第21話 天使様との終日

 天使様はどうやらご機嫌な様子。


 カラオケを出た俺たちは次にランチに向かうのだが、俺の奢りと聞いて彼女は少し高そうなレストランを選ぶ。


「ここ、いいんじゃない?」


 と携帯の画面を俺に見せる。


「ああ、うまそうだけど高いんじゃないか?」

「なによ、レディをエスコートするのに値段とか気にするのあなたは」

「エスコートするのがレディなら俺だってけちくさいことは言わないよ」

「ほんっと失礼な奴」


 と皮肉たっぷりに言い返してはみたが、実際は彼女の選んだ店でいいと思っていたのでその店に行くこととした。


 店の外観は煉瓦造りの少し古い店に見えたが、中は大勢の客で賑わっていた。


「へぇ、良さそうなところだな」

「さてと、一番高いものをご馳走になろうかな」

「好きにしろ、そこまでせこいことは……ん?」


 正直ランチなんてどんなに高くても千円台と思っていたが、一番高いステーキなんて三千円もする。

 

 ……こりゃ明日からもやしだな。


「すみません」


 と店員を呼び止めて俺は自分用に安いサービスランチを頼む。


「お前は?」

「同じでいいわよ」

「え、いいのか?」

「あんた、メニュー見て顔ひきつってたし。そんな貧乏人から恵んでもらうほど飢えてないわ」


 と天使が。

 言いながら笑った。


 クスクスと、少し手を口元に置きながら上品に、少し意地悪く。


 結局二人で一番安いランチを頼んで水を飲む。

 高校生らしいといえばそうだが、遠慮させているのだとすれば何か釈然としない。


「気を遣わないんじゃなかったのか?」

「気が引けたのよ。そんなに見栄を張りたいのならバイトでもすれば?」

「……そうするよ」


 こいつは、親元を離れてからずっとバイトをして生計を立ててきたのだろう。それも、あれだけ勉強や人付き合いをしながら、だ。


 一方で俺は親の仕送りに甘えてダラダラと、何もしていない。


 結局同情されて甘やかされているだけの自分をよしとして過ごしているくせに、人には同情するな、なんてよく言えたものだ。


 天使を見ていると自分が本当に小さく見える。


「おまたせしました」


 と店員がきて同じものが二つテーブルに。

 サービスランチはハンバーグだ。


「へえ、美味しそうね。いただきます」


 と言って彼女が一口。

 おっ、という顔をしてからもう一口。どうやら気に入ったご様子だ。


「美味しいわね。特に最近誰かさんのハンバーグを食べたからこの店のよさがひきたつわ」

「なんだよ、まずかったんなら言えばいいだろ」

「そんなことは言ってない、あれは別に悪くなかったし……」


 そう話す彼女は少し声が小さくなる。

 ほんっと、どうしてここまで素直じゃないんだ。


「とにかく食べるぞ。うん、うまいな」

「いただきますくらい言いなさいよはしたない」

「す、すまん」

「ふふっ、なにその顔。だっさ」


 今日はなぜか天使がよく笑う、気がした。

 機嫌がいい、ということは一応ストレス発散というこのお出かけの目的は果たせている、ということでいいのかな。


 やれやれとため息をついてから静かにランチを楽しんだ。

 流石に安いランチだけで我慢させるのも悪いからと飲み物でもどうかと聞いたが「いらないからこの後何か奢って」と言われる。


 店を出たところの売店でちょうどソフトクリームを売っていた。


 今日は少し暑いせいか、大勢の客が列を作っているのを見て、天使がこっちを向く。


「あれ、奢ってよ」

「いいけど、百円だろ?そんなのでいいのか」

「あのさ、もらって嬉しいものなんて高ければ言いわけじゃないのよ。私をどこかのキャバ嬢とでも勘違いしてない?」

「そ、そうか。まぁ、ならいいんだけど」


 こういうところはほんと庶民的というか、金のかからない女なんて表現はあまりに失礼だが実際にそうだから仕方ない。


 こいつの為に高い貢物を用意していた同級生たちが哀れに思えてくる。

 まぁ、俺も人のことはあまり言えないが。


「私はチョコにするわ。あなたはバニラにしなさい」

「なんでお前が決めるんだよ」

「両方食べたいでしょ」


 と言われて思ったのが、まさかこいつとアイスクリームをシェアするというのか?


