第106話 嗤う女
スマホがまた使いたいというか、私はただ以前のようにSNSがやりたかっただけ、その欲が馬鹿みたいに我慢出来なくなっていた。今になって思うと、電波が復活したとしてもSNSやら何やらのサービスが復活するかとはまた別な問題。
大学に入って約一年、SNSを通じて出来た初めての彼氏。私の何処を気に入ったのか毎日毎日やり取りを繰り返してきた私より年下の高校三年生の男の子。いつの間にかそれが日常となり、あの子が熱を出して寝込んでいて連絡が無かった時は狼狽えに狼狽えてしまった恥ずかしい思い出があったりする。
その子との思い出というか絆というか......我ながら重いなと思うけど、お付き合いの切欠、私の退屈だった日常を彩る切欠を作ってくれたSNSで再びあの子とのやり取りがしたかっただけ。
ちょっと落ち着いた今となって思い返すと、まぁ色々と不振な点が多々あった事に気付く。一番に思うのは、もうちょっと私もあの子も思慮深かったという事かなぁ。
誰ともお付き合いした事のなかった私、あの子も初めて......とは言ってたけど今となっては確認しようがないけど私はそうだと思っている。だから、すっごく慎重に、半年程の時間をかけて毎日やり取りしてから会い、それから暫くお出掛け以上デート未満みたい事を重ねて漸く付き合うに至ったくらいだ。......どちらも奥手なだけだったとかではないのよ。
あのクソ配信者が色々と避難所とか集落を回って説得してかき集めた大規模レイド。何故か知らないけど説明を聞いている内に私もあの子も、不思議な程に乗り気になっていた。ちょっとはレベル上げとか頑張ったけど、荒事の嫌いな私とあの子が命の危険を顧みずにホイホイ乗るわけが無かったはずなのに......物凄く高揚して、万能感に包まれ、いつの間にか揃って参加を決めていた。
きっとあのクソ配信者は洗脳とかマインドコントロールとか、欲望を刺激するとか、そういった類のスキルを使用して参加者を掻き集めていたのでしょうね。それならば色々と起きた現象に納得が出来る。
ダンジョンに入ってからは巫山戯た事にアイツはのうのうと安全な位置で偉そうに指示を出していただけだった。私たち含めアレに掻き集められた人たちの事は肉盾や捨て駒としか思ってなかったんだろう......配信者らしく、人は数字にしか見えてないとかそんか感じが透けて見えていた。
あの子は純粋故にクソ配信者のスキルがよく効いたんでしょう......戦闘で突出しすぎて小さい毒蜘蛛に首を噛まれて呆気なく死んでしまった。
悲しみに暮れる私と、同じくもう一人彼氏を亡くした女の子を当たり障りのない言葉で慰めているフリをする有象無象の男共のお陰で洗脳が解けた私は大袈裟なくらい病んだ演技をして、あの子の復讐を誓い機会を待つ事にした。
絶対に許してなるものか!! そう、心に決めてバカ共に着いていった。あの子の遺品である短剣を握り締めて......
◆◆◆◆◆
傷心の女は落とし易いと思ったのか、クソ配信者とその取り巻きがやけにもう一人の女の子に絡んでいくのを眺めている。クソ共が何かボロを出さないか、と期待を込めながらひたすら観察。
刃物を持った病んでいる女には近付きたくないらしく、私の方には全然来ないのは救いだった。
短剣の柄をを握り締めると心が落ち着く。
暫く注意深く観察していると、最愛の人を喪ったばかりだというのに女の子の態度に変化が現れ始めた。話してみてわかったけどあの女の子は決して尻軽ではないし、落ち込み方は少なくとも私には本物に見えていた。あれが演技であったなら、私の目は相当な節穴だろう。
それから最後まで介入せずに観察し続けた。ぶっちゃけると助ける気は無かった。傷心中なのはわかるけど、クソみたいなヤツらに隙を見せてしまったあの女の子の危機感の無さに呆れたから。
今はもう、頬を赤らめて肩にしなだれかかっている。ああなってしまえば、もうダメだろう。まぁ、私の方はアレが洗脳系のスキルを所持していると断定出来たし、女の子の方は悲しさを忘れられたしウィンウィンだと思う。お幸せに。
◆◆◆◆◆
中々隙を見せないクソ配信者。四六時中、誰かしらが傍に控えている。クソなヤツ程よく群れやがる。凶悪な罠とか凶悪なモンスター......出てこないかなぁ。
◆◆◆◆◆
ボス部屋まできても好機は訪れなかった。
あのチキン野郎は前線で身体を張る度胸もないのかフニャチン野郎め......悪意あり殺意ありフレンドリーファイアをぶち込んであげたいのになぁ。
早くミスをしろ。そこを徹底的に抉って貴様を追い詰めてあげるから。
◆◆◆◆◆
どうやら撤退するらしい。このダンジョンに来て一度も肉弾戦をする事無く撤退を決め込む大規模レイドのリーダー。死ねばいいのに......いや、ゆっくり殺したいから足の一本くらい落としてこいよ。
◆◆◆◆◆
