第125話 ダンジョンにゃにゃ不思議

 ダンジョン七不思議というのが今、巷で噂になっているという。


 ・瞬間移動ババア

 ・ルンルンお姉様

 ・蠢く肉塊

 ・挽肉おじさん

 ・背後から刺す女

 ・男絶対殺すオッサン

 ・惨殺暴食猫


 どれも噂だろうと人々は笑った、が......


《ショッピングモール系ダンジョンでババアとお姉様が服とかを物色していて、此方に気付くと瞬間移動したかのように消えた》

《やたらメンズ系の服を見ていた》

《エコバッグみたいのがギチギチになっていた》

《霊園系ダンジョンで肉塊がグヂュグヂュしていた》

《遊園地系ダンジョンのお化け屋敷でも肉塊見た》

《デカいハンマー持ったおっさんを見たらそのダンジョンには挽肉がいっぱい転がっている》

《それドワーフ系の徘徊ユニークモンスターとの噂》

《夜な夜なハンマーの調子を試しているらしい》

《モンスターと戦闘していて苦戦すると背後から刺される》

《ボス部屋のドアは開けてあると刺される》

《こっちが優勢だと舌打ちされた後ボスが刺される》

《扉は閉めておくと、扉から出た瞬間に刺されるらしいよ》

《おっさんをパーティに入れると男だけ殺される》

《全滅させられるとも聞いた》

《あー、だから今おっさんだけのパーティがダンジョンに溢れているのか......》

《背後から刺す女じゃなくて首切り女じゃなかったっけ?》

《というか上半身を守る対刃防具を付けられすぎて仕方なく首切りにシフトしたとの噂も》

《そんな事よりも猫に気を付けろ! 猫が一番ヤバイぞ!!》

《あーアノ爪と尻尾でバラバラにして骨も残さずに食い尽くす首輪かシュシュの付いた猫がいるって噂ね》

《血溜まりに装備と肉球跡だけ残ってるってヤツか》

《ダンジョンの外でも中でも猫を見たら気を抜くな》

《でもレベル10以下と女は襲わない猫ちゃん》

《とりあえずダンジョンに行く際は猫を見たら気を引き締めておっさんをパーティに入れずにボス部屋の扉はちゃんと閉めて最後まで気を抜くなっていう訓示だろ?》


 など、眉唾モノの噂が探索者内で広まり、実際に目撃した勢、実際に被害に遭った勢、オカルト絶対信じない勢、噂の被害を食らう勢が出来上がった。


 これらの噂が蔓延したせいで可哀想なのはおっさん探索者たちだろう。今では誰もパーティに入れてもらえず、パーティを組んでいた者は追放され、パーティに入れてほしいおっさん探索者たちの立ちんぼがダンジョン前に大量に現れたのだ。


 そして、誰もおっさん探索者をパーティに入れなくなった。

 事態を重くみたおっさん探索者たちは、生気の消えた目でお互い組み合い、ダンジョンに入るようになる。あるおっさんパーティはダンジョン内でおっさんの居ないパーティと遭遇すれば悲鳴を上げながら逃げられ、あるおっさんパーティは冤罪でボコられたり白い目で見られたり、あるおっさんパーティは視界に入った瞬間に泣かれたり......と、散々な目に遭い心を折られて人の少ないダンジョンへ潜っていく。


 暫くして噂に訂正が入り、ハンマーを持ったおっさんに気を付けろとなるが、時既に遅く殆どのおっさん探索者はお仲間のおっさん以外に心を開かなくなっていた。......その所為で一部の発酵した探索者が歓喜したのは詳しく語る必要は無いだろう。




 ◆◆◆◆◆




 我は他の個体よりも頭が良かったらしい。それと、食欲もずば抜けていた。

 我の主は常に「頭良いねー良い子だねー」と「小さい身体のどこにそれだけご飯が入るの?」と言われていた。


「にゃおーん」


“いつもの”

“これ好き”

“最近はやらされてる感減ってきてて草”

“これでええモン食わせてあげて ¥10000”

“チュ〇ル代 ¥5000”


 カメラというのに向かって肉球を晒す我。パソコンというのに流れる何かを見る我は職業飼い猫。元野良猫。

 なんか我の主は配信というのをやっていて、いつも我の両前足を持って振りながらカメラというモノに向けて「吾輩は猫であるー」って言葉を楽しそうに言っていた。

 本当に意味がわからないし、いつもいつもやらされていた。それをやるのは嫌だったのだが、やれば飯が豪華になったり量が増えるから仕方なくその恥辱に耐えカメラに向かって愛想を振り撒いていた。所詮我も獣......空腹は最大の敵、という訳で食欲には抗えないのである。食べるの大好き!!


