第101話 それぞれの方針/我慢出来なくなった人たち

 何だかんだ長い付き合いになっているナイフが、匠から「違う、そうじゃない」とツッコミを入れられるような変貌を遂げている一方、肉食触手ナイフさんの持ち主は―――


「グエッ」


 長い長い食道スライダーが終わりを迎え......直後ベチャリと音を立てて肉の地面に顔から突っ込んでいた。どうやら胃にあたる部位に到達したようだ。


「うぇっ......気持ち悪ッ」


 不快感に顔を顰めつつ慌てて荷物を確認。しっかりと包んだつもりだったが染み込んでしまった粘液で濡れている事以外は特に気になる箇所はない。その事に安堵の溜め息を吐く。

 今のこれはただの粘液だけど、ここから先は胃液だろうからこのままだと溶かしてしまう。早くどうにかしないと――


「とりあえず俺がやるべき事は......」 


 胃液をどうにかする、脱出の為に出来ることを考えるの二つ。最優先は胃液。

 グッチョグチョのネッチャネチャな粘液を吹き飛ばす事だけを考え、俺がいる立っている場所を安全地帯とし、天井と床へ向けた掌から火炎放射器みたいに火を放出した。イメージとしては漫画で見た事がある世紀末なアレ。

 不慮の事故があったらいけないので荷物はローブの中に纏めて背負っている。


「ヒャッハァァァァァァァ!!」


 俺がよく出す声と似ているからか、とてもすんなりと出ていた。後イメージしていたよりも火炎放射の勢いが強い。

 火炎で胃液らしき液が蒸発する悪臭と肉の焼ける臭いが混ざり合い、吐き気を催す臭いが胃の中を満たす。とても臭いが溶かされるよりマシなので我慢。


 炎を出し始めてから十数秒、地面が揺れだした。

 多分だけど本体が痛みでのたうち回っているか暴れているのだろう......俺に生きたまま食われるという貴重な経験をさせたんだ、お前は生きたまま体内を焼かれる苦しみを味わえ。


「アハハハハハハッ」


 一心不乱に揺れる胃の中で汚れを焼き払い続ける。

 消化途中でグズグズの人型モンスターっぽいモノや消化し始めたばかりのオオカミ型モンスターなどもあったのでついでに火葬して消化する前に消し去る。お前にはこれから死ぬまで焼け焦げた燃えカス以外の物は取り込ませない。


 そんなこんなでしばらく火炎放射し続け、MPの半分程を使った所で胃液の生産が止まった。再生能力は備わっているっぽいが炭化するまで胃壁を焼いたらさすがに直ぐには戻らないようだ。ちょっと俺の再生能力の異質さを思い知らされた。


 その後は落ち着いて荷物を乾かし、これからどうしようか考え始めた。解体に使うようなでっかい包丁があればそのまま切り開いて外に出たんだけど......

 とりあえず、俺が選べるのは上るか、突き破るかだ。死んでもこれ以上降りたくない。生きていながらうんこを体験する訳にはいかないのだ。絶対に!




 ◆◆◆◆◆




 一方その頃、進化したナイフは新たに得た能力を早速試しながら食事を楽しんでいた。



 ―――触手は六本生やせた。

 刃の先端から二本、刀身から三本、柄の部分から一本の計六本。太さは最大で六cm、長さは最大で六m。

 二本目以降は生やす毎に太さは一cm、長さは一mずつ減っていく。

 触手の強度はナイフ本体と変わらず、本数を最大まで増やそうが変わらない。


 新しい力に気を良くしたナイフは伸ばした触手も刀身と同じく肉を喰えるか試してみた。先ずは一本、鋒から出して刀身が届かない箇所まで送り込む。

 触手に切れ味は無いが硬さは刀身と変わらない。肉壁を掘削するように奥へ奥へと送り込んでいった。


 限界まで伸ばし切ると早速喰らっていく。この時問題無く肉が喰えたが、食事スピードは刀身で喰うよりも遅い。肉を喰らえた範囲は触手の先の一mのみ。

 それと同時に刀身でも食事を行ってみた。その結果、触手、刀身の両方でも肉を喰らえたので食事スピードはこれまでよりも上がっている事に満足したので、持ち主の命令の遂行へ意識をシフトする。


 ナイフには正確な距離を測る知能は無い。だが、近接武器の中でもリーチが短い故に己の攻撃が当たる範囲はなんとなく理解している。本能や直感の様な、何かだ。それが新しい触手という攻撃手段を得ても、変わらず機能していた。


