第142話 はぢめてのすきー/羽化

 思いついた事を形にする為の作業を行いながら待っていたらナイフが俺の所に帰ってきた。だいぶ触手捌きが巧くなったコイツの移動速度は、もう成人した人間の歩く速度程度にはある。それもかなりヌルヌル動けるようになって正直キモい。まだダンジョンに堕ちる前の俺なら......夜道で遭ったら情けなく喚きながら逃亡するレベル。


「お疲れさん」


 声を掛けたら触手を持ち上げてサムズアップっぽいのをした後、自分から鞘に収まっていった。頭良すぎてキモいけど頼りになるヤツだ。


「......あ、うわぁ......俺がこんな風に思うようになるなんて......世も末だわ」


 自分の中で何か変わった、それとも変われたというのかな? 一応だけど生物っぽいヤツ相手に頼りになると思うとか......


「びっくりだわ。まぁ......なんだろ? とりあえずいい事だと思っておこうか」


 そこまで気持ち悪いとは思わなかったので、これは良い事だと思い込んでから下の階に進んだ。



 ◆◇原初ノ迷宮第八十八層◇◆



 降りた先で俺を待ち構えていたのは青空だった。と言うか雪山の山頂だった。標高はかなり高いようで途中から雲で隠れていて下が見えない程。

 まぁ、都合のいい展開だからいいけど、なんと言うか......うーん。


「こんな早く出番が来るとは......」


『レベルが4上がりました』


「は?」


 ここでレベルアップのアナウンスが来た......が、何処にを見渡しても爆炎や爆煙は見えない。と言っても雲で見えないんだけど爆発の揺れや空気の揺れも感じないからこの階層じゃないんだと思う。―――と、いう事は?


「八十九階層まで降りてからの爆破かぁ......」


 この階層には目ぼしいモンスターは居なかったらしく、ヒヨコはこの階層をスルーしてさらに下へ向かったようだった。

 見た感じ、この階層はクソバカ高い標高の山を降れって事だろうし......まぁかなり面倒なギミックがあったり、只管難易度の高すぎる山を降れって事なんだろう。なんか気分が重くなる。


「まぁアレか、なるようにしかならないな」


 とりあえず問題は起きた時に考えればいい。俺はただこのダンジョンを降りるだけだ。




 ◆◆◆◆◆




 人に降りるという選択肢を与えたくないという強い想いが伝わってくる傾斜......というのは烏滸がましいと言わざるを得ない崖の端に立つ。

 何度も何度も紐無しバンジーを経験している俺でないと耐えられないだろう其処からの眺めは、本当に俺は何を見せられているんだろうと思う。


「投擲用にアイスボーンから引っこ抜いた背骨を数本持ってきていてよかった」


 背骨を叩いて削って手慰みに作ったスキー板モドキ。本物のスキー板やスノーボードのように足を固定するギミックなんて着いていない。サンダル風に足を通す場所を作っただけの雑なソレは、固定具としてはかなり心細い。


「初めてのスキーがこんなのになるとは思いもしなかった......」


 知識も経験も無い。実物は映像で見た事があるだけのゲロ吐きそうな程の初心者が相対するは、超上級者でも頭を抱えながら遺書を書いてから挑むレベルの難易度エクストリームのコースだった。


「フンッ!!」


 記憶を頼りに、顔面にヒート〇ックを巻き防寒は現状で出来る限りした。続いてスキーの時に手に持つあの変な棒の代替品として棘を両手の甲に突き刺させば、一応スキーヤーとしての体裁は保てるだけの格好になった。そんな気がする。


「......っふぅ。行くか」


 ほぼ垂直落下のコースにアイスボーンスキー板を沿わせ身体を傾けていく。後はなるようにしかならない。無事に下まで辿り着けるのを祈るしかなかった。


「えっ......こんなに早くなるの? こんなに動き辛いの? スキーってやべぇ......うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 怖ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 コースに入ってすぐに勢い付き、瞬時に操作不能になったスキー板に乗せられた元匠は、叫びながら眼下にある雲の中へと突っ込んでいった。




 自分の意思で碌に操れない超速度での降下。

 眼球にビシバシ当たる降雪や舞った雪の粉で視界は限りなく零に近い。それでも止まらない。止まってくれない。

 スキーやスノーボードではどうしようもなくなったら転んで止まるという方法もあるが、それは常識の範囲内での事である。今それをやれば雪山の中腹でバラバラに散らばり、スキー板に固定されている下半身などは千切れ飛んでいき、大事なブーツは行方不明に、生命線のヒー〇テックなどもお逝きになるだろう。なのでその方法は死んでもとれない。

