第86話 天使と工藤

「高校最後の夏休みだし、みんなでバーベキューでもしないか」


 俺の方からこんな誘いをしたのが意外だったようで、霞は目を丸くしていた。


「いいけど。遊馬って火をおこしたりできるの?」

「いや、正直やったことない。アウトドアは苦手だし」

「そんなことだろうと思ったわよ。まあ、綴先輩と店長なら得意そうだし、あの二人も呼んだらいいじゃん」

「気まずくはないのかあの二人?」

「綴先輩も認めてないけど、まんざらでもなさそうよ。多分うまくいくと思う」

「まじか。意外だなあ」


 店長さんは良い人だし、実際付き合ったとなればお似合いだとは思うけど綴さんのタイプではなさそうだとも心の中で思ってはいた。

 

 でも、そういう話をするなら、結局見た目どうこうというのは最初の印象に過ぎず、最後はやはりその人といて楽しいかどうかということが大切になってくるのだ。


「それに先生と柳原さんも呼ばないと。あの二人には近況報告してもらわないとだし」

「そうだな。みんなうまく行ってるといいな」

「でも、その前に期末試験終わらせないと。ちゃんと勉強しなさいよー」

「わかってるって」


 結局俺の進路は宙ぶらりん。

 一応進学して、サッカー教室も続けるつもり。


 大学は近いという理由で、綴さんと同じところを目指すことにした。


 霞はもっと上の、それこそ東大なんて目指してもおかしくないというのに、俺と同じ大学に行くと言ってくれる。

 そこでまた四年間、アルバイトをしながら勉強もして、そしてやがて社会に出る。


 まだ先の事のようでも、そんな日はすぐにやってくるのだろう。


 でも、今は今しかないこの時間を楽しみたい。


 試験が終わったら、夏休みだ。



「おーい、工藤くーん」

「あ、綴さん。お久しぶりです」

「ほんとに。全然店に来てくれないから寂しいじゃんかー」

「いやあ最近霞の迎えも行ってなかったですからね」


 試験が終わった翌日。

 今日は近くの砂浜でバーベキューとなり、まず綴さんたちがやってきた。


「あれ、まだ火がついてないじゃんー」

「すみません、こういうの俺も霞も苦手で」

「仕方ないなあ。ねえてんちょーやってやって」

「よし、任せとけ」


 店長さんと綴さんが二人で火起こしを始めたので手伝おうとすると、霞に袖を引っ張られて呼ばれる。


「気を利かせなさいよ。二人きりにするの」

「ああ、そうだった」

「それともまだ綴先輩に未練あるのかしら」

「一回もないって……」


 今だから言える話だけど、確かに俺は綴さんに淡い恋心を抱いている時期があったと思う。

 それを知ってか知らずか、いつまでも霞は綴さんをライバル視しているけども、もちろん今はそんな気持ちなんて一切ない。


 でも、そんな綴さんも辛い過去があって、消えない傷があって、それでも好きになってくれる人がいて、幸せになろうとしているのが嬉しくて、彼女の方をみてわらってしまった。


「綴さん、楽しそうだな」

「そうね。早く付き合ったらいいのに」

「まあ、店長も三十路だし悩むだろ」


 それに、前に失敗してるから誰かと付き合うなんてことに臆病になっているに違いない。

 だけど、あの店長さんならそんな彼女のことも含めてちゃんと受け止めてくれるだろう。


「お待たせ工藤君」


 続いて柳原さんと清水先生が。

 二人もまた、手探りで新しい関係を築こうと頑張っている。

 

「すみません今日は俺たちのわがままで」

「アウトドアは好きだから大歓迎だよ。なあ霧江」

「そうね。大学の時とかみんなでよくやったよね」


 二人が肉の差し入れを渡してくれて、霞と食材の準備に取り掛かる。


 よく見ると、柳原さんを見てキャーキャー騒ぐ綴さんを見て、不機嫌そうな店長さんが柳原さんを睨んでいた。


 清水先生もまた、綴さんに少しデレる柳原さんを引っ張って引き離していた。


「なんかみんな楽しそうだな」

「みんな素直じゃないわね。好きなら好きっていえばいいのに」

「お前だってなかなか言わなかったくせに」

「それはお互い様よ。それに、私の方が積極的だったしー」

「俺の部屋に来て煙草吸って酒飲むのがアピールだったのか?」

「もう、それはそれよ。いじわる」


 賑わう浜辺に、楽しそうに騒ぐ先輩達を眺めながらふと、これまでのことを振り返る。


 思えば高校に入学する前から狂った俺の人生だったけど、そのおかげで霞と知り合えた。

 理不尽な大人の都合に振り回されて、散々傷ついたりもした。

 大好きな人と一緒にいることすらままならないかもしれないと覚悟した時期もあった。


 でも、それでも今こうして俺の隣に霞がいる。

 もう奇跡とも呼べる幸せが今、ここにある。


「工藤くーん、天使ちゃーん、火がついたよー」


 遠くから綴さんが俺たちを呼ぶ。


「遊馬、私たちもいこっか」

「そうだな。今日は目いっぱい楽しもう」

「私たちのラブラブさを見せつけてやって、みんなを触発させてやろっと」

「おいおい。でもまあ、それもいいかもな」


 肉を焼いて酒を飲んでバカ騒ぎして。

 大人の先輩たちのそんな姿を見ながら、俺たちはジュースで乾杯し、この日は日が暮れるまで楽しんだ。


 解散してから、家に帰るとぐっすり眠った。 

 翌日も、昼くらいまで眠っていたけどたまにはそういう日もいいだろう。



 そんな楽しい夏休みもあっという間に過ぎていく。


 気が付けば八月の後半。

 俺たちは兼ねてより計画していた旅行にきた。


 とはいってもプチ旅行だ。

 京都に来て、二人で観光と縁結びの祈願に来ていた。


 今はちょうどその帰り道。

 旅行なんていっても日帰りなのは寂しいが、霞は私たちらしいと言って笑ってくれていた。


「貴船神社って、ほんと静かなところにあるんだな」

「なんか神聖な感じがしていいじゃん。涼しいし」


 電車の中で、二人で買ったお守りを大事そうに持ちながら、窓の外の景色を見る。


「あっ、夕焼けきれい。でも、夏休みも終わりかあ」

「学校も楽しいからいいじゃないか。文化祭もあるだろ」

「うん。今年もいっぱい食べるわよ」

「そんでまたクリスマスか。早いなほんと」


 しみじみと、時間の流れの早さを実感していると、俺の手をそっと握って霞がもたれかかってくる。


「なんだよ、疲れたのか」

「こうしてたいの。いいでしょ」

「いいけど。なんだよ急に」

「んーん別に。でも、遊馬と出会えてよかったなって」

「……俺も。霞がいてくれてよかった」


 向こうに帰ればまた、忙しい日々が始まる。

 でも、こうしてずっと手を取り合って支え合っていければ、何があっても怖くない。

 

 幸せな時間に包まれた電車は、ゆっくりと、でも確実に俺たちを運んでいく。

 やがて家に帰り、一緒の玄関をくぐる。


 今日は、その間もずっと手を繋いだままだった。

 

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