第182話 困った時にやるべき事

 すぅすぅ......と寝息が聴こえてくる。




 ......そう、あろう事か目の前の蛇亀は甲羅の中に引きこもって寝てやがるのだ。戦闘が長引いていて、尚且つ俺の攻撃が甲羅を突破出来ないとわかったからだろう。


 舐め腐ってやがる。


 しかし憤っている俺とは裏腹に、スヤスヤ眠る程度には舐め腐っていても余裕というくらいこの亀の甲羅はバカみたいに硬く、更にオートで水や氷を操って迎撃できるスペックの高さがあった。


 だが、舐めプに舐めプを重ねられまくって俺も逆に冷静になれて、気付いた事実が何個かある。


 一つ目、蛇亀は水を創り出せないっぽい事。

 二つ目、地底湖の水は微量にしか湧いていない、若しくはリセットされる? までこのままっぽい事。

 三つ目、ナイフ君が果てしなくちょっとずつだけど甲羅を削り取って喰える事。

 四つ目、俺の出せる呪いが水に溶かせられて、それが筋肉が勝手にピクる程度だけど敵の動きを阻害出来る事。

 五つ目、瞬き程度の時間しかないけど血や呪いの混ざった水は俺にも主導権を握れる事。

 六つ目、オートの迎撃は蛇亀に近付く動くモノに対して無闇矢鱈に弾幕を張るだけの大雑把なモノ。

 七つ目、地底湖の底は普通の岩っぽい材質。


 脳筋だけど流石に延々と同じ事はしない。一応俺にもちゃんと頭脳はあるから学習は出来る。ここまで状況を理解出来さえすれば俺でも対策は練れるんだよ、こんな俺でも。


 さぁて、蛇亀が余裕こきまくってスヤスヤ寝てる間に状況を一変させるとしましょうか......ね。





 悪魔っぽく嗤ったタクミはそろそろ鰓呼吸っぽいのが出来るようになってもいいのにとか、色々と残念な事を思いながら組み上がりすぎて膠着するしかなくなった盤上をひっくり返しにかかった。


 先ずは先に指示を出しておいたナイフが予想通りの動きをして蛇亀のオート迎撃を受けているのを確認する。ここが一番大事だから慎重に確認をしたが、任せて大丈夫そうなので自身も動き出した――



 収納から持ってても、もう大して使う機会のない物や要らない物。それを固めて捏ねてギリギリ漏斗として使えなくもないような形の筒を作っていった。

 そこに撒菱やそれに近い物、よく濡れていても燃えてくれそうな物や熱で爆ぜてくれそうな物を詰め込んで水を遮る様に加工すると泳いで蛇亀の腹側に近付いていった。オート迎撃機能は頭にだけは当たらないように気を付けながら......


(......隙間がねぇな。でもいいや雑でもなんでもコレを喰らわせられりゃ)


 ナイフの方に分散されていても厄介な無差別攻撃で蜂の巣になりながら辿り着いた腹だったが、どうみても筒を差し込む隙間が無かった。ちなみに腹まで到達したら攻撃はほぼ来なくなったから自傷しそうな攻撃はしないって事だろう。根性無しめ。

 それと、見てみれば納得するんだけど寝ている亀は足を出していない。足が出ていた時は底と腹に隙間があったのに......早速計画は頓挫してしまった。だけどその程度で止まるタクミではなかった。

 行き当たりばったり、成るように成る。これまで通り、その場その場で何となく状況が良くなりそうな手を打っていけばいいのである。


(んー、まぁこの際斜めでもいっか。出来る限り垂直になるようにすれば)


 これからタクミがやろうとしてる事はバカデカい岩龍にした事と似ている。ただ前回と違う事は、虎戦や階層突き破りワームで得た知識も使おうとしている事。とまぁ、自分でも頑張れば階層を突き破れるんじゃないかと思い至っただけであるが。


(なんとかコイツ持ち上がんねぇかなぁ......)


 物は試し、とタクミは亀の腹に手をかけて持ち上げてみた。


(......お?)


 すると、すんなりと......とは行かなかったが、作った筒を差し込める程度には持ち上げる事が出来た。タクミのパワーと浮力が合わさった結果である。


(............ヨシ!)


 プルプルする足で筒を亀の腹の下まで差し込むとヒヨコを意識が飛ばないギリギリまで力を注ぎ込んで生成し、ヒヨコを筒に突っ込んで亀から手を離して蓋をする。上手くいけばいいなぁとは思っていたけど、狙っていた通り地底湖の底に亀の重みで漏斗の細くなっている部分が刺さった。潰れただけかもしれないけどそこまではタクミ目線で確認できず。


(先が潰れちゃってたら亀に全部衝撃がいくだろうし、刺さった先が潰れてなかったら......まぁなるようにしかならないか)


 ナイフに作戦完了の合図を出す。

 素早く戻ってきたナイフを握り、触手をフルに使ってもらってこれから起こる衝撃に備えていく。触手の一本に世紀末君の大盾を保険として持たせ――


(ヒヨコ、やれ)


 ヒヨコに起爆の合図を出した。

 いつもの鳴き声は聞こえなかったけど、爆発する予兆はしっかり感じ取れている。


(頼んだよ、ナイフ君)


 次の瞬間、無力なタクミを地底湖が気が狂った大蛇の如く荒れ狂って襲いかかった――







(ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!)