 無論、超絶初心者なので止まる方法などはよくわかっていない。とりあえずで形だけ似せたスキー板にはエッジなどはあろうはずがないので八の字にしても止まらない。どう贔屓目に見ても詰んでいた。

 極寒エリアのモンスターの素材で造られたスキー板は雪に当たっても摩擦はほぼ発生しないので刻一刻とスピードは上がっていく。スピードが落ちる気配は一向に無い。初めてのスキーでエクストリームな難易度のコースなのに、元匠が転ばずに未だスキー継続中でいられるのは偏に元匠の超人的な筋力と感覚を用いてバランスを強引に崩さないからであった。


「グォォォォォォォォォォ」


 自分がどんな感じで滑り降りているのかはもうわかっていない。一回転したような気もするし、着地したような気もする。気がするだけかもしれない。何かを轢いたかもしれない衝撃が来るが意地で耐える。

 膝や太腿や普段使わない様な箇所の筋肉から、ミシミシブチブチと聞こえたらダメな嫌な音が引切り無しに聞こえてくる。普通に痛いしキツいがそれでも絶対に体勢は崩せないので歯を食いしばって耐え続ける。


 そんな元匠であったが不幸のどん底中の幸いとしては、このエクストリームコースには木や岩などの障がい物が皆無だった事である。それらが普通に存在していれば、元匠は瞬く間に雪の染みになっていただろう。その代わりにジャンプ台のような小さな物はそこかしこにあったがつい先程上げた運の影響か、驚異的な身体能力のお陰か、はたまた偶然か......ジャンプは全て成功させていた。オリンピックに出ていたら金メダルも夢じゃなかっただろう。


「ゴーグル゛が欲゛し゛い゛ィ゛ィ゛ィィィィ」


 そんな物はない。




 ◆◆◆◆◆




 意識の無い状態から微睡んでいる状態に変化していき、漸く全てが終わったのか意識がはっきりと戻ってきた。

 寝起きと酷い倦怠感の為に今は身体に力が入らないが、新しくなった身体にはこれまでにない力が宿っているのはわかり、嬉しさで身体を少しだけ捩る。


 ──────────────────────────────

 カースドクイーンズビー


 レベル:0


 職業:呪殺女王


 HP:27%

 MP:3%


 物攻:26

 物防:48

 魔攻:122

 魔防:116

 敏捷:108

 幸運:46


 スキル:

 眷属生成

 眷属凶化

 呪縛

 凶呪針

 呪爆針

 吸血針

 妨害羽音

 血蜜結晶化

 高速飛行

 魅了

 暴力と血の悪魔の下僕


 ──────────────────────────────


 幼虫はオオスズメバチよりも一回りデカい程度の体躯、暗闇に溶け込むような漆黒の体色、エメラルドのような美しい翅に紅く輝く真紅の眼。二回目の進化としては破格の性能と美しい容姿を持って生まれ変わった。母女王蜂とは全く違う方向性の進化だが、母女王蜂も幼虫の進化を見れば喜んだだろう。


 さて、生まれ変わった幼虫のHPとMPがごっそり減っているのは、変態時に足りなかったエネルギーをそこから捻出したからである。

 かなりギリギリの変態だったが、賭けに見事勝った元幼虫は無事に変態出来たことに安堵し再び意識を手放した。今はエネルギーが足りていないので回復を最優先にした結果の行動だ。


 眠りながら無意識で蛹の中に残る液体を摂取して空腹と飢えを凌ぎ、少しでも身体に栄養を取り込み耐えていた。周りに味方が居れば強引に羽化して餌を運んでもらうのだが、一匹ではそれも出来ず......

 だが、無意識に身体を小型化させるように作り替えた結果、蛹の中に残る内容物が多かったのが幸いして再び目を覚ます頃には普通に動けるまでには回復出来ていた。


「ギュィィィィ」


 特徴的な鳴き声はそのまま、身体に力が入る事を確認した呪女王蜂は世話になった蛹を食い破って外に出て身体を乾かしていく。少しでもエネルギーを取り込もうと蛹を食いながらジッと乾くまで耐えた。



 全て乾かしきった新しい身体。翅と眼はダンジョンの灯りで妖しく煌めき、漆黒の身体は光を吸い込み存在感を醸し出していた。


「ギュィィィィ」


 お腹がとても空いていた。

 何かちゃんとした物を腹いっぱい食べろ......と、本能に言われるまま獲物を求めて飛び立った。

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