 そんな生活を続けて数年、爪切りと病院というのだけはすこぶる嫌いだったがそれ以外は幸せな生活を送れていた我だった。


 そんな生活は、ある日突然起こった大地震によって唐突に終わってしまった。


 地震が収まるとステータスとスキルというモノがどうのこうのと、主の言葉と違って、ハッキリ理解出来るモノが直接頭の中に響いてきた。でも我はこんな事はどうでもよく思い全く気にしていなかった。


 主はいつもの配信というモノは行わず、ケータイというのを頻りに弄って夜まで何かをしていたが、思うような成果を得られずガックリしていたので仕方なく擦り寄って慰めてやった。全く手間が焼ける主だ......

 そのまま寝てしまった主から無理やり抜け出すこともせず、大人しく抱き枕になって寝ていると......突然縄張りから大きい音がした。


 そこからはあっという間だった。

 知らない人間が大勢主の縄張りに雪崩れ込んで来て、我を動けなくなるまで蹴り、主を犯して、殺した。


 自然の摂理、弱ければ殺され、強ければ生きる。我が主と過ごしていて忘れてしまっていたもの。

 主と過ごすようになるまでは当然だったもの、普通の事、ただそれだけなのに、非常に腹が立った。


 我が目を覚ますと、いつもの温もりの消えた動かない主と破壊し尽くされた縄張りだけがあった。


 主の持ち物も、我のお気に入りの寝床も、お気に入りの飯入れも、玩具も、憎いカメラも、クッションも、全てが壊されていた。


 ――それから数日、我は現実を受け入れられなくて、そのまま主に寄り添って過ごした。



 何も無かったように目を覚ますんじゃないか、またカメラに向かわされるんじゃないのか、また我を優しく撫でてくれるんじゃないか、と。


 でも、そんな事は無かった。


 主の身体から嫌な臭いがしてきた。


 我の親が、烏に嬲り殺された後に嗅いだ事のある臭い。


 ここで漸く、現実を受け入れた。

 我ながらこう迄ならないと主の死を受け入れられないくらい、この生活が好きだった。でもそれも、もう無い。また、一人になった。



 数日飲まず食わずだった。毎日訪れる恥辱を抜きにすれば甘やかされ放題飼い猫という最強の温室栽培で数年過ごした食いしん坊猫には、実に危機的な状況であった。

 縄張りを襲ったヤツらは猫の餌も根こそぎ持って行っていた。辺りには食い物は、無い。


 動くのもそろそろ限界が近かった。


 あの謎の声を聞いてから、猫の思考だけはヤケにクリアになっていた。


 生まれて初めて葛藤と欲望の狭間で本気で揺れている猫。そして、猫は決断を下した。






 翌日、猫は主のお気に入りでいつも着けていたシュシュを血に濡れた口に咥えて縄張りを後にした。


 向かう先はよくわからないけどなんかゾワゾワする方向へ適当に進んだ。


 夜になってもそのままゾワゾワする方へ向かい続ける漸く辿り着いた。そこには得体の知れないモノがあった。本能は行けと煩く騒ぐが、近付けばゾワゾワが強くなって毛が逆立って逃げたくなった。


 それでも足は自然と動いて、気付くと変なモノに肉球を押し当てていた。



 ──────────────────────────────


 きなこもち


 茶トラ猫


 職業:元家猫


 Lv:4


 HP:100%

 MP:100%


 物攻:1

 物防:1

 魔攻:1

 魔防:1

 敏捷:1

 幸運:1


 SP:8


 魔法適正:―


 スキル:

 暴食(何でも食べる事が出来て食えば経験値獲得 常に空腹状態になる)

 畜生道(畜生な行動中ステータス増)

 愛嬌

 知性Lv1

 狩りLv2

 威嚇Lv1


 装備:

 フェルト生地の首輪

 シュシュ


 ──────────────────────────────



 現れた文字みたいのは読めなかった。

 でも、何故か意味だけはわかった。

 そしてこれからすべき事を理解した。


 本能に従って敏捷と物攻に4ずつ振り、やる事は済んだとゾワゾワするモノの中へと入った。


 この中で頑張れば、ステータスというのが上がる。

 ステータスというのを上げれば、主を殺したヤツらを殺せる力を得られるのだ。行かない選択肢は無い。


「にゃー」



 探索者から七不思議に数えられるくらい畏れられる存在になるとは、この時の猫は全く想像すらしていなかった――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る