第110話 束の間の人間

 風を切り裂き、一直線に突き進む闇鍋ナイフ。


 多分というか確実にこの攻撃は避けられるだろう。だがそれは織り込み済みだから問題はない。


 というか、きっと回避する鷹にナイフが何かしらの追撃をしてくれると俺は思っている。


「行っけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」


 「友情・努力・勝利」がコンセプトの漫画雑誌にありそうなセリフを叫んでみた。柄にも無くテンションが上がっているのは、きっと久しぶりに青空の下に出られたのが原因だと思っている。例えそれが仮初の青空だとしても......


 ちなみに俺は「特攻・暴力・鈍器」で出来ている。


 創作物として読む分には、とてもいい物だとはわかるけど......俺にソレは全く共感出来ない。他人からは「悪意・嫌悪・醜悪」しか、現実では感じられないから。

 俺以外のニンゲンには友情・努力・勝利なのかもしれないが、一人のニンゲンを集団で寄って集って村八分にするのがそうならば、そんなものクソだ。


 ダメだ、思考がズレた......そんなモノに意識を持ってかれるくらいなら大人しくナイフを見守っていよう。


 雄々しく空に浮かぶ鷹は、自身に迫り来るナイフを前になんの脅威も感じていない様子が見れる。あとコンマ数秒でナイフが突き刺さると言うのに......


「ピィィィィィィィィイ」


 ゴツくて厳しい外見からは想像も出来ないくらい甲高い鳴き声と共に、鷹の身体が横にズレる。

 自然すぎて逆に不自然に見える程の滑らかさで、ナイフの射線上からの退避だった。人によっては瞬間移動に見える程なんだろうけど、アレはただ普通に横に移動して回避しただけ。不安定な飛行状態でも物ともしない恐ろしく身体の使い方。


「ピィィィィィィィィヒョロロロロロロ」


 鷹の目がスッと細められ、前傾姿勢になって俺をロックオンする様子が見える。

 だけど鷹よ、お前はそれでいいのかな? お前の真横を通過中のナイフから出た触手が気持ち悪い動きをしているけど。


 ―――グジュリ


 そう思ったのも束の間、広げた右の翼の末端に何本か出ていた触手の内の一本がヌルリと絡み付いたと思ったら、瞬く間に絡み付いた触手以外が消えてその一本が伸びた。後は投げられた勢いがついた触手に絡み取られた翼はそのまま触手に引きちぎられた。


 片翼とバランスを失った鷹は足掻き虚しくそのまま墜落。ナイフは翼に絡み付いたお陰で勢いをかなり失うと共に、引きちぎった翼が上手く空気抵抗を増やした事で刃の先端が下向きになっていた。かなり遠くまで飛んだけど、高い所で刺さって回収不能にならなくて良かったね。


「飛べない鳥を処理しに行こうかね。ボス戦がこんなに楽でいいのかわからないけど」


 飛べない鳥はただの餌......的な。うん、どっかの豚さんが、ちょっと違うけど似たような事言ってた気がするけど正にソレである。

 墜落地点に行くと高度からの意図せぬ墜落でダメージ、片翼を失った痛み、有利なポジションが取れなくなった焦りで、可哀想なくらいに混乱している鷹がいました。後はもう金砕棒でガッとやれば終わり。


「何ともまぁ......あのナイフ、ぶん投げたまま逃げようかなって思ってたけどまだ暫く持っておこうかな」


 よくよく考えてみれば......意志を持ってある程度動く遠距離攻撃ってかなり怖いよね、と気付く。避けた! と思ったら触手で絡め取られるなんて恐怖でしかない。しかも勢い良くぶん投げればぶん投げる程、運動エネルギーが乗って絡まれた時のダメージがえげつなくなる。

 そして、なんと言っても帰巣本能あり。まぁそれは時と場合によるけど......


「ピィィィィィィィィイ」


 若干怯えの見える目で此方を睨みつける鷹だけど全然怖くない。これがゲームだったら俺の防御力が下がっていたんだろうけど、この現実で俺には下がる防御力なんて無いんです。


「ッ!! おっと危ねぇ――チッ」


 苦し紛れか最後の足掻きか、鷹は残った翼を羽ばたかせて羽根を打ち出してきた。不意打ち気味の最後っ屁は全て避けられたと思っていたけど、悔しい事に羽根の一本だけだが、見事に俺のふくらはぎを撃ち抜いていた。


「アハハハッ!!」


 鈍い痛みに瞬間的に頭に血が昇って目の前が赤く染まる。ような錯覚に陥った。赤く見えたのは一瞬、幻覚だったという事にしておく。

 怒ったつもりだったけど、俺の口から出てきたのは笑い声だった。俺って怒ると笑う性質なのかな?


