SS あるクリスマスの一日
「あなた、プレゼント運んでくれる?」
「はいはい、これだよな」
「ほら、静かにして。あの子が起きちゃうでしょ」
明日はクリスマス。
一年に一度の特別な日だ。
昔はこの日が嫌いだった。
どこに行っても無駄に人が多くて、みんな人の気も知らずに幸せそうにしてて、ほんとウンザリだなんて思ってた高校生の頃の自分を少し思い出してしまう。
でも、その高校時代の後半からか、この日は特別になった。
俺にとって、特別な人と知り合ったから。
奥さんと。
霞と、出会ったから。
「何回きてもクリスマスっていいもんだな」
「あれ、遊馬君からそんな言葉が出るなんて、変わったね」
「何でだよ。毎年ちゃんと楽しんでるだろ」
「そうかなー。大学の時のあれ、覚えてる?」
「ああ、覚えてるよ。あの日は悪かったって」
「あはは、あの時の遊馬君の顔、未だに覚えてる」
「うるせえ」
霞と付き合って。
いや、結婚して二年目になる大学二年生のクリスマス。
あの日のことは、今でも覚えてる。
大学入学と同時に入籍、同棲したなんて破天荒なカップルだった俺たちは、霞の端正な容姿もあって大学中ですぐに評判になった。
大体は俺を羨むというか男子どもが僻んでばかりだったけど、それでも俺たちはいつも一緒で。
授業も、遊ぶ時もずっと一緒だった。
ただ、一年目のクリスマスはそれでよかったんだけどこの年は少し違って。
霞がアルバイトになってしまったんだっけ。
そんな当時を少しだけ振り返る。
霞に怒られそうになった一日を少しだけ。
まあ、今となればバカみたいな話だけど。
◇
「遊馬君、夕方には帰るからね」
「ああ」
霞は、クリスマス当日の朝にアルバイトに出かけた。
そしてバイトも学校も休みだった俺は一人、街をブラブラと。
実はまだ、プレゼントを買ってない。
霞が俺にプレゼントを用意してくれてるのは知っていた。
隠してるつもりだったんだろうけど、狭い部屋で二人一緒に住んでるから隠すにしてもすぐに見つかってしまうというか。
片付けをしてたら小さな小包を見つけてしまった。
きっと、俺へのプレゼントなんだろう。
でも、俺は何を買えばいいか迷っていた。
正確には、プレゼントを買うべきかどうか、だ。
いや、渡したくないとかそんなケチな話ではないけど。
あまりこういうのが得意ではないのだ。
付き合って最初の時とか、結婚一年目となれば張り切って何か用意もできたけど。
これから毎年、ずっと何かを選ぶ自信がなかった。
ほしいものでも言ってくれればいいんだけど。
あいつが欲しいものは結構安いものばかりで。
さて、どうしたものかと歩いていたところで、偶然綴さんに出会う。
「あれー、工藤君久しぶり! 何してるの?」
「いや、綴さんこそどうして」
「今日はクリスマスだよ。店長の為に予約してたプレゼントもらいにそこのデパートまでね」
「ああ、なるほど」
綴さんは、アルバイト先の店長さんと付き合ってうまくやってるようで。
でも、一体何を買ったんだろ?
「それ、中身は?」
「マフラーと服。結局アクセサリーとかよりも、使えるものの方がいいもんね」
「なるほど」
「工藤君は、天使ちゃんに……あ、もう天使ちゃんじゃないんだっけ」
「ま、まあ。いや、そのプレゼントなんですけど」
なんとも情けない話だけど、嫁のプレゼントをクリスマス当日になって知人に相談した。
すると綴さんがびっくりした様子で俺を見る。
「工藤君、それはダメだよー。絶対ちゃんとしないと」
「そ、それはわかってますけど……いや、実際何を買えばいいか」
「何を、じゃないの。こういうのは、誰からもらうかっていうのが大事なの。いい?
