第81話 天使の年明け

「あけましておめでとう」


 無事に正月を迎えたのは、二人で暮らすアパートの部屋の中で。

 特番を見ながら気が付けばテレビの中でカウントダウンが始まっていた感じだ。


「なんか、無事に年を越せたな」

「うん。初詣とか行く?」

「寒いからコタツ出たくない。起きてからでいいよ」

「そうしよっか。正月休みも明日まででまたバイトだし、今日くらいはゆっくりしたいね」


 いくらアルバイトと学校との両立で忙しくても、俺たちはすれ違うことはない。

 夜には同じ布団で眠るし、休みが合えば二人でゆっくり過ごすし、友人との付き合いや勉強もうまくやっている。


 大変だというよりはむしろ充実している。

 何もなかった空っぽの時期から比べると随分活動的になったし周りの人間も増えたが、そうやって忙しい日々を送っている方が嫌なことも忘れられるというもの。


 正月の当日は昼まで眠り、ゆっくり初詣に行ってから無事に過ごせるようにとお参りを済ませて、また家に帰ってからゆったりした時を過ごした。



 冬休みはあっという間に過ぎる。

 短いという理由もあるが、それ以上に年が明けてからのスピードはいつもより随分早く感じていた。


 そして三学期。

 卒業式が近づき、三年生の登校が少なくなってくるのを見ると、いよいよ来年は自分たちが受験の年になるのだと、次第にそんな自覚が芽生えてくる。


「結局、進路どうしようか」

「いいじゃんまだ。それより来週、初めて監督するんでしょ?」

「ああ。柳原さんに抜擢してもらって。楽しみだなあ」

「私も来月から時間帯責任者にしてもらえるんだって。高校生では特別らしいわよ」

「はは。給料またあがるな。助かるよ」


 これまで戦ってきたのは自分自身の問題だったり、家庭のことや同級生との話だったけど、これからは大人になっていくうえで必要なこととの戦いだ。


 受験か就職か。さらにその先どういう人生設計をたてていくのか。


 そんな重要な事が来年一年間で決まってくる。

 この一年はまた違った意味で重要な、とても重要な年だ。


 卒業式の準備や受験で騒がしくなる学校の中で、まだその自覚があったりなかったりな俺たち二年生は、まだ先があると安気に構えるやつと、もう時間がないと焦る人間とで別れている。


 俺たちはどうかといえば、日々の生活に追われているのでいつ社会人になっても構わないというつもりで過ごしてはいる。

 ただ、それもまだ若い時分でなんの責任もない立場だからできること。

 このままフリーターの共働きなんかで一生過ごせるほど世間は甘くない。


 東家や天使の家もそうだが、なぜ人が金や権力に執着するのかを考えれば、やはり生きていくうえで金や権力は必要かつ重要なことなのだともわかってはいる。


 あんな悪党たちに学ぶのも変な話だけど、自分がいい思いをするために手段を選ばない様は、ある意味ですごいことだし、生きるということにおいては正しいことなのかもしれない。

 それでも彼らは、他人を犠牲にして、自分だけを正当化した結果でああなったのだろう。

 もっと他人と幸福を共有したり、時には手を差し伸べてあげたりできれば彼らも今頃は普通にいい暮らしをしていたのでは。


 騒がしい学校の様子を感じながら、ふと今まで怒ったことと共にそんなことまで思い出していた。



「なあ、春休みは仕事休めるか?」


 今日は俺が監督を務める日。

 霞もアルバイトを変わってもらって観戦に来てくれるので、二人で朝から出かける準備をしているところだ。


「うん。大丈夫だけどまた実家?」

「いや。東のお見舞いに行こうと思うんだ」

「はあ? どういうことよそれ」


 ずっと考えていたことだ。

 俺は東にしてもらったことは何もないし、何度も被害を受けたわけで、見舞いどころかパンチの一つでも見舞ってやっても罰は当たらないと思う。


 ただ、ずっとそんなことを繰り返していけば、負の連鎖は終わらない。そんな気がした。


 あいつが何をもって俺に対して感情的になったのかは知らないけど、俺はそんな東を心のどこかでバカにしていたのだと思う。

 だからお互い様とはならなくても、素直にあいつのプレーを受け入れて認めて、そんな気持ちがあったなら、もしかしたら結果は変わったのかもしれないと、ありもしない未来を思い浮かべたりもした。


 多分何回生まれ変わってもあいつと親友になることはないけど、甘やかされて狂ったあいつも、学校や社会でもっと違った出会いをしていれば……


 人が良すぎるかもしれないが、こんな気持ちにケリをつけるためにもあいつに会いに行こうと、逃げずにいようと思ったのだ。


「別に慣れあうことはない。見舞いに行ってサヨナラだ。縁を切ってくる」

「ほんと人が良すぎ。まあ、止めてもいくんでしょうし、いいけど」

「すまん。でも、本当にそれで終わりだ」


 早朝のバスに乗り、二人で試合会場を目指す。

 

 途中、朝日が昇るのを見ながら二人で眩しそうに目を細める。

 

「今日、勝ったらご褒美あげるね」

「なんだよそれ。小遣いでもくれるのか」

「残念。お疲れ様の肩もみしてあげるの」

「なんか安くあげてないかそれ」

「もっと素直に喜びなさいよー」

「ごめんごめん。期待してるって」

「うん。がんばってね」


 今日は監督デビュー戦。

 俺にとっては子供のサッカーの監督を務めるだけのことだけど、子供たちはこの試合の為に毎日頑張っていたんだ。

 だから大人の、年上の都合でこの試合の価値を勝手に決めてはいけない。

 彼らにとって、常に最高の思い出になるように一生懸命、全力で向き合ってあげることが俺の役割だ。


 幸いなことに、俺には反面教師がたくさんいたから、こう思えるようになったのだ。

 だからもう恨まない。

 妬んだり、悔やんだりもしない。


 やってきたこと、出会ってきたことの全てがあっての今だから。

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