第68話 天使の居場所

「おかえり遊馬。あら、天使ちゃん先日ぶりね。元気だった?」


 実家に帰省すると、まず母さんは俺よりも霞の方を喜んで出迎えていた。

 彼女が巷で話題になっていることを、田舎暮らしの両親が知ってるのかどうかは敢えて聞かない。でも、心配はしていたようで彼女の顔を見て喜ぶ母親の姿を見ると、こうして抗ってよかったなと、少しだけ救われた気分になる。


「調べたけど学校二学期までないんでしょ?だったらあのアパートは解約して夏間こっちにいればいいのよ。二人の学校が決まったら、それに合わせて家借りた方が効率良いんだし」


 母さんの話は続き、なんなら実家から通える学校に転入すればいいということもあったが、それは霞の方が気を遣ってしまうのであまり気が進まなかった。

 しかしそんな心配をよそに霞は「もしいい物件がなければよろしくお願いしたいです」と、もちろんあまえないためにも最悪の時にはと付け加えたうえでお願いしていた。


 一度店の手伝いに戻っていった母を見送ると、霞はふぅっと息を吐いて椅子に座り込んだ。


「バス、疲れたか?」

「ううん、景色がよくて退屈しなかったよ」

「じゃあ緊張するか?やっぱり二回目とはいっても人の家だし」

「そうね、なんかいい子でいなきゃって思っちゃう」

「はは、母さんの前で煙草吸ったりしなきゃ大丈夫だって」

「もう、そんなことするわけないでしょ」


 部屋でくつろぎながら、長旅の疲れというより今日までの闘いの疲れを癒すように足を伸ばす。


 ふとチャンネルを手にとりテレビをつけると、ニュースが。

 先日の霞の告白動画による影響で、天使父の会社の株価が大きく下落していると報じられていた。


 退任要請も後を絶たず、あいつは完全に世間の逆風に晒されることとなったようだ。


「……またえらいことになったな」

「それだけあの人が影響力のある人だったってことね。でも、腐っても実の父なのに全く心が痛まないのもなんか寂しいものね」


 親子だからどんなひどい状況になっても大概は縁が残るもの。

 それを無理矢理断ち切った彼女の心労は、きっと俺なんかには一生かけても理解できないものかもしれない。

 

 ほんの少しだけ、複雑な表情を浮かべる彼女を見てそんなことを考えていた。


「遊馬、二人で下に降りてきなさい」


 母さんに呼ばれて食堂へ。

 すると昼過ぎの混雑を過ぎた店のテーブルにカツ丼が二つ並んでいる。


「落ち着いたからあんたらも食べなさい。一応、ひと段落ついたんでしょ?」


 悟ったように母さんは俺たちをカツ丼の置かれた席へ連れて行く。

 若いうちは体力勝負だとか急に田舎くさいことを言い出したかと思えば、こっちを見てニヤニヤしてくる。


「なんだよ」

「いやさ、あんたも大学は行くべきだと思うけどそれより早く子供とかできたら私も若くしておばあちゃんだなってね」

「か、母さん変なこと言うなよ」


 勝利の祈願でも、その祝いでもなく、単に精をつけろという意味のカツ丼だとわかると、急に食べる気が失せた。

 霞も、気まずそうに箸を取ってカツ丼を食べるが、母さんのせいで終始無言のままだった。



「あんたら、お風呂入ってきなさい」


 夕方まで部屋でゴロゴロしていると、また部屋の外から母さんの声がする。


 それに返事をするのは霞の方。

 すっかり母さんとも打ち解けた様子で、まるで幼馴染のように勝手に家の風呂に向かっていく彼女を見ると少し嬉しい。


 ……でも、また学校が始まったら、新しい学校で彼女に多くの問題が降りかかるだろう。


 そんな彼女をただ好きだからという理由だけで、なんの力もない俺が守りきれるか不安になる。

 

 部屋に一人残されている間に色々と考えていると、誰かがドアをノックする。


「遊馬、ちょっといい?」

「母さん?なんだよ改まって」


 母さんが部屋に入ると、正面に座り俺を見る。


「天使ちゃんのことはニュースでも見たわ」

「だからなんだよ。今更厄介払いか?」

「まさか。むしろ逆よ、あんたはちゃんと天使ちゃんを守りたいって考えてるかの確認よ」

「確認って……まぁ俺がちゃんと」

「言うだけじゃ守れないわよ。ちゃんと勉強して就職するなり手に職つけるなりして稼いでいかないと。来年卒業したらとか大学出てからとか考えててもあっという間だし」

「そう、だな。うん、ちゃんとするよ」


 霞の事をどうこう言わず、むしろちゃんとしろなんてやっぱり母さんらしい。

 もちろんそのつもりだったけど、そうしなければならないというプレッシャーから逃げたい自分もどこかにはいたと思う。

 でも、義務ではなく俺がどうしたいかをもう一度考え直すことができた。


 そう、俺が彼女を守りたい、支えたいんだ。


「とりあえず、むこうに帰ったら物件見に行くから。次の学校も彼女と一緒のところにするつもりだし」

「そう。アルバイトも勉強もおろそかにするんじゃないわよ。サッカーやってたと思えば楽勝でしょ?」

「ああ。わかった」


 言いたいことを伝え終えると母さんは静かに部屋を出て行った。

 そして廊下の奥で風呂上がりの霞を捕まえて夕飯の支度を手伝ってくれと話している声が聞こえてきた。


 和やかに母さんと台所に立つ霞の様子を時々見に行きながら、やがて夜になり三人で食事にする。

 父さんは飲み会だとか言って出て行ったが、出る前に俺に対して「困った時は頼れ」とかっこいいことを言ってくれた。


「ご馳走様。遊馬、片付けたら何する?」

「そうだなぁ……」


 実家で彼女と色々するのはちょっと気が引けるなと、ふとそんなことを考えていると母さんが「商店街で祭りやってるから行ってきなさいよ」と提案してきた。


 そういえばこの時期、平日から週末まで少し長い祭りもどきのイベントを商店街でやっていたのを思い出