「脳漿をブチ撒けろ」


 片翼故に連続して行う事は不可能らしく次の羽根攻撃まで時間はある。傷口が熱を持ち鈍痛が絶え間なく襲うが、この程度どうってことはない。


 ―――ブォンッ


 バチュン、ビチャビチャ、ボトボトッ、ドチャリ。


 決して耳障りの良い音とは言えない音が心地良く鼓膜を揺さぶる。あぁ、気持ちいい......


『レベルが4上がりました』


 非常に呆気なく、ボス戦が終わった。

 勝ちは勝ちなんだけど、仮にもボス戦なのに超簡単に終わって良かったのかなぁ......ッッ!?


「......まだズキズキするのが収まらない」


 何の達成感も無い戦闘。その感慨に耽るのを許さないとばかりに痛む治っていても良さそうな傷口に目を向ける。俺には珍しい唯一の戦闘の痕、そこには真っ白な粉状のモノがビッシリと詰まっていた。


「......ペロッ」


 これは青酸カリッ!? とはなる訳もなく、傷口に詰まっていたのは粗塩だった。何の躊躇いもなくペロッとしたのは気の迷いだろう。


「ソルトバイツ......塩......」


 ならバイツの意味は? となるけど、とりあえず此処のボスは傷口に塩を塗り込むド外道な鷹だった。傷口にカッ詰まってるから治らないしで最悪である。


「チィッ......」


 治らないのであれば治るようにしないといけないという訳で貫通痕に指を突っ込んで塩を押し出し、掻き出す。戦闘では決して受けないであろう痛みに、自然と眉が寄る。


「治らん......」


 ほじくった事で増した痛み、治らない傷口。


 ストレスが溜まる。


「治らないなら、治るようにすればいいじゃない」


 金砕棒を持ち、傷のある方の足、その膝へ向けて金砕棒を振り下ろした。痛みはあるが、襲ってくるのは慣れた痛みなので問題はない。

 容易く潰れて切断された膝下が転がる。その間に足が生える。


「よしっ」


 痛みナシ! 違和感、ナシッ! 

 よくわからない状態異常を味わった後なので、生えた側からその場で軽く足踏みして足の調子を見てみた。


「......嘘やろ」


 気分爽快、さぁ羽根を毟って最後の憂さ晴らし!! と思っていた。......のだが、一瞬でその気持ちが冷める事態に陥る。

 なんと、切り離した膝下が全て塩になってしまっているのを見たから。しかも形はそのままで。


「............ありがとう、ナイフ、ありがとう」


 無事に戻ってきたら、梱包せずに持ち歩いてあげる。今まで、雑な扱いしてごめんな。あんなヤツとマトモに戦わなくて、本当によかった。




 鷹の血を吸い尽くした後、羽根を全て毟って丸裸に。その後雑知識をフル稼働して思い出した産毛を燃やすという作業をし、腹を引きちぎって中身をぶち撒けた所で闇鍋ナイフが羽根を引き摺りながら戻ってきた。


「おかえり、早速で悪いけどちょっと使わせてくれ」


 触手をウネウネさせながら、勢いよく〇を作ったナイフに内心ドン引きしつつ手に持ち、立派な腿肉を身体から切り離す。

 元は自分の身体だけど、塩はある。そして目の前には慣れ親しんだ食材鳥肉。とくれば、久しぶりにマトモな食事をしてみようと思った俺である。


「ありがとう。あ、その肉食べちゃっていいよー。お疲れ様ぁ」


 労る事を忘れない。全身塩になって全損する恐れがあったのだから。

 そんな事を思いながら巨大樹の皮を剥がして薪の代わりにして火を熾し、肉を焼いていった。




 ◆◆◆◆◆




 美味しかった。

 久しぶりに人に戻れた気がする。口にしていたモノは狂気の沙汰が具現化したようなモノだったけど。久しぶりの普通の塩味は五臓六腑に染み渡った。


「あー......また今度食えそうなの見つけたら食おう。気持ち悪い形してるけどこの塩も持っていこ」


 足塩を砕いて要らない布に包んで魔法袋にしまう。荷物を纏めて服を着用して奥へと進んでいく。

 ナイフはいい感じに収まる場所が無かったからまた荷物と一緒に入れといた。




 扉があるか不安だったけど、普通にドアはあった。

 どこで〇ドアのように、ポツンと置いてあった。


 不自然極まりないドアを開けて、ババアの店に入店。


『ヒッヒッヒ、いらっしゃい』


 久しぶりに会ったババアは、満面の不気味な笑みで紫色の肉塊を踏みつけながら俺を迎えた。

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