第34話 天使の労い

「お、来たな彼氏さん」

「その言い方やめろ。で、何するんだ?」

「余裕だなー。まぁいい、ルールを早速説明してやる」


 大勢の生徒が見守る中、筒井が意気揚々と勝負の内容について語りだす。

 その内容はあまりに不公平極まりないものだった。


 五対一。それでフットサルの大きさのコートとゴールで三十分間得点を競うというもの。

 もちろん俺の為に用意されたゴールキーパーもいない。


 ただ、ボールだけは俺からでいいということで、つまりは俺がボールを奪われたら即得点を奪われるという仕様。

 そんなものが何の勝負なのかと思うほどにずさんな内容だった。


「どうだ。天才様だからそれくらいのハンデは凡人にくれよ」

「……」


 そんなルールで勝ってうれしいか?と聞きたかったがやめた。

 多分こいつは勝ったらそれでいいのだ。

 だからあほらしくなって、その勝負を引き受けた。


「それでいい。その代わり、負けたら土下座しろ」

「おうおう、いいねいいね。じゃあ、お互い負けたら土下座も追加な」


 天使は。俺がルールを聞いている間も何も言わずに離れたところでじっとこっちを見ている。

 ……かっこ悪いところは見せられない、な。


「じゃあ。ボールはやるよ。せいぜい頑張れ」


 といってキックオフ。

 ただ、俺に群がってくる連中の動きを見て思ったことがある。


 こいつら、全員くそみたいにへたくそだ。

 文化祭の時に天使が、ひどいボーカルに辟易としていたのと同じように俺もまたこいつらのあまりにぎこちない動きにうんざりする。


 ボールをとられる気がしない。

 サポーターをしているおかげもあって膝の調子も悪くないが、それ以前に片足でだって勝てそうなレベルだ。


 だからもちろん俺はゴールに一直線だ。


「ほれ」


 と。まず一点。


 おー!とギャラリーが騒ぐ。

 ……懐かしい感じだな。


「や、やるじゃんか。でもまだ始まったばっかりだぞ」

「ボールは常に俺から。でいいんだよな?」

「……舐めるな」


 筒井は今のサッカー部の新しいエースだと言っていたが、こんなやつなら東の方が何十倍もマシだ。

 文化祭の時に相手した子供たちの方がまだ動きは読みづらい。


 俺は前半の十五分間、一度もボールを奪われることなく十点を決めた。


 この辺りになると、さすがに何が起こっているのか素人でもわかるようで、ギャラリーは戸惑いを隠せない様子だ。


「お、おいどうなってるんだ。ちゃんとやれよ!」

「すみません。でも、あいつ上手すぎませんか?」

「……削れ。かまわんから」


 筒井たちが何か相談している。

 多分、俺を削りに来るのだろう。


 審判もいないこの状況では、スコア以外のことはやりたい放題。

 ファールもこいつらのさじ加減だ。


 ……そう、あの時もそうだった。

 俺が一度倒された後も誰もプレーを止めず、だから必死でボールを追いかけようとする俺に東がとどめを刺した。


 ああ、あの時に今くらい冷静だったら、怪我せずに済んだかもな。


「後半、さっさとやろうぜ。時間が無駄だ」


 と俺は挑発した。

 そうした方が奴らの動きが単調になるからだ。


 案の定だった。

 頭に血が上った筒井たちは雑魚同然。俺は後半もひたすらゴールを決め続け歓声を受けながらグラウンドを走り回った。


「まだやるか?」

「……もう、いい」


 息を切らす筒井たちは、時間の少し前に根をあげた。

 

「おー!すげーじゃん工藤!やっば、プロだよあれ」

「え、よく見たら工藤君ってちょっとかっこいいかも」

「なんであいつサッカー部じゃないの?やばすぎんだけど」


 という掌返しはこいつらの常套手段。

 ほんと、都合の良い脳みそをしている。


「天使、勝ったぞ」

「何あれ。勝負になってないじゃん」

「俺の実力だ。どうだ、ちょっとはわかったか?」

「そうね」


 うなだれる筒井たちと沸きに沸く生徒たちをよそに、俺は天使のところに行ってからさっさと帰ろうと話す。


 そして土下座も何も要求はせず、盛り上がる連中から逃げるように二人でそっと裏門から学校を出て行った。


「やれやれ。あれじゃサッカー部も弱いばずだよ」

「明日から、あんたの方が『工藤さまー』とか呼ばれそうね」

「俺はそんなのいらない。誰かさんと違ってな」

「私だって別に要求したわけじゃないし」


 でも。これで俺の学校での立ち位置がよくなったら一緒にいる天使も随分と過ごしやすくはなる、かな。


 そう思うと、この勝負は引き受けてよかった。

 