霞ちゃんは工藤君から何もらっても嬉しいの。だからほら、買いにいくよ」
「え、今からですか?」
「早くしないとなんもかもなくなっちゃうから。早く早く」
綴さんに連れられて、俺はデパートに。
するとカップルや家族連れで埋め尽くされたデパートの中で、あるものを見つけた。
「指輪、か」
「そういえば、指輪ってまだ買ってなかったの?」
「一応ペアリングくらいはありますけど。でも……」
プロポーズもしたけど、そういえば指輪なんて買ってなかった。
成り行きというか、その辺で二人で買ったペアリングをつけてるだけだし。
……。
「重くないですかね」
「全然。びっくりするかもだけど喜ぶよきっと」
「だといいですけど」
そこそこ値の張るものだったけど、この際金額のことは言ってられないと。
思い切ってそれを買って包んでもらうと、ちょうど綴さんの携帯が鳴った。
「あ、店長からだ」
「この後、デートですか?」
「うん、そうなの。奮発していいところ予約してくれてるみたいだから」
「いいですね、なんか順調そうで」
「あはは、二人には負けるけど。じゃあね工藤君。メリークリスマス」
「め、メリークリスマス」
デパートをでたところで先に綴さんは行ってしまった。
俺は、まだ昼間だというのに今にも雪が降りそうなほどに寒い街を一人歩きながら、一度アパートに戻った。
大学から近くの古いアパート。
それが俺たちの住まい。
二人で家賃を出し合って、なんとかやってるって感じ。
今日だって、お金ないからと霞に言われて外食ではなく家でひっそりお祝いになったのに。
なんか無駄遣いするなって、怒られそうだな。
まあ、それでも喜んでくれたらいいんだが……。
「遊馬君」
「ん……あ、霞」
「ただいま。ケーキもらってきたよ」
ケーキの箱を下げて嬉しそうにする霞。
どうやら俺は昼寝してたみたいだ。
「もうこんな時間か。ご飯、今から作るよ」
「私もする。今日は一緒に作ろ」
普段は仕事が休みの方が食事当番なんだけど。
今日だけは二人で一緒に料理を始める。
唐揚げや少し豪華に盛り付けたサラダなんかで、少しクリスマスっぽくしながら食卓を彩っていく。
そして、料理が準備できると二人で向かい合って、手を合わす。
「いただきます。あと、メリークリスマスだね」
「ああ、メリークリスマス。今日さ、綴さんに偶然会ったんだ」
「ふふっ、さっきメール来てた。工藤君を借りちゃってごめんだって」
「これから店長とデートだって。俺たちも早く社会人になりたいよほんと」
「ねー。でも、今のうちにしっかり勉強しないと」
「わかってる」
俺たちは高校時代、様々な経験をした。
俺は怪我による挫折で心が折れて、ふてくされて。
少し希望が持てたところでまた邪魔が入って、いよいよサッカーを続けることができなくなって。
霞は、父親の呪縛から逃れるために家出までして。
幼少から酷い虐待を受けて体中に今も残る傷を抱えて。
そんな父がまた追ってきて、世間に助けを求めたりもして。
なんか色んなことがあっての今だけど。
俺はこうして目の前に霞がいるだけで、今までの自分の不幸すらも必要なことだって思えるようになった。
そして彼女も。
「私、こうして遊馬君といられる今が一番幸せ。だから今までの苦い思い出も、全部必要なことだったのかなって思えるんだ」
そう言ってくれる。
だからよかったと。
安心しているところで彼女の顔が曇る。
「でも、プレゼントくらいは用意しててほしかったなあ」
「え?」
「私、これ……ちゃんと準備したんだけど」
少し拗ねた様子で差し出された小包。
それを渡されて、中を開けるとそこには時計が。
「これ……」
「就活で使うでしょ? だから、ちょっといいのにしたの」
「霞……」
「別に、私は遊馬君がプレゼント用意してなかったってかまわないけど。そんなの期待してあなたと一緒にいるわけじゃないし」