 触手を三本生やし、ソレを食道内で三方向へ広げて肉壁に突き刺す。サ〇ケでよく見る両手足を広げて壁に張り付くあの感じだ。

 下方向には持ち主が居るから下に行く必要は無い。触手ナイフが行くべき方向は上、一択。


 突き刺した触手で肉を喰い、その場でクルッと回転してまた喰う。食う箇所が無くなれば触手を足のように動かして上へ進んでまた同じように喰う。


 その繰り返しで問題無いと確信しながら触手ナイフは上へと進む。見直してくれてもう少し戦闘で使ってくれるといいな......と思いながら。




 ◆◆◆◆◆




 所変わって、地上。

 同じ目的で集った大量の人の群れが、とある施設......もといダンジョンの前で決起集会を開いていた。


 その集団は比較的若年層が多かった。


 中学、高校、大学と学生が全体の六割強を占め、二十代が三割弱、三十代前半が凡そ一割。それより上の年代の人たちはライフライン系のダンジョン攻略に赴いていた。


 生活に直結しているダンジョンでは無い。無いのだが、その集団の目的であるモノは人らしい生活よりもソレを優先したい人たち。


 深刻化しつつある病気の罹患者たち。


「良いか!! 俺たちは!! これより!! 携帯基地局ダンジョンの攻略に挑む!! 大人共は理解していないがこれは俺たちにとって何よりも優先すべき事項である!! 充電する為に先ずは発電所? 否!! 我らは既にソーラー充電器がある!! 無い人も居るがシェアすれば問題はない!! 水道局? 水がなければ川の水を煮沸すればいいじゃないか!! ガス? 我々にはガスボンベというモノがある!!

 よって、我ら超大型レイド『スマホ中毒者達』は何の憂慮もなく電波の解放へと挑めるのである!! 諸君ッ......長い事待たせて悪かった!! 我等はこれまで生命線であるスマホを我慢し、我慢し、我慢し......ずっと力を溜めてきた......そして漸く時は来た!! 今こそ我等の電波を取り戻すぞぉぉぉぉ!!!!」


 この集団の代表、有名ユーツーバー『四股キン』こと四股川しこがわ 欽一きんいちのスピーチが民衆を煽ると、地響きのような、怒号のような、強烈な雄叫びが鳴り響いた。

 社会への多大な影響力故か、彼には最初から【扇動】のスキルを持っていた。そのスキルを全開にしてスピーチしたのだから、この熱狂も当然の事だろう。


「快適なスマホライフを取り戻すために......行くぞお前らぁ!! 死ぬなよぉぉぉ!! 配信出来るようになったらチャンネル登録よろしくなァ!!」


 配信者の性か、癖か......お決まりの言葉を付け加えたがこれはご愛嬌。ボルテージが最高潮まで高まった集団は目をバッキバキにし、「もう何も怖くない!!」といった状態でダンジョンへ雪崩込んで行く。


 難易度は中級ダンジョンの上位、彼らは無事に携帯基地局ダンジョンを攻略出来るだろうか......




 エンカウントしたモンスター共は、ガンギマったテンションの人の波......その圧倒的な質量に押し流されて淘汰されていく。ヤツらの去った後には踏み砕かれた魔石と血痕だけが残っていた。


 人海戦術のように手当り次第突っ込み次階層への階段を探す大規模レイド集団。その勢いは突入初日ずっと続き、一日で七階層まで攻略していた。

 この日の脱落者は六人。罠で再起不能まではいかないが決して軽くない怪我を負った者たちだ。モンスターからの被害は軽微。


 二日目、初日よりも勢いは衰えるも五つ進み十二階層まで攻略を終える。

 脱落者は四名だが死者が二人出た。毒持ちモンスターに首を噛まれた者と罠のギロチンに掛かった者。いずれも初日に得た万能感で調子に乗った男子高校生であった。


 三日目、死者が出た事と疲労の自覚により一日休みになった。若い者たちの集まりなので精神的に脆かったらしい。四股キンや年長組がメンタルケアに奔走していた。


 四日目、何とか持ち直した集団は攻略を再開。

 モンスターが強くなった事と罠の殺傷力が上がった事で慎重になりこの日は二階層進んだ。

 脱落者は零、損傷は軽微だったので特に大きな問題は起きず。しかしギロチンで死んだ者の彼女が自暴自棄気味になっていた。


 五日目、六日目と三階層ずつ進んだ。

 敵が結構な強さになったので十数人でタコ殴りにして進んだので被害はほぼ零。数人が打撲等で済んでいたのでペースは落ちずに進めた。自暴自棄の女の子が日々思い詰めた表情になっていったが大学生の女の子が慰めて持ち直したように見えていた。


 七日目、二十一階層へ降りるとそこはボス部屋だった。身体に紫電を纏った獣が、招かれざる客である『スマホ中毒者達』を鋭く睨んでいた――





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・進化条件


 ヒト:レベルカンストorイレギュラーなナニか


 動物:体内に魔石が精製されるor格上の魔物から魔石を喰らう


 ※魔物:レベルカンストor上位存在の加護を得る


 ※モンスター:イレギュラーorレベルカンストorダンジョンの気紛れ

 

 ※武器類:核の発現及び核の認知or人為的に呪いや祝福を得る



・ダンジョン以外で発生したモンスターは魔物と呼ばれている

・本当の分類はダンジョンモンスター 匠がモンスターと呼んでいるから今後もモンスター表記

・個体差はあるが核が発現した時点で意識を得る

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