第163話 観察日記5/萌芽

「カヒュッ......」


 最後尾の人員が倒れたが、先を行く誰一人振り返らなかった。


 この日は風がとても強く吹いていた。

 少しでもハチ共に発見される可能性を低くする為の策だったのだが、逆にそれが仇となってしまっている。

 轟々と吹きすさぶ風だけでも仲間とのコミュニケーションが難しいくらいなのに、更に風が木の葉や草を揺らす音が人が倒れる音を掻き消すのに貢献している。


「......ッ!? ッ!?」


 下手人はアシナガバチ。驚愕の表情を浮かべてビクンビクンと痙攣する人間の頭に止まり、気付いた人間が居ないかを警戒している。

 長い肢は進化した事で鋭い鎌のようになっていた。それを巧みに使って防護服ごと喉をカッ捌いたのだった。あの程度の攻撃を防げずに本陣に控えるスズメバチ部隊をどうするつもりなのか、とアシナガバチは呆れてしまう。


「......キシャ」


 喉がカッ切れらた人が藻掻き苦しむ様を見届け、無事に物事切れたのを確認したアシナガバチはミツバチに指示を出し次のターゲットの選定に移らせていた。


 侵入者達を四方から囲むアシナガバチ部隊。

 上空から、死角から、あらゆる場所に配備され、情報を統制するミツバチ部隊。

 弾丸のように真正面から突貫して場を荒らす鉄砲玉部隊、もといクマバチ部隊。


 運良く、または偶然これらを越えられたてしても、女王の元には何人たりとも通さないスズメバチ部隊が控えている。

 更に更に万が一抜かれたとしても、その先には眷属達が立ち塞がる。


 情報は筒抜け、指示は的確に飛び交う戦場に配備されたアサシンと飛び道具。


 ――人間が付け入る隙など、毛の先程も無かった。





「......は、ははは......」


 日の出を迎えた時には、前線は全滅。


 戦場に出た人員とは別に、最高責任者として来ていた凶悪モンスター対策省の人間は正気を失っていた。


 有り得ない......有り得ない......

 こんなハズではなかった。


「ギチチチチチチ」


 目の前には人生を諦めたくなるほど濃厚な死の塊。黒い輝く身体にエメラルドの如き美麗な翅を持つ一目見てわかる特別な個体。

 既に部下や護衛は全滅して死体や肉片へ変貌を遂げている。濃い血と臓物の臭いが場を支配し、最早ゲロなんてモノは出尽くしている。


「終わりだ......こんなのに、誰も勝てるはずがない」


 強者と知られる護衛ですら、目の前の虫を前にすれば幼子に等しかった。骨付き肉を噛みちぎるかの如く容易に食い破られていたのは笑うしかない。


「助けて......死にたくない......」


 恥も外聞も尊厳も捨て去って、頭を垂れて懇願する。


 まだ死ねない。この作戦を安全地帯で見届けるだけで、終われば昇進するはずだった。どちらにしろこのまま終わっても昇進確定なのだが、戦死して二階級特進なんてのは望んではいなかった。


『ギーウ』


「ギチチッ!!」


 瞬時に殺る気が滾ったとわかる目の前の個体にもう笑いも出てこない。許されはしなかったのだ。敵対すると決めた時点で終わっていた。

 嗚呼、突つく必要のない藪ほど突っついてみたくなるなんて人間はなんと愚かな生き物なんだ......


「............」


 首を差し出すかのように頭を垂れて、最期の時を目を閉じて待つ。痛くないといいなぁ......


「ギッ!!」


 身体と首の繋がりが途切れたらしい。


 痛みは......無い。


 目を開けばさっきまで自分の物だった身体という物が赤い液体を噴いている。


(不思議な、体験、だなぁ......)


 声はもう出せなかった。

 薄れていく自我。もう長くないと悟る。



 欲張らなければ......良かっ......



