第22話 天使様はお休み
朝、一人でいつものコンビニに行き綴さんと待ち合わせる。
「ごめんお待たせ!早かったね」
「いえ、ちょっと立ち読みしてましたから」
「じゃあいこっか」
と二人でまず向かったのは駅前。
田舎なんて行く場所が決まっていて、いつも同じようなところをぐるぐるしているだけだが、綴さんと一緒にいるとどこか違った景色のように感じる。
「なんか最近工藤君っていい感じだよね」
「そ、そうかな?」
「うん、元気取り戻したし話しててもほんと楽しいよ」
「まるで前は楽しくなかったみたいすね」
「そ、そうじゃなくて、もう、からかわないでよ!」
この人は本当に子供みたいだ。
だけどもうすぐ二十歳。お酒もたばこも大丈夫な年になって、それに俺が経験していないようなことも既に色々経験してるんだと思うと、やはり自分は子供なのだと実感させられる。
「さてと。早速パフェを食べにいくわよー」
「今日はご馳走になってください。ていうかパフェで悪いですけど」
まだ午前中ではあったが、二人で早速目当ての店に向かう。
大学生の彼女といるとどうも浮いてしまう気がしていたのだが、昨日天使の勧めで買った服のおかげか、今日は並んで彼女の隣にいても違和感を感じない。
……あとで礼を言わないと、かな。
店に入ると早速、今日のメインであるパフェを注文する。
たしかにメニューで見る限り大きそうだ。
綴さんの目がキラキラ輝いている。
「ねー、みてみてすごいよこれ!絶対一人じゃ食べれないね」
「甘いもの、好きなんですね。俺はあんまり食べないから」
「そうなの?私は大好き!なんか甘いもの食べてると幸せな気分になるの」
甘いものを食べると幸せ、か。
なんかそういう些細なことに喜びを見つけるのっていいのかもな。
俺の場合はゼロか百、プロになるか死ぬかみたいな気持ちしかなかったけどもっと気楽にやってたら今ごろ……
「こら、顔が暗いよ。お姉さん寂しくなっちゃう」
「あ、すみませんつい……」
「まだ、怪我の事考えちゃう?」
「え?」
心の内を読まれたとはこのこと。ただ甘いものの話をしていただけでいちいち昔のことを憂うなんて、どれだけ未練がましいのだろう。
「あの怪我から一年、か。私、ニュースで見た時はびっくりしちゃったよ」
「……ニュースは親が見せないようにしてくれてたので。結構すごかったんですか?」
「なんか有名人が死んだ、くらいの報じられ方だったよ。私の友達もファンの子がいてさ。号泣だよ」
「はは、なんか照れるっすね……」
初めて、自分が怪我をした当時の状況を聞いた。
後からも見ないようにしていたし親も何も言わないので適当に三面記事になった程度かと思っていたがそうではなかった様子。
サッカーに興味のない人ですら俺のニュースは知っている、というくらいに大きく報道された『天才少年』とやらの選手生命の終わりはそれでもいじめやリンチによるものだという部分は避けられたようだ。
「おまたせしました」
店員が、暗い空気を割くように大きなパフェを俺たちの間にドンと置く。
「あ、すごいよ!ほら、食べよ食べよ!」
「これは二人でも多いですね。でも、いただきます」
なんでもない普通のパフェだった。
甘さがまず広がってスッと消える。ただそれだけのものだけど実に幸せそうに食べる綴さんを見ていると、何かとても特別なものを食べているような気分になる。
昨日、天使と食べたソフトクリームもそうだけど誰かとこうして食べるっていうのは案外悪くない、というより何の変哲もないものですら美味しくさせるんだな。
「ほらほら、また難しい顔して」
「す、すみません」
「ねぇ……工藤君は自分の足を怪我させたやつのこと憎くないの?」
「それは……」
当時、俺は憎いどころか殺してやるとすら思っていた。
毎日病院で苦しいリハビリを耐えるためのモチベーションは全てそいつを殺すため、なんて言っても過言ではない程に物騒な考えを持っていた。
しかしある時を境にその考えは変わる。
全国の常連だったうちの学校が地方大会の一回戦で惨敗したのだ。
因果応報、というのか。それなりの報いを受けて惨めな思いをしたのならまぁいいかと、何かが自分の中ですとんと落ちた。
実際、監督は解任されたしそのまま引退した上級生は惨めにも推薦すらもらえずほとんどが一浪したらしいし、とにかく散々だったという。
ざまぁみろという気持ちを持って俺は自ら復讐をするまでもなく勝手に事件の事を消化していた。
だから憎いと言われれば……
「憎くない、とはっきりは言えませんがもう過去だと思ってます」
「……そっか」
「それが、何か?」
「い、いえ。さ、食べないと溶けちゃうよ」
結局一時間くらい、そのパフェを食べるのに手こずった俺たちは昼前になったがお腹いっぱいの為ゆっくり歩いて帰ることにした。
「はー、お腹いっぱいだね」
「ええ、もう食べれません」
「でもご馳走様。なんか今度は私が奢るね」
「いいですよ、コンビニでサービスしてくれたら」
「店の商品はダメだよ。そうだ、今度大学の文化祭あるから来てよ」
いつも綴さんは予定を急に話してくる。
文化祭が春にあるのは最近では珍しくないが、それでも来週末だと言われればやはり急だとしか言えない。
「私たちはサークルで売店とフットサル教室をやるの。これ、チケットあげるから誰か友達と」
友達と。と言いかけた後で綴さんが口籠る。
「綴さん。俺にだって友達くらいいますって」
「あ、そ、そうだよねごめん。じゃあ二枚、チケット渡しておくね」
俺は手作りのチケットを二枚もらう。そこには『どら焼き無料券』と書かれていた。
「どら焼き……」
「あれ、嫌いだった?うちのメンバーの実家がやっててさ。おいしいんだよ」
「行かせていただきますよ」
「わーい、待ってるよ」
そんなこんなで来週末は大学の文化祭に行くことになる。
ほんと、最近の週末は予定が多くてお金がかかる。
そろそろバイトでも始めた方が賢明かもしれないな。
綴さんと別れてアパートに戻ると、イライラした様子の天使が前をぐるぐる徘徊していた。
「何してるんだ?」
「あ。な、なんでもないわよ。それより、楽しんだの?」
「ああ、ゆっくり話も出来たし」
「そっか」
天使は話をしている途中で俺の手に握られたチケットを見つける。
「それ、なに?」
「ん?ああこれか。大学の文化祭だってさ。誘われたんだ」
「二枚もあるけど誰か誘うの?」
「見栄張って友達と行くなんて話したけど、いないんだよな」
「ふーん」
と天使が。言うとすぐにその一枚をパッと取り上げる。
「お、おい」
「どら焼き……」
「好きなのか?」
「まぁ、一応」
「……行くか?」
「……行く」
「じゃあそれ、一枚やるよ」
俺はチケットを一枚渡したまま、さっさと部屋に戻る。
綴さんに会いに行くというのに天使を連れて行くなんてどういうつもりなんだと、バカじゃないかと思ったりもしたが素直に返事をする天使があまりにも珍しくてつい渡してしまった。
あいつ、どら焼きが好きなのか?
変わったやつ、だな。
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