第20話 天使様の歌声
隣町は俺たちが住んでいる街と大差ない田舎だが、海沿いということもあり夏には多くの観光客が押し寄せるそう。
季節限定で盛り上がる、まるでかき氷屋のようなこの街に俺は意外にも初めてやってきた。
電車で三十分、と聞いて近いか遠いかは人次第。
都心部に住む人なら近いと感じるかもしれないが俺は田舎出身なのでそもそも電車に慣れていない。
だから結局家の周りをぐるぐる徘徊しているだけの生活をずっと続けてきたのだ。
「駅の近くまで行けば複合施設があるわ。そこで服、見るわよ」
「お前はこっちによく来るのか?」
「そうね、一人になりたい時とかは」
時々見せる悲しい表情は、一体どういう感情なのだろう。
一人になりたいとき、か。まぁその気持ちはわからなくもない。
最も、俺はやらかして失墜した元人気者でこいつは現役バリバリのアイドルって感じだけど。
バス停を降りて天使と歩いていると、ふとタバコ屋が目に入る。
ふと、ここで天使が煙草買ってたりしてたのかと思っていると、逆に向こうから話を振られる。
「煙草買わなくていいの?」
「その冗談は笑えない。ていうかその言葉そっくりそのまま返す」
「なによ、シャレの通じないやつね」
「洒落になってないんだよお前のは」
冗談、か。
こいつも俺に冗談を話すようになったのかと思うと、随分と仲良くなったものだと感慨深くはならない。
当然だ、こいつが隣に越してきてからというものの、何かにつけて家にくるし最近は毎日食事を共にするし煙草の件だってあった。
だから少々距離が近づいたと感じても普通のことだ。
……でも、こいつは俺のことをどう思って接触してきてるんだ?
好き、なんてことはないとしてもそれなりに俺といると落ち着くのだろうか。
……考えるな。こいつの好感度なんてどうでもいい。
そうだ、別に天使にどう思われていようが俺には関係ない。
「さっきから暗いわね。私とお出かけなんだからちっとは喜んだら?」
「よく自分で言えるな」
「私は自分に自信あるもの。あなたと違って」
「そこまで言い切られると清々しいよ……」
俺だって。自分に自信しかなかった。
だから調子にも乗ったし横柄な態度のまま中学時代を過ごしたわけで。
そんな意味ではこいつの自信も理解はできる。
綺麗で頭が良くて運動出来て皆にちやほやされて。
頭の出来以外では俺が中学まで経験してきたそれを同じように彼女も歩んでいるわけで。
だからこそ何か失敗や挫折をした時にどれくらいダメージがあるのかも俺は想像ができる。
こいつは強いが、それでもあの地獄に耐えられるかと言われれば正直自信はない。
俺は耐えた、ではなく逃げただけだし、むしろ立ち向かおうとする性格のこいつはそんな事態になったら壊れてしまうのではないか。
などという余計な心配をしながらやはり言葉数は少ないまま彼女と店に入る。
「これ、いいんじゃない?」
と天使。
駅前にあった服屋の店先にある服を指さして言う。
「ああ、こういうの着てるやつ多いよな。でもあんまり好きじゃない」
少し緩めなニット生地の服。もうすぐ夏だというのによくこういうものを着ていられるなと不思議に思っていつも見ていたが、天使はこれがいいと勧めてくる。
「あんたはちょっとひょろ過ぎるのよ。だからこれくらいダボっとした方が合うし今時っぽくていいんじゃない?」
「まぁ、似合うかもしれないけど好みもあるだろ」
「自分のセンスとか皆無なんだから言うこと聞きなさいよ」
結局それを買わされた。
そしてその場でそれを着て、店を出た。
「だいぶマシになったわね」
「どうも」
「じゃあ次はカラオケに行くわよ」
「はいはい」
今日はとことん付き合うと決めてはいたので素直に従う。
一宿一飯の恩義、なんて言葉もあるように宿と飯の恩は大きいもの。
まぁ泊めてはいないがいつも俺の家でおもてなししていることを考えたら差し引きしてどうなのかという話だが、何日も飯の世話をしてくれた以上恩返しは必要だろう。
「ところであんた、カラオケとか行くの?」
「いや、高校に入ってからは一度も」
「ふーん」
ふーんとは一体。やはり俺が寂しい男だとでも言いたいのか。
さっさと近くのカラオケボックスに入る。
天使と二人きりで個室に。なんて状況も随分当たり前のことのようでなんとも思わない。
「さて、私から歌わよ」
といって天使がマイクをとる。
曲は最近の流行り。こんな俺でもテレビさえつけていたら聞いたことがあるくらいに有名な曲だった。
しかし、彼女が一声発して俺は目を丸くする。
まるで歌手だ。いや本人、以上?
俺がスカウトならこのまま彼女を連れて行き、明日にはデビューさせてしまう。
と言っても大げさではない程に声量も、声色も、もちろん音程も何もかも完璧だった。
「はー、すっきり」
「……うまいんだな」
「ええ、小さい頃の夢は歌手だったくらいだし」
「ふーん」
俺のふーんに特に意味はない。
ただ、ここまでうまい人間を見たことがなかったので、少し語彙が欠けていただけ。
「それより早く入れなさいよ」
「お前の後じゃ入れづらいけど……これでいいか」
俺が選んだのは、中学の時に流行った曲。
別に音痴でもないが特段うまくもない俺は、一緒にいる人間が知らない曲を歌って場をしらけさせるという御法度を犯さないように、いつも流行っている曲ばかりを歌っていた。
誰でも知っているから誰でも盛り上がれる。
結局人の顔色ばかり窺って生きてきたのは天使も俺も同じなのだ。
「……おわり、か」
「ふーん、まぁまぁね」
「お前が言うと嫌味だな」
「じゃあ次は私ね」
思った以上に、人の顔色を気にする者同士のカラオケは盛り上がった。
どの曲も同世代の自分たちにはわかるものばかりで、お互い知らないうちに同じアーティストの曲を歌ったりしながらあっという間に一時間が過ぎた。
「あ、電話。もう出るか?」
「……」
「おい、どうする?」
「あと三十分だけ、いいかしら?」
「まぁ、いいけど」
よほどカラオケが好きなのか、結局延長してもう少しだけ彼女のライブに付き合うこととなる。
まぁ、聴いてる分にはタダで何かのコンサートにいるくらいのクオリティだし問題はなく、最後は天使が三曲ほど歌って店を出た。
「はー、ちょっとはすっきりしたわ」
「歌うの、好きなんだな」
「まぁね。でもさ、クラスの子と行くとみんな私に遠慮して歌わないの。結局私のライブに来た観客みたいになってて。気持ち悪いのよねあれ」
「お前の後だと歌いづらいのは激しく共感だがな」
「でも、たまには誰かの耳障りな歌も聴いてないと自分のうまさがわからなくなるでしょ?」
「……お前とは二度と行きたくないな」
などと会話をしている間、天使は終始柔らかい表情だった。
多分だが、俺も少し笑っていた。
誰かといて楽しい、なんて思ったのはこれまたいつぶりだろうか。
これは口には出していない。
……恥ずかしいから。
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