 ゴトッ――




 ◆◆◆◆◆




 ミツバチ達から続々と報告が入ってきている。

 それと並行してクマバチ達とアシナガバチ達からエサも運ばれてくる。


 ワタシの巣に侵入してくる変な生き物の群れは問題なく殲滅が終わってくれた。一匹も欠けないで終わってくれて本当によかった。


“外”がワタシと同じ種族で溢れてたお蔭でここまで力を付ける事が出来た。今のワタシの群れならば母様の群れと戦っても壊滅はしないだろう位にはなっている。


「ギーウ」


 ワタシの眷属の内の一匹、ミツバチ型の子から伝達が届いた。眷属達からは思念か何かで直接会わなくても連絡が取れる。これはとても便利な力だ。

 眷属の子からは「ボスだけは残してあるけどどうすればいいか」、と。残しておけばまた鬱陶しく侵入してきそうだから「即殺せ」と返した。


 その後すぐに「終わった、帰る」と。


 群れの子とは違う、ワタシが生み出した可愛い、とても可愛い存在。無事だとわかっているけれど早く帰ってきておくれ。


「ギゥゥ」


 胸の部分が締め付けられるような感覚が不思議で堪らない。でもどうしてか嫌ではない。不思議だ。


「ギチチ」


 ああ、帰ってきた。


 こっちにおいで、よく頑張ったね。


 戸惑いはあるものの、確かに母となった蜂の女王がそこにはいた。






 その襲撃以降は何も無く、ただ穏やかな日々が過ぎて季節は巡って春になった。


 群れは繁殖と統合を経て規模は膨れ上がった。




 そして――


 女王蜂は靄との契約を果たす為に動きを見せ、先ずは日本全国に向けて偵察部隊+アルファを放った。


 各地域の脅威度、拠点制作、餌場の確保など、人類の敵となる第一歩を人類の知らない所でガッツリ踏み出していた。





 日本史上最大級の虫害が幕を開けるまでのカウントダウンは、確実に数字を減らしている――




 ◆◆◆◆◆




「........................」


 ブスッとした顔でステータス画面を睨みつける悪魔が居た。


 何故そのような事になっているかと言うと......


【スキルの種 168/???】


 無事に累積経験値が三桁を突破していたからに他ならない。

 100でカウントが終わってくればいいな......と、淡く、甘い希望を抱いていたが当然の如く希望は粉砕されていた。希望というか懇願に近かったが。


「そんな気しかしてなかったけどさぁ......100を越えてカウントが止まんなかったら、もう行き着く先は999しか無いじゃんか」


 100で無理なら終わり。天井まで引っ張られる。

 このダンジョンの仕様を考えれば300や500で終わる訳がないのは身に沁みている。


「不幸中の幸いはアイツらが倒しても変わらず経験値が1貯まる事だけだなぁ......」


 ナイフ君と世紀末君が倒したのもカウントされるのがせめてもの救いだった。

 だが、まだまだ先は長い......モンスターハウスがある事を切に願うばかりだ。




 ◆◆◆◆◆




「アハハハハハハ」


 夏場に砂浜に打ち上げられて三日経ったような魚の目をしながらモンスターを殴り倒す男在りけり。


「オ前を経験値にしテやろウカッ!!!」


 きっとお供のナイフと鎧がナマモノだったら、きっと謀反を起こされていた気がする。作業を苦行と思わないヤツらで本当に良かった......

 そしてやっと......ようやっと、天井到達が見えてきた。毎回毎回嬉々としてモンスターへ向かうナイフと鎧にはマジで感謝しかない。

 俺の方は安西先生が愕然とするくらい成長がないまま先へ進むのは怖いから殲滅とリスポーン待ちのループをし続けた果てのコレ。モンスターハウスなんて無かった......HAHAHA。


「アハハハハハハハハハッ!!」


【スキルの種 996/???】


 知ってた。ここまで引っ張られる、と。三歳児でもわかる簡単な問題だった。

 知ってはいた。けれども生き物が呼吸をするように、それが当然とばかりにそこまでされるといくら温厚で知られる俺でも冷静ではいられない。


 モンスターがただの肥料にしか見えない。


「臓物をブチ撒いて死ねッッ」


 金砕棒の突起にモンスターを三匹引っ掛けて、そのまま壁に向かってフルスウィング。モンスターは気持ちのいい音を立てて綺麗な花を派手に咲かせた。


「アハハハハハハハハハハハハッ」


 長かった......本当に、長かった......


「ステータス」


 まだモンスターは残っていたが鎧とナイフが抑えてくれていた。俺は一刻も早くコレを終わらせたくて戦闘中にも関わらずステータス画面を開いた。





【スキルの芽 0/???】





 もしかしたら四桁に突入するかもと少しだけ思っていた。だから越えなかったのには安堵した。した、けどさぁ......


「ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァァァァァア゛」


 スンッと顔から一切の表情が消失させた悪魔が血に塗れて真っ赤に染まった金砕棒を力の限りキツく握り締めて、残りのモンスターへと向かって駆け出していった。




──────────────────────────────


 突発更新!

 今週は本日の月曜と木曜、土曜or日曜の三本です!

 今年最後の祝日が23日らしいです。辛いですね。もっと祝日がふえればいいのに......


 というワケで今週は今年最後の祝日の日のお目汚しにどうぞと木曜に更新します。いつもの水曜日更新では無いのでご注意ください。

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