第37話 天使の横顔
翌朝早くに綴さんからラインが来た。
『昨日はありがとね!またあそぼー』
可愛い犬のスタンプと共にそうメッセージを送る彼女は、来週からフットサルサークルの合宿で沖縄だそうだ。
やっぱり、大学生って気楽なものなのかもしれない。
もしかして天使をアルバイトに欲しい理由もそれなのかな。
すっかり目が覚めてしまったのでテレビをつけるが、日曜の朝の番組はどれも退屈だ。
仕方ないので携帯で動画を見ていると、早朝から誰かさんが玄関をノックする。
「起きてたんだ」
「ああ、昨日早かったからな」
「ちょっといい?コーヒーなくなったから」
「別にいいけど」
昨日からずっとむくれたままの天使だが、今日もあまり機嫌が良さそうには見えない。
もしかして本当に、俺が綴さんと遊びに行ったから機嫌を悪くしているのか?
……考えにくいけどそれくらいしか理由が思い当たらない。
「なぁ、昨日はずっと部屋にいたのか?」
「そうよ。悪い?」
「いや、別に……」
「それよりさ、アルバイトの件何か言ってたの?」
「あ、そうだ」
俺は綴さんが働いているコンビニで一緒に働かないかと彼女が言っていたことをようやく思い出した。
「綴さんのいるコンビニで募集があるらしいぞ」
「なにそれ、私があのギャルと一緒に働くの?」
「全く知らない人よりはいいんじゃないか?あの人なら良くしてくれるだろうし」
「……考えてみる」
一体何を悩むことがあるのかと俺は不思議に思ったが、多くは聞かなかった。
確かにあの店は学校の生徒が立ち寄らないとは限らないし、あまりバイトしているところを見られたくないというのもあるかもしれない。
「とにかく、もしその気になったなら俺から連絡しといてやるよ」
「そういえば、さっきから携帯触ってるのってギャルとメールしてるから?」
「い、いやさっきまでは連絡来てたけど。今は別に」
「ふーん」
ふーんと、口を尖らせた天使はコーヒーを持ったまま俺の隣に来る。
「な、なんだよ」
「連絡先、教えなさいよ」
「え?」
「ほら、連絡先よ。何かあった時にいちいち不便なのよ」
「あ、ああ」
結局その場で連絡先を交換することに。
よく考えたら、俺はこいつの連絡先も知らなかった。
隣同士というだけで、随分仲良くなった気でいたが結局俺と天使の関係なんてまだそんなもの。
しかしどうしてこのタイミングで連絡先なんか聞くんだ?
「あと昨日の鍵。これ返しとく」
「あ、忘れてたな。サンキュ……あれ?」
鍵が二つある。
どちらも似たような形状のものだが、俺は自分の合鍵は持っているしこいつに預けたのは一つだけだと思うが。
「これはどこの鍵だよ」
「私の部屋の合鍵よ」
「は?別に用事なんてないぞ」
「もしもの時の為よ」
「もしもって……いいのか?」
「その気になればどこからでも入れるでしょこんなボロアパート。それに、あんたは私を一人で部屋に入れてくれたし……こっちが信用しないのもフェアじゃないし」
天使は戸惑う俺に無理やり鍵を握らせた。
「なくさないでよ」
「わかってるよ」
「じゃあ、眠たいからもう少し寝る」
そう言って自分の部屋に戻っていく彼女は、その言葉と矛盾するようにコーヒーを飲み干して台所にコップを置いた。
寝る前にコーヒー飲むか普通?
また、部屋が静かになった。
退屈なので朝食でも作ろうかと冷蔵庫の食材を探しているとラインが来る。
天使から?
『今日買い物行きたいから付き合え』
絵文字も何もないぶっきらぼうな内容だ。
文章だけ見れば、とても女子高生からのラインとは思えない。
しかし買い物とはいっても時間も何も書いていないし、要件を伝えるならもっとちゃんとしろよと思っているとすぐに追伸がくる。
『無視すんな、さっさと返せ』
……はいはい。
結局こっちから、何時にどこに行くのかと聞くと『着替えたらそっち行くから準備しとけ』と返ってきて大慌て。
朝食は断念する格好になった。
宣言通り私服に着替えた天使はすぐに戻ってきた。
俺も慌てて準備を済ませて朝から二人でお出かけとなる。
「ていうか買い物行きたいなら部屋いる時に言えよ」
「帰ってから思い出したのよ」
「それに既読になっても返せない時だってあるんだから」
「あのギャルにはそうしないくせに」
「は?」
「なんでもない。知らない、早く歩け」
少し歩調を早める天使について行く形で当てもなくブラブラする。
買い物、とはいったが何がほしいんだ?
「どこに向かってるんだよ」
「駅」
「駅前ってことか?」
「電車に乗るのよ」
「どこまで行くんだよ」
「……遊園地」
「はぁ?」
こいつは一体何を言い出すのかと正直驚いた。
昨日、綴さんと言ったばかりの遊園地に今日も行く?しかも今日は天使と二人で。
「おいおい、聞いてないぞ」
「今言ったから当たり前よ」
「そうじゃなくてなんで」
「うっさい私とは行きたくないの?」
「そういうわけじゃないって」
俺が何を聞いても、グイグイと勝手に駅まで向かう天使について行くしかなく、気が付けば駅前に到着していた。
「本当にいくのか?」
「嫌そうね随分」
「そうじゃないって言ってるだろ。ただお前だって金あるのか?」
「……ない」
「なんだよそれ。俺だって二人分は出せんぞ」
急に大人しくなった天使は少し恥ずかしそうにしている。
金が足りないというのは確かにこいつからすれば不名誉なことなのだろう。
「金が貯まったら一緒に行けばいいだろ」
「それ、ほんと?」
「ああ、嘘言っても仕方ないだろ」
「……じゃあバイトする」
「本当に遊園地に行きたかったのか?なんか意外だな」
「察しろバカが……」
「え?」
「いい、腹減った」
天使はその辺にある小汚いラーメン屋に勝手に入っていってしまった。
俺も慌てて店の中に入ると、カウンターで一人肘をついてイライラしている天使がいたので隣に腰かける。
「女子高生が一人で来る店じゃないぞ」
「ラーメン好きなのよ」
「まぁ、昨日もうまそうに食ってたもんな」
「ひ、人の顔見るな!」
店内は蒸し暑い。
すぐ目の前で寸胴に入ったスープがぐつぐつと沸いている。
その熱気のせいだろうか、いやそのせいに違いない。
覗き込んだ天使の顔が、今まで見たことないほどに真っ赤になっていた。
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