そう言いながら、言葉とは裏腹に完全に怒っていた。
多分、この部屋のどこにもプレゼントらしきものが見当たらず拗ねてたのだろう。
ああ、ほんと綴さんに感謝だ……。
「あの、これ」
「え?」
「いや、サプライズじゃなくてさ、ほんと今日買ったんだ。綴さんに言われて……。ごめん、何買えばいいかほんとわかんなくて」
まるで情けない言い訳にもならないことをつらつらと並べながら箱を開ける。
「これ……指輪?」
「ああ。ちゃんとしたの買ってなかったろ? 一応、その、婚約指輪の代わりというか」
「……バカ。そんな大事なもんを思い付きで買うな」
「ごめん」
「嘘。嬉しい……うん、つけてみていい?」
「ああ」
そっと、彼女の細い指に指輪をはめる。
すると、まるで彼女の為に作ったのかと思うほどピッタリと彼女の指にリングがおさまる。
「……似合う?」
「ああ、綺麗だ」
「ふふっ、何よその顔。こっちこそごめんね」
「?」
「実は帰った時にそれ、見つけてたの。ちゃんと買ってくれたんだって。でも、どうせ今日思いついて綴さんに言われて慌てて買ったんだろうなって思ったから驚かせてやろうってね。ふふっ、いい顔見れた」
「おい……」
「でも、ちゃんと用意しなかった罰だよ。私、別に遊馬君からなら何もらっても嬉しいから。来年はもっと安いものでいいからね」
「ああ、わかってる。綴さんにもおんなじこと言われたよ」
「ふふっ、人生の先輩の言うことはちゃんと聞かないとね。でも、ありがとね遊馬君」
「うん。俺こそ、いつもありがとな霞」
「やっぱりプレゼントって、無駄みたいだけど大切なのよ。こうやって、思い出になるし。あと、ケーキも」
「そうだな。そいやケーキ、食べるか」
「そだね。うん、私切ってあげる」
霞がケーキを箱から出してくれて。
その場で切り分けてくれる。
その時、俺が渡した指輪がきらっと光ると霞が「汚しちゃったらごめんね」なんて言いながら、左手を庇うようにして切り分ける姿がとても印象的だった。
◇
あのクリスマス以来、プレゼントはサプライズではなく二人で一緒に選びにいくことにして。
今年も、二人で一緒にプレゼントを選んだ。
「……あの時はさすがに怒られると思ったよ」
「ふふっ、気が利かないところとか、ほんと高校の頃から変わんないもんね」
「仕方ないだろ。苦手なんだよ」
「私だって柄じゃないもん。でも、今はもっと喜んでもらいたい人がいるし」
「ああ、そうだな。喜んでくれるといいな」
「サンタさんからの贈り物。受け取ってねせいらちゃん」
俺たちは、今では互いのプレゼントの代わりに二人で一つのプレゼントをえらぶことになった。
大切な、我が子のため。
工藤せいら。 もう三歳になる女の子。
今は何も考えずにすやすやと、眠っている。
「ふふっ、遊んでくれるといいなあ」
「そうだな。サンタさんがくるってはしゃいでたから」
「私たちはこの子が喜ぶ顔が何よりの贈り物だもんね」
「ああ、きっとサンタ本人の気持ちってそんな感じなんだろな」
何を渡すとかではなくて。
誰に、どういう気持ちでそれを贈るかが大切で。
そのために悩んで、迷って、渡すまでの間にドキドキして。
そういう気持ちが大切なんだって、彼女が生まれてから一層わかるようになった。
喜んでくれるといいな、プレゼント。
「じゃあ、私たちも寝よっか」
「そうだな」
我が子を挟んで布団に入り。
二人で彼女の手を握って、その愛くるしい寝顔を見ながら。
消灯する。
その時、お互い小さな声でつぶやいた。
「「メリークリスマス」」
【恋愛日間ランキング2位獲得感謝】隣に住む天使様は学校では優等生のお嬢様。だけど本性を知ってしまってから彼女は俺に付き纏うようになりました。 明石龍之介 @daikibarbara1988
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