 Q.深さだけがある地底湖で爆風の向かう方向を指定していたとしても、大爆発を起こせばどうなるでしょうか......?


 A.ヤバい事になる


 砕けた亀の甲羅は荒れ狂う水流に乗ってミキサーの刃みたいになり俺を切り刻んでくる。盛大な自爆だけどまぁこれは想定の範囲内だからセーフ。爆風とかはナイフ君が頑張って耐えたけど、その後に起こる水のうねりはもうデパートのバーゲンセールのおばはんの群れに飲み込まれたかのように自分の意思では真面に動けず、されど理不尽な暴力はとめどなく襲ってきているのがタクミには辛くて悲しかった。


 本命がどうなったかを確認しようにも水は濁りきっていて、尚且つ身体はシェイクされてしまい上下左右もわからずにただ流れに身を任せるだけの状況。


 ......落ち着くまで待つしかないか。


 あーあ、早く終わんねぇかなコレ。


「オブォア!?!?」


 そんな事を思っているとナイフ君でも防げない塊が俺を直撃し、気を失って流れていった。




 ◆◆◆◆◆




「おぅふ......」


 無事意識を取り戻したタクミはやっぱり地上っていいなぁ、なんて思いながら怠重い身体を起こして辺りを見渡す。地面最高!! と叫び出したかったが、目の前の可哀想なモノを見てテンションが落ち着く。


「..................勝ったなァ」


 ちょっと干からび始めている蛇が皺々になった手足&頭をジタバタして藻掻いていた。

 頭と尻尾だけは蛇で、手足は亀。なんともアンバランスな生き物である。


「普通の亀なら首を伸ばして起き上がるんだろうけど、蛇ヘッドと蛇テイルじゃ無理だよな」


 なんかとてもヤベーヤツなんだろうけど、こうなるともう普通の亀よりも残念な生き物だった。


「フィールドに特化してるモンスターの悲しい所だね。助、命、謝とか言われても......ねェ?」


 謝るし助けたら俺の生命を保証するか、謝るから生命だけは助けてって事だよね? 助けるわけねぇだろバカか。

 そういえば......排水溝はどこだろ? 水が無いって事はちゃんと開けられたんだと思うけど。


 まぁいいか。殺ってから確認すりゃあいい。


「ナイフ君お疲れ様。お食事の時間だよ」


 よく頑張ってくれたナイフ君にまだ生きている新鮮な蛇肉と亀肉をプレゼントする。そう言うとめっちゃ素早く動けるようになったナイフ君が直ぐさま躍り懸かっていった。


「俺も生き血もーらお」


(止、止、止)


「はい五月蝿いですよー」


 水を作れない。水だけを操るに特化した蛇亀なんて、もう敵じゃない。厄介さで言えばコイツは相当な部類だったけど、強さ的には全然だったな。


「......生臭ェ」


 滋養強壮に良さそうな味......とでも言えばいいのか。

 生臭くて野性味が強くクセのある味。慣れればとか、好きな人は好きって感じの味だろう。

 お子ちゃま舌な俺は好んで飲みたくない。鳥と龍が美味しかっただけに悲しい。


「............」


 無言で口を離し、収納から寸鉄を取って握り、そのまま手を突っ込んで血を吸い上げていく。寸鉄で傷口をグチャグチャにするのは八つ当たりじゃないよ、早く吸い終わるようにだよ。間違えないで欲しいね。



『レベルが22上がりました』






 触手に若干鱗的な艶感と刃紋に薄らと亀甲模様が浮かんだ亀甲触手ナイフがニョロニョロとした蛇っぽい動きで触手を動かしながら帰ってきた。文字面からは如何わしい雰囲気しかないけど、刃紋に浮かんだ模様がすごい綺麗だから触手さえ生やさなければ見た目は芸術品染みていてとてもいい。


「お疲れさん」


 満足したのか鞘を要求してきたので入れる。


 完全に一人になって手持ち無沙汰になった俺は、腹に穴の空いた亀の甲羅をひっくり返して甲羅の綺麗な箇所を剥がした。コレは後でちょっと凹んだ盾と合わせる予定。


「おー、排水穴は出来てるけど......この中に入ったらヤバい気がする」


 さっきまで甲羅があった場所には穴が空いていた。覗き込んだら底は見えない真っ暗な穴だった。下の階に落ちるか、変な空間になってるか判断出来そうにないからスルーしてまた甲羅で塞いでおいた。


「ドロップっぽいのは無いか......」


 久しぶりに拾えなかったけど、拾えていたとしてもなんか生臭そうだから別に残念ではない。これで四神が終わったけど、なんかもうこのシリーズは疲れた。


「ふぅ、先に進むかぁ......」


 タクミはあんまり気分が上がらずにローテンションのまま、色々と汚い元地底湖中から飛び出して奥の部屋に向かって歩いていった。

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