血塗れ不死者のダンジョン攻略

甘党羊

一章

第1話ㅤ非日常へ

ㅤゴリッゴツッ......アハハハッ......


ㅤビチャッ......ゴスッ......ヤメッ......ゴキンッ......グシャッ......


ㅤ薄暗い部屋に似合わない何かを殴打するような音に、心底楽しそうな男性の笑い声と懇願する声。そして、時折混じる水音。


ㅤ暫くソレが続いた後にはナニかが潰れる音が響く......そして訪れる静寂。




「イヤァァァァァァァ!!!」


「アハッ......ハハハハハハハハッ!!」


ㅤ静かになった部屋、そこから一拍遅れて金切り声と笑い声が支配した――




◆◆◆◆◆◆◆◆◆




ㅤ今日もいつもと変わらない、苦痛に満ちた一日が始まった。


「本当に使えないな......お前は何ならできるんだ!! いい加減にしろ!! 私に恥をかかせるのは止めろ!!」と、父らしき人物が吠える。


「なんでこんなのが......貴方と私から生まれてきてしまったの......」と、母という生物が嘆く。


「お前はクズだ! お前みたいのが弟だとか反吐が出る!」と、姉というモノが責める。家族というモノ達からは罵倒を浴びせられるか、存在自体を無視される日々。



「えーっ......何も問題は起きていないですね。我が校、我がクラスに於いてイジメがあったなんていう事実は確認されませんでした」と、担任という役職のヤツが嘲笑う。コイツは面倒事になりそうな事には絶対に関わろうとしない。


「本当に気持ち悪い......コイツが近くにいるとか罰ゲームじゃん。誰か席変わってよ」「気持ち悪い」「早く死ね」「厭らしい目で見られた」「犯罪者予備軍死ね」などとクラスの女共が、自分の事を蛇蝎の如く嫌う。居もしない神に誓って言うが、自分はコイツらに何もしていない。


「なんで生きてんの?」「おい、俺ちょっと今金欠だから金貸してくんね?」「なんか面白い事しろよ。つまんねー事したら死刑な」「特に意味はねぇけど殴らせてくれよ。な?」などと、クラスの男共がストレス解消用の玩具にしてくる。こいつらの気分で殴られ、蹴られ、物を隠され、壊され、挙句の果てに金すらもせびられる。


「何アレ......キモっ」「ママ、あれなに?」「シッ! 見ちゃいけません」「不審者がいるって通報受けて来たけど、キミだよね? ちょっとお話いいかな?」と、聞こえるように言われたり、ヒソヒソと話されたり、職質されたり。容姿について自分ではよくわからないのでコメントしにくいが、清潔感があると自信を持っては言えないけど、不潔とまでは言えないはずだ。理不尽すぎる。


 家にいても、学校にいても、外にいても......どこにいても常に罵倒され、白い目で見られ、疎まれる。もう、自分はそういった星の下に生まれてきてしまったんだろう。空気になろうと頑張っても無駄。どう立ち回ればよかったんだろう。



 そんな自分の希望は、もう少しで高校を卒業できるという事。それまで我慢すればコイツら全てとお別れできるので、それまでは頑張って耐えよう。

ㅤ高校卒業後は、誰も自分の事を知らない土地で一人だけで生きていこうと思っている。こちらを知っている誰かに嫌われたまま暮らすより、知らない誰かに勝手に嫌われたまま過ごす方が幾分かマシだ。



 そんな自分だけど、バイト先の人達だけは表向きだけでも無関心を装ってくれていた。裏で何を言われていようとも、直接言われないだけで天国だと思えたのは仕方のない事だと思う。

 学校のような無法地帯と違い、金を稼ぐ場所だけあって表面上だけでも大人の対応してくれていた事は本当に助かっていた。



 だが、自分にとっての安寧の場所は、思いがけないタイミングで消え去ってしまう......


「あー、申し訳ないんだけどクレームが無視できない程こちらに届いていてな、悪いんだけど君はもうクビという事で」




 呆気ないな。そっか......理不尽だなぁ......。


 倉庫の仕分けバイト如きに、クレームが大量に入るなんてお笑いでしかない。この事はずっと前から従業員達の間で仕組まれていた事なんだろう。自分の事をクビにするのに丁度いいタイミングを見計らっていたんだろうな......


 理不尽としか思えない。しっかり面接までして採用したヤツを、こんなにも簡単にクビにしてしまえるものなんだろうか。それなら初めから不採用にしろと思う。全て終わってしまったんだし、今更何を言おうともう遅いんだけどね。


ㅤ呆けている自分に向けて封筒が差し出された。いつもは口座に振込みなのに、今回は日割りで計算された給料を差し出された。準備がいい事で......