 悪い冗談だ。

 そんなカップルみたいなことをまさか。


「言っておくけどスプーンとかちゃんともらうから。私潔癖だし」

「あ、ああ……」


 それならいいか、と思ったのは俺の油断だ。

 結局一種類ずつそれを買って近くのベンチに腰掛けると、周りには同じように涼むカップルが数組。


「美味しい。やっぱり暑い日はこういうのに限るわね」


 小さなスプーンで掬いながら丁寧にアイスクリームを食べる天使は道ゆく人の視線を独り占めする。


 赤い髪というだけで目立つのに、それでいてスタイルも抜群にいい。

 隣で並んで食べる俺なんて見えていないように彼女のことを大人たちがチラチラと見るのでなんとも落ち着かない。


「なぁ、場所移さないか?」

「どうして?別にここでいいじゃない」

「いや、人が多いというかさ」

「ああ、みんな見てるから?知り合いはいないんだからいいじゃん。それとも、私とじゃ嫌なのかしら?」


 と天使が。ツンとした態度ながらに戯けてみせる。


 ああ願い下げだよ、と言ってやりたいところだったがやめた。

 二人でいる時に機嫌を損ねてもいいことはないし、まぁ実際恥ずかしいというかそんなところだから。


 食事の時も気を遣われた訳だし、今日は天使のストレス発散に付き合っているのだから最後まで機嫌良く帰ってもらおう。


「それより、あんたの少しくれる?」

「ああ、どうぞ」

「へえ、甘い。こっちの方がよかったかも」

「そ、そうか?」

「ん、私のも食べてみなよ」

「あ、ああ……」


 こんな感じでアイスクリームを互いに差し出して食べ合う姿なんて、周りからみたらカップルみたいに思われるのだろう、か。


 しかしこいつはそんな風に見られても気にしないのか?

 いや、別に意識されてほしいわけではないんだけどさ。


「さて、デザートも食べたし後は仕上げね」

「仕上げ?」

「ええ、食後は運動って相場が決まってるのよ。バッティングセンターいくわよ」


 と言って天使が。さっさと先を急ぐ。

 

 やれやれとついていくとやがてバッティングセンターの看板が見える。


「あんた、サッカーは得意かもだけど野球はやるの?」

「……苦手だな」

「じゃあ勝負ね。勝った方が負けた方の言うことを一つ聞くってやつ」

「苦手って聞いてそれはちょっと……いや、いいか。やろう」


 と言って中に入る。


 その時天使が


「膝は大丈夫なの?」


 と心配してくれたことが意外だったが、なぜか心が落ち着いた。

 

 勝負はグダグダ、ホームランの的になど二人ともかすりもせずに、勝手に引き分けで終わってしまったが、随分と盛り上がってしまった。


 そんな彼女とのもこれで終わり。

 二人で帰路につく。


 バスに乗り、また景色を見ながらも帰りは会話が弾む。


「あー、疲れたわね。でも、ちょっとすっきりしたかも」

「そうだな。たまにはいい、かもな」

「たまには、ね。そういえばあんた、明日はあのコンビニ店員とデート?」

「デートって……そんなんじゃない」

「そう。ならいいけど」


 あまり気にしてはいなかったが、やがてアパートについて彼女と別れた後で、さっきの会話を思い出す。


 ならいいけど、ってどういう意味だよ。デートだったら何がまずいんだ?

 

 ……しかし確かめようがなかった。

 それに確かめたところで何か変わるものでもない。


 言葉の綾。などという便利な一言で全てを片付けてしまい、俺は明日に備えて風呂に入る。

 


 


 

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