「……わよ」

「え?」


 天使が隣で何かつぶやいた。


「なんていった?」

「……かっこよかったわよって言ったの!一回で聞きとれバカ!」

「あ、ああ。ありがと」

「ちょっとだけだからね。ほんのちょっとだけ、まぁ頑張ったから労ってやってるだけ」

「……ああ、わかったよ」


 初めてだろうか。こうも素直に天使が俺を褒めてくれたのは。

 まぁ、素直というのが正しいかどうか疑問が残るが、それでもこいつがきちんと人を褒めるなんて俺からしたら意外過ぎてなんといえばいいかわからなくなる。


「それよりあんた、私の彼氏ってどういう意味よあれ」

「ああ、勝手にみんながそう呼んでるだけだよ」

「なにそれ、まじ迷惑なんですけど」

「おいおい、功労者へのねぎらいはどこ行ったよ」

「もうおしまい!さっさと帰るわよ」


 早足になった天使は、ぶんぶんと腕を振りながら先に行ってしまう。

 やっぱり素直でもなんでもないな、こいつは。


「それより腹減った。動いたら疲れたよ」

「じゃあ、私がなんか作ってあげよっか」

「金でもとる気か?」

「まじで失礼なやつ!毒入れてやる」


 と言いながらも天使は、帰るなりそそくさと俺の部屋で料理を作り始めた。

 今日は食材がないからカレーだという。

 まぁ、こいつの料理は何でもうまいからいいんだけど。


「あ、しまったソースがない。ねぇ、コンビニ行って買ってきてよ」

「疲れてるやつをパシリに使うなよな」

「目を離せないのよ。早くいってきて」

「はいはい」


 なんか、俺ってこのまま天使の尻に敷かれそう。

 そんなくだらないことを考えながら一人でコンビニに行く。


 いつものように綴さんが出迎えてくれて、ソースを買って出ようとすると、休憩に入った綴さんが少し俺を呼び止める。


「ごめん急いでた?」

「いえ、ちょっとくらい大丈夫ですよ」

「あのさ。この前のフットサル教室の件、お礼まだだったよね」

「ああ、いいですよそんなの」

「ダメよ。ただ働きさせるのは気分がよくないもん」


 そう言って綴さんはチケットを二枚、出してきた。


「これは?」

「週末。よかったら遊園地でも行かない?子供っぽいかな」

「い、いやそんなことは」

「やっぱり、天使ちゃんが気になる?」


 綴さんはそう言って申し訳なさそうにチケットを引っ込める。


「そ、そういうわけじゃないですよ」

「でも、彼女は怒らない?」

「は?あいつが怒るわけないでしょ」

「はぁ。そういうところ、嫌いじゃないけどね。うん、じゃあやっぱり誘う。これ、土曜日の朝八時にここで待ち合わせね」


 そう言われてチケットを渡されると、綴さんはそのまま仕事に戻っていった。

 ……これはデートの誘い、ということなのか。


 もらったチケットを持ったまま部屋に戻ると、天使が玄関の前に立っていた。


「遅い!どこで油売ってたのよ」

「す、すまんちょっと綴さんにつかまって」

「またあの人?ほんと好きよね……ってそれ、なに?」

「ん?ああこれは、この前のお礼に今度遊園地に行かないかって」


 隠すつもりもないし、別にやましいこともないつもりだ。 

 しかし、なぜか天使に話すのが少し後ろめたい。


「で、行くの?」

「ま、まぁ一応」

「ふーん」


 そう言って天使は俺からソースを奪って先に部屋に入っていった。


 どうやら、カレーも仕上げ段階のようだ。

 良い匂いが部屋中に充満している。


 しかし、カレーを混ぜる天使の顔はどこかイライラしているように見えた。

 少し声をかけにくく、部屋で待っているとやがてカレーが運ばれてきた。


「ん、どうぞ」


 ドンッと雑に俺の前に置かれたカレーはとてもいい匂いがする。


「あ、ありがとう。いただきます」

「どうぞ」


 やはり天使のカレーはとてもうまい。

 うまいのだが、今日はなぜか少々スパイスが、きつい。


 辛い……え、からくないかこれ?


 香辛料のスパイスに噴き出る汗を拭いながら、どうしたんだと訊こうと思って天使を見たが、ギロッと睨まれたので言葉を失った。


 どうやら天使様は機嫌が悪いらしい。


 帰ってくるのが遅かったから、なのか?

 


 

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