ㅤもうこの場で綺麗さっぱり終わらせて、金輪際自分とは関わりたくないって意思表示なんだろう。


「お世話になりました」


 自分でも驚くほど無機質な声が出た。もう全てがどうでもいいと思えている。


 他に行くところも時間を潰す宛ても無いので、大人しく帰宅する事になった。まだ明るい時間に帰宅するのは辛いけど、もう自分には自室という名の物置きしか安息の地がないので、さっさと帰るしかない。





 自分がコイツらに何かをしたのだろうか。自分が望んで......好きでこんなに嫌われているわけじゃない。怪訝な目で見てくる街の住人、顔を顰めながらヒソヒソと話す若者達を、極力見ないようにしながら早足で自宅まで急ぐ。

 誰も自分に優しくしてくれない。誰も、何も、自分に近付いてきたり、辛い時に寄り添ってくれない。自分から誰かに近寄ろうにも、そんな事は周囲のヤツらが許さないので不可能。


 自主的に自分へと近付いてきたのは理性を無くした野犬か、親の仇かの如く襲ってきたカラスくらいしか記憶にない。もう本当に、生き物全てに嫌われる星の下に生まれ落ちてしまった自分が悪いんだと諦めるしかないのだ。





 自宅までもう少し。珍しく今日は職質を受けなかったな......と自嘲気味に笑い、無駄な時間を使わなかったという小さな幸せを感じながら、ようやく家へ辿り着く事ができた。

 いつもより大分早い時間での帰宅なので、家族と顔を合わせないようにコソコソと隠れるようにしながら自宅へ入っていく。




 ......そんなこんなで家に入った矢先、ギリギリ耐えられていた自分の精神が壊れてしまう出来事と遭遇してしまう。こんな時間なのに、自分の家族だというヤツらは全員家の中にいたようだ。


ㅤいつか、いつの日か、自分にも家族が優しくしてくれる......そんな淡い希望は、最初から無かったと思い知らされてしまった――




「ねぇアナタ、アイツがコソコソ貯めている金、今まで育ててやったって理由で、卒業の日に奪ってから追い出すって本当なの?」


「あぁ、今までヤツには沢山迷惑をかけられてきたんだ。迷惑料や養育費としては足りないくらいだが、あのクズが稼ぐ金なんて高が知れているが無いよりマシだろう」


「パパ! 私、欲しいバッグがあるんだけど、ソレで買っていい?」


「いいぞ! ついでに家族皆で旅行にでも行こうか。卒業と同時にアレとは家族の縁を切るから、真の家族三人でな」



ㅤ......この会話を聞いた時、自分の中の何かが音を立てて崩れた気がした。




 ◆◆◆




 “ソレ”から先は何も覚えていなかった。


 気付いた時には何処かの大きな橋の下で、まだ夕方なのに人気の全くない寂れた場所につっ立っていた。


ㅤポケットの中にはスマホと封筒が入っていた。家族にはバレないように、今まで稼いだお金を入れておいた大事な封筒。

 口座に入れたままだと、いつの間にか下ろされていそうで不安だったから、バイト代が振り込まれたら即下ろして隠しておいた。


 封筒の中身を確認すると、今まで稼いだ金全てがちゃんと入っていてくれていてホッする。中身が無事なのと、よくコレを部屋から取って来れたな......と。

 中身が無事なのは、最後の瞬間に自分の心をへし折ろうと考える様な奴らだから助かったんだと思う。アイツらなら喜んでそういう行いをしてくるだろうから。



 金を持ち出せていた事に安心した所為なのかわからないが、安堵の感情の次は......今までになかった怒りの感情が込み上げてきた。父親が世間体の為だけに、自分に持たせていた格安のスマホを川に向かって投げ捨てる。ヤツらと繋がる物なんて要らない。


ㅤそこまで考えて......この体もそうなんだったなと気付いてしまい、喉の奥からナニかがせり上がってくる感覚に襲われる。


「......オエッ......アハハハハハッ! 真の家族ってなんだよ! 意味わっかんねぇよ!!」


 怒りで沸騰した頭からは冷静さなぞ消え去っており、気付けば怒りに突き動かされたまま、やけくそ気味に橋脚に拳を叩きつけていた。



「クソックソックソックソックソックソックソックソックソックソォォォ!!」


 頭に浮かぶ憎たらしい顔を潰すように......何度も、何度も、何度も、何度も......。



 拳が裂け、砕け、グチャグチャになり、感覚が無くなっても止めずに......何度も何度も何度も何度も......。



 パキッ



 そんな小さな音が聞こえ、バランスを崩して橋脚の方へ体が傾く。拳が完全にイカれてしまったんだと他人事のように思っていた。


 拳を見てみるも、未だに自分の拳は形を保っているので不思議に思う。続いて今まで自分が殴っていた場所に目を移すと、そこには拳なんかで開けるのは不可能なサイズの大穴が開いていて、自分の身体はその穴へと吸い込まれるように入っていった。





ㅤ自分一人が行方不明になったところで誰も心配はせず、逆にアイツが居なくなって清々した、消えてくれてよかったと下品に笑うだけだという現実を思い出す。こっちもアイツラという煩わしさから解放されるので、これはお互いにとって良い結果になった......それだけの事だ。ならこの意味不明な穴に入っても何も今と変わらない。




ㅤ不思議とこの不思議な穴の中に入る事は怖くはなかった――




──────────────────────────────


あとがき


新作始めました。

現ファンダンジョンモノです。


面白いと思って頂けましたらフォロー、応援コメント、♡、☆をお願い致します。


一話二千~二千五百文字ほどで進む予定です。

異世界~と並行して更新していく予定です。よろしければそちらもよろしくお願いします。

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