煙幕と手榴弾でボスを撹乱している内に大規模レイドのメンツは撤退を始めた。クソ配信者が動いたけど、道具にばっかり頼ってないで切り込めよとしか思わない。でも......チャンスはここだと思った。
アレが撤退する最中に闇討ちする事に決めた私は、全意識を集中して致命的な隙を待つ。腰が引けまくっていて滑稽で笑いそうになる。
全員の撤退が完了し、アレは扉を閉めようとしている。
最後の最後で特大の隙を見せてくれた。根性無し共は既に全員こちらから見えない位置まで逃げている。目撃者は無し。
「フフッ」
おっと、声が出てしまったわ。結構近い距離にいるのに気付かない愚鈍さに感謝しなきゃ。
◆◆◆◆◆
『レベルが2上がりました』
「あら、レベル上がったの? ウフフッ」
どうやら人を殺しても経験値が入るらしい。しかも直接トドメを刺さなくてもそれなりにダメージを与えていれば、だ......これは色々と捗るわね。
「あんなヤツの血でいつまでも汚しておくわけにはいかないよね。フフフッ......仇は取ったよ」
短剣の血を丁寧に拭い鞘に収め、クソ配信者の荷物の選別を始める。慰謝料として貰う物、邪魔にしかならないゴミ、遺品として渡す物の三つにテキパキと選り分け、ゴミはしっかりボス部屋に投棄してからダンジョンの入り口へ向けてゆっくりと歩み始める。
ゆっくりしていても追いつけると確信を持っていた。他のゴミ共は所詮寄せ集めの烏合の衆であり、大すぎる人数は命懸けで事に挑んでいない場合は枷にしかならないからだ。
彼女は此処を出るまでにクソに集っていた蝿は処分してやると心に決めている。
安易に合流せず、自分の事は死んだだろうと思わせておく。その後数人殺しておけば、烏合の衆共は疑心暗鬼に陥って勝手に瓦解し、その後は誰にでも出来る簡単な作業をすればいいだけとなる。
「ウフフッ......平和な世の中じゃ露見しなかっただけで私の本性って元からこうだったのかなぁ? まぁなんでもいいわ......後追いしようと思っていたけど、あの子の仇を全て殺して、その後は倫理観も良心も愛も棄てて......独り自由気儘に生きてやるわよ」
だから、貴方は私の事はもう忘れて来世で幸せになりなさいね......
最後は口には出さず、心の中で呟いた。
「......うふふふふっ」
想定していた良心の呵責は皆無。気分は落ち込む所かこれまでにない清々しさを感じている。
もう、貴方の知ってる私じゃなくなっちゃったの。あの私は貴方と共に死んだ。今の私は新しい私。
だから......
―――ゴミのお掃除頑張らなくっちゃ......ね♡
ゆったりと、だが力強く一歩一歩、獲物の元へと進んでいく。
口元には笑みを。
目には闇を。
乾いた血が残る手には、磨き上げられた短剣を。
「ふんふんふーん♪ ぶち殺ーす♪」
初デートの前の準備時間のように、ご機嫌に鼻歌を唄いながら―――
「あら? ふふふ、因果応報ってこういう事なのかしら......愉快ね」
追い付いた先には血濡れの裸の嗤う女の子。
局部を切り落とされた蝿の死体が数体。
何が起きてこうなったのかは容易に想像がついた。
「洗脳、解けたんだね」
「あ゛ぁぁぁぁあっ!!!!」
私を見るなり目を血走らせながら手に持ったショートソードを構えて走り出す女の子。なぜ私がこんなにも恨まれなければいけないのか理解に苦しむ。
「私を恨むのはお門違いよ」
冷静に躱し、足を引っ掛けて転ばせる。
「――――――ッ!!」
蝿の死体から鉈を拝借し、ワーワー騒いで立ち上がろうとしている女の子に前蹴りを浴びせ再び倒す。
「お互い運が良ければ、何れまた、何処かで会いましょうね......うふふふふっ」
両足のアキレス腱を鉈で切り付けて機動力を奪い、両手首も同じように切り付ける。最後に鉈を蝿の死体の頭に振り下ろす。
直接トドメは刺さない。だって、傷付けて放置しておけば後はモンスターが勝手に始末してくれてレベルが上がるから。疚しい部分は作らないに越したことはない。
ギャーギャー五月蝿かったので、最後に顎を思い切り蹴り、満足そうな表情を浮かべ歩き出した。
この時よりも少し後、匠よりも早く、ダンジョンで産まれた人類の敵がダンジョンから解き放たれる事となる。
彼女は今後、どのような混沌を世に齎す存在になるのだろうか――
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おまけ
淡輪 杏奈
職業:未設定
Lv:31(ダンジョン脱出時)
HP:100%
MP:100%
物攻:20
物防:15
魔攻:1
魔防:15
敏捷:12
幸運:5
残SP:0
魔法適性:-(氷)
スキル:
短剣術Lv3
精神耐性Lv4
闇堕(精神汚濁 ステアップ)
断罪(断罪行為時ステアップ)
因果応報(因果に応じて追加ダメージ)
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