第85話 天使とのこれから

「緊張するわ……」

「先生、大丈夫ですって」


 放課後、先生と合流して三人でサッカー教室へ向かう。

 このことは柳原さんに伝えていない。

 もしかしたら連れて行って余計なことをするなと怒られるかもしれないけど、それでも俺は二人の為に何かしたかった。


 けがをしてどん底にいた俺も、霞と出会えたことでこうして前を向くことができるようになった。


 柳原さんは強いから、自分で前を向いて進んではいるけど、でもどこか虚しそうな顔を時々するのだ。

 やっぱり何をしてもその隙間は埋まらないのだろう。

 埋まるとすれば、それはやはり好きな人ともう一度会って、そして……


 霞も俺も、自分の事のように緊張していた。

 先生もまた、久しぶりの再会に顔を引きつらせる。


 終始無言のまま、すぐに電車を降りて教室をやっているサッカーコートへ。

 柳原さんの姿が見えた。



「あれ、今日は工藤君休みだったんじゃ……って霧江?」

「すみません、俺の勝手で」


 柳原さんのところに、黙って清水先生を連れて行ったことをまず謝った。

 霞も一緒に謝ってくれた。


 しかし、柳原さんは一瞬驚いた様子を見せたものの、いつもと変わりない様子でまたボールを蹴り始める。


「あの、柳原さん」

「練習中だから待ってて」

「達也……」

「霧江も、見ててくれ」


 柳原さんは、また生徒たちとボールを蹴りだして、何事もなかったかのようにしばらく指導を続けた。


 その間、俺たち三人は黙ってその光景を見守る。

 時々先生は懐かしむような顔をして、少し笑う。


 やがて練習に一区切りがついた時にこっちに柳原さんが戻ってきた。


「お待たせ。久しぶりだね霧江」

「あ、あの、私」

「工藤君。ちょっと二人きりにしてもらえるかい」

「え、ええもちろん」


 霞と席を外して、柳原さんと清水先生の二人の時間ができた。


 遠くから見守っていると、二人とも穏やかな表情で話しているように見える。


「やっぱり余計なことしたのかな」

「そんなことないわよ。いつまでもお互い後悔したままよりはいいわよ」

「でも、復縁とかはしないのかな」

「さあ。でも、どう転んでも今日先生を連れてきたのは悪いことじゃなかったと思うわよ」


 しばらくして、柳原さんがベンチから立ち上がりこっちに来る。


 清水先生はベンチにジッと座ったままだ。


「工藤君、なんか色々と面倒かけたね」

「いえ、それよりもういいんですか?」

「うん。話してすっきりしたよ。彼女も同じ気持ちだってわかってよかった」

「じゃあ」

「とりあえず、来週みんなでご飯に行こう。僕たちもゼロからやり直しだ」


 晴れやかな笑顔の柳原さんはさっさと練習に戻っていった。

 続いてやってきた清水先生は、対照的にどこか浮かない表情だ。


「先生、どうしたんですか?」

「……達也、付き合ってる人とかいるの?」

「はい?」

「だ、だってやり直さないかって訊いてもはぐらかすし、やっぱり会いに来て迷惑だったんじゃないかなって……」


 もじもじする大人のすがたを見るのは彼女には悪いが面白かった。

 それに、無駄なことに嫉妬する辺りはさすがに霞の姉といったところ。


 どうやら、この二人もうまくいってくれそうだ。


「先生、大丈夫ですよ。今度みんなでご飯行こうって言ってましたし」

「ほ、ほんと?……うん、じゃあ、帰ろっか」

「そうですね」


 この日は三人で帰ることにした。


 家に着いてから柳原さんがメッセージを送ってくれていたことに気づく。


『工藤君が弟になるかもねー、なんて』


 珍しく柳原さんが浮かれているのが、文章を見てわかったのでおかしくて笑ってしまう。


 霞も、清水先生と連絡先を交換したようで何度かやり取りをしていた。

 でも、何話してるんだと訊くと「姉妹の秘密」なんて言って嬉しそうに携帯を隠していた。


 人との関りを避けたい、絶ちたいと思っていた時期もあったけど、こうやって誰かと繋がっていけるのは、本当に嬉しいことだと思う。


 誰かと関われば、その分傷ついたり傷つけたりすることもある。

 でも、関わった人の数だけ幸せをもらえることもある。


 だからこれからも、もっと多くの人と知り合っていきたい。

 関わっていきたい。


「ねえ、二人は復縁すると思う?」

「知らないよ。でも、お互い好きなら一緒にいるのが普通なんじゃないのか?」

「私もそう思うけど……」

「なるようになるって。それより、腹減った」

「はいはい。なんか作るから待ってて」


 先の事は誰にもわからない。

 でも、互いを想う気持ちがあれば、いつかその想いは伝わると思う。


 俺と霞だって、ずっとこうしていられるかは誰にもわからない。


 でも、だからこそ一緒にいようと精一杯頑張るわけで。

 

「今年の夏は、どこか旅行に行きたいね」

「節約しなくていいのか?」

「もう、たまにはいいでしょ」

「冗談だよ。うん、どこか行こう」


 こうして、俺たちの人間関係の渦はおさまるところにおさまったという感じで。


 そこから変わらない日々が続いた。

 

 三年生になると去年より時間が早く流れていくように感じる。

 平和ボケしそうなままのらりくらりと時間が過ぎていき、また暑い季節になってきた。


 あれからの清水先生はというと、毎日柳原さんの教室に通っている。

 練習中に何かを話すことはないが、たまに二人で帰っているところを見ると順調なのだろう。


 綴さんはというと、なんと店長に告白されたというのを霞から聞いた。


 で、どうなったかと言えば保留だそう。

 だけど、今度二人で遊びに行くらしい。うまくいけばいいのにとひそかに願っている。


 東のその後は色んな噂だけが流れてきた。

 まだ病院にいるとか、退院したとか死んだとか様々だけど、いつかどこかであいつと会うことがあったら、その時は皮肉の一つでも言ってやろうと思う。

 

 東理事長の話は時々裁判の内容がニュースになるくらい。

 詳細は不明だけど、ずっと刑務所暮らしが続いているようだ。


 霞の父親のことは久々にワイドショーで特集が組まれていて近況を知ることになった。


 海外に逃亡していたようだが、現地で捕獲されて強制送還だそうだ。

 かつて経済界に敵なしと言われた彼の失墜ぶりはおもしろおかしく伝えられていた。


 そんなニュースを見ながら俺たちは、たまの休暇を楽しむように二人でテレビを見ながら部屋でゆっくりしているところ。


 高校生最後の夏休みにどこへ行こうかと、二人で旅行先について相談しているところだ。



 ~お知らせ~


 最終回まで、あと数話になりました。

 ここまで応援いただいた皆さまには感謝しかありません。


 二人の結末を最後まで応援いただければ幸いです。


 よろしくお願いいたします。


 

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