第80話 天使のクリスマス
今日は雪だ。
ホワイトクリスマスというにふさわしい、とても煌びやかな夜。
街に出ると多くのカップルや家族がにぎやかに、みんな手を繋いで楽しそうに笑っている。
多分こんな平和は表側の一部でしかなくて、誰にも知られることなく苦しんだり悲しんだりしている人もたくさんいるのだろう。
去年の俺はそうだった。
一人でアパートに引き籠って、クリスマス特番だらけのテレビを見るのも嫌で、暗い寒い部屋の中でじっとしていた記憶がある。
霞はどうだったのだろう。
天使様として、交友関係の広かった彼女はもしかしたら友人とお出かけでもしていたかもしれない。
でも、その間もずっと父親の影におびえ、自分を偽り、色んなものを抱えたままだったのだろう。
柳原さんは去年のクリスマスは散々だったと言っていた。
事業立ち上げのために資金集めをしていたのに、クリスマス当日にスポンサーの一件から断られて資金繰りが一からやり直しになったとか。
だから正月もなく動き回ったのだと笑って話していたけど、その時の絶望感はかなりのものがあっただろう。
綴さんは、クリスマスに彼氏がいたことがないと嘆いていた。
一度くらいクリスマスを好きな人と過ごしてみたいという彼女の願望が叶う日はくるのか。
ちなみに今日もアルバイトだそうで、ケーキ販売に追われているんだとか。
霞ももちろん朝から仕事。
でも、夜の予定の為に少し早めに仕事をあがらせてもらう予定の彼女を迎えに行くと、サンタの帽子をかぶった彼女がせっせと働いていた。
「いらっしゃい……ってもう、来るの早いって」
「似合ってるじゃんかその帽子」
「……恥ずかしいんだけどこれ」
そうやって話ができるのもつかの間。
ケーキの予約客が次々と霞のいるレジに押し掛ける。
よく見るとその大半が若い男だ。
どうやら彼女目的での購入らしい。
「天使ちゃんの人気すごいでしょー。おかげでケーキの予約、去年の三倍だよ」
「水商売ですねまるで」
「可愛くてスタイルよくて度胸があって、賢くてそれでいてちょっとだけドジなところがあって。工藤君の彼女さんは完璧ですねー」
掃除をしながら俺をからかう綴さんだってもちろん美人だが、そう言われれば言われるほど、霞の魅力というものがどれだけすごいのかを実感させられる。
可愛いだけではない、人を惹きつける何か。
そんな彼女が俺なんかと付き合ってくれているのはほんと奇跡だ。
「あー、疲れたー」
三十分ほどして、ようやく解放された霞はクタクタな様子で俺のところに。
「おつかれ。人気すごいな」
「私の時給には反映されないけどねー。でも、ケーキは一個もらえることになったから」
「じゃあ飯食べた後で取りに行くか」
「コンビニのケーキでも全然いいよね。おいしいし」
二人でそのまま、予約した店のある駅の方へ向かう。
少しだけ、俺たちにとっては高価なレストラン。
コース料理とかにしようかとおもったけど、霞が好きなものを食べたいというので、店に入ってから注文をする。
「お肉食べないとね。遊馬もいるでしょ?」
「うん。せっかくだからこのステーキ食べたいな」
「じゃああとはパスタと……あっ、これもいいな」
楽しそうにメニューを見る霞を見ながら、カバンの中にあるプレゼントをどのタイミングで渡そうかと悩むのだが、なかなかその時が来ない。
大したものではない。
元々いらないと言われたプレゼントを、勝手に俺の気持ちとして渡すのだから霞の欲しいものを訊けたわけでもない。
だけど、少々迷惑だと思われてもこれくらいはしてあげたい。
高校生の、大して流行もおしゃれも知らない、女性と付き合った経験もないガキにだって、そのくらいの気持ちはある。
注文を済ませて、先に届いたオレンジジュースを飲みながら霞は、「お酒がいいなー」とか言って俺を困らせる。
ちょうど隣のカップルがビールを美味しそうに飲んでいたので、彼女も「帰ったら久々に飲もうかな」なんて言い出す始末。
もちろん俺は「今日はゆっくりしたいから飲み禁止」といって彼女を止める。
口をとんがらせながらも「じゃあいっぱい食べてやる」なんておどける彼女の笑顔がまぶしい。
「おまたせしました」
いつもとは違う豪勢な食事がテーブルに並ぶ。
使い慣れないナイフとフォークで、不器用に肉を切り分けて口へ運ぶ。
「んー、おいしい!やっぱり外食って楽しいよね」
「うん、ここうまいなあ。記念日にはここでお祝いしたいよ」
「じゃあ毎月一度はここに来ることにする?それくらいの娯楽はないとね」
「ああ、いいかもな」
「遊馬の奢りだよー」
「はいはい、頑張りますよ」
俺は霞が大好きだ。
彼女の喜ぶ顔が大好きだ。
たまに拗ねた表情も愛おしい。
でも、また俺の顔を見て嬉しそうにしてくれる、そんな彼女の為に、やっぱり何かしてあげたい。
今はこんなものしか贈れないけど、もっといいものを渡してあげられるように頑張ろう。
「これ、プレゼントなんだけど」
俺がカバンに手を入れた時、なぜか彼女の方から小包を渡された。
「え? だっていらないって」
「ご馳走してもらってるからお礼というか……日頃の感謝というか、だけど」
「……俺も、実はあるんだよ」
俺も小さな箱を。
中はネックレスだ。
「いらないって言ったのに」
「いやいやお互い様だろ。俺だってお前に渡したかったんだ」
「……開けていい?」
「うん。俺も、中を見ていいか?」
二人でせーので箱を開ける。
霞のプレゼントもまた、俺と同じくネックレスだった。
「被ったな」
「なんで発想が一緒なのよ」
「いや、無難なところかなって……」
「でも、デザイン似てるしペアルックみたいだね」
「ああ。うれしいよ」
「私も。ねえ、冷めないうちに食べちゃお。そんで、家で早くつけてみたい」
「そうだな。そうしよう」
気の利いたものでもなく、欲しいものかと言われればそうでもなかったかもしれない。
でも、何をもらうかよりも誰からどんな気持ちでもらうかが、贈り物には一番大切なことだと、こうして彼女からもらったプレゼントの箱を膝に置いているとしみじみと感じる。
幸せな時間だ。
このままずっとこの幸せが、何年も何十年もずっと続けばいいと、テーブルのご馳走を食べながら笑う彼女を前に、それだけを願っていた。
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