ◆◆◆◆◆




「ギ......ギゥ......」


 目が覚めて最初に思った事は飢えているだった。

 続いて強烈な倦怠感、そして脱力感。脚の一本を動かすだけでも一苦労である。


【眷属生成】が成功したのかしていないのか、そこは気になるが......今は全く動けそうにない。それよりも先ずは無事だった事を喜ぼう。

 折角自由と群れを得たのに、こんな所でくたばって堪るかって話だ。


「キチチチチチチ」


 側に居た足長蜂の側近がローヤルゼリーを差し出してくる。それをありがたく受け取り黙々と食べていく。今は栄養が足りていない。補給が最優先であの後どうなったかは後回しだ。


 力が上手く入らないのでいつもの倍以上の時間をかけて食べ終え、落ち着くと報告を受けた。

【眷属生成】の顛末の他に、警備担当の者からも何か報告があるそうだ。




「キィィ......」


 働き蜂達に運ばれた先には、自分と同じ色合いの蜜蜂、熊蜂、足長蜂の三匹が蜜を食べているのを見つける。初めて作った眷属我が子を見て、どうしてここまで弱ったのかを理解した。

 それと、眷属達の所持しているスキルは直感でわかった。


「ギィィ」


 自分の血肉と血蜜結晶が混ざって出来ただけあって【血蜜結晶化】を三匹は最初から所持していて、他に【高速飛行】、【無音飛行】、蜜蜂は【気配希薄】、熊蜂は【呪爆針】、足長蜂は【吸血針】が最初から備わっていた。蜜蜂は戦闘能力は高くないが優秀な斥候、熊蜂は鉄砲玉、足長蜂は食料調達と、分野に特価した存在が誕生していた。

 なのでこの眷属達の運用は各種蜂達に丸投げをした。雀蜂がベースとなっている呪女王蜂には、各種蜂の生態や世話の方法などわかるはずがなかったからだ。

 各種蜂達は女王からのその頼みを快く了承し、即座に三匹を連れて蜜蜂の巣へと行ってしまった。


 残された呪女王蜂はもう少し自分の眷属達を見ていたかったようにも、一緒に居たかったとも思う。この感情は何だろうか......


「ギーィ......」


 芽生えた感情がよくわからなく、ぐちゃぐちゃな心情のまま寝所へと戻って身体を休めた。

 警備担当からの報告は聞くのをマルっと忘れていたのはご愛嬌。








 それから三週間後、呪女王蜂の巣を調査しにきていた斥候の所属しているチーム。その本拠地がある地域が壊滅した。






 靄はそれを嗤いながら見ていた。


 ─────────────────────────────


 キラークイーン


 カースドクイーンズビー


 レベル:32→35


 職業:呪殺女王


 HP:100%(90%)

 MP:100%(90%)


 物攻:32→35

 物防:60→63

 魔攻:144

 魔防:138

 敏捷:142→145

 幸運:46


 スキル:

 眷属生成

 眷属凶化

 呪縛

 凶呪針

 呪爆針

 吸血針

 妨害羽音

 血蜜結晶化

 高速飛行

 魅了


 ──────────────────────────────



 眷属生成は一回使用する毎にHP、MPの最大値が20%減

 今回は血蜜結晶が肩代わりした部分もあり、10%減で済んだが、ただ血蜜結晶が三つ用意してあり、それぞれが眷属生成に巻き込まれた為に体力、体液を大量に持っていかれて衰弱死と過労死のハイブリッドになる寸前だった模様


 女王蜂種は巣の最奥でふんぞり返って食っちゃ寝食っちゃ寝産めよ増やせよが推奨される生き物なのでギリギリまでHPMPを減らしても問題無いので、大体の女王蜂種は四体の眷属を作って後は巣で引きこもり、卵を産む生活をしている

 ただ進化の過程でソロで生き残る為の成長をした呪女王蜂とは相性最悪なスキル


 ※一般的な昆虫としての女王蜂とは生態が違いますのでご注意ください。キラークイーンちゃんは処女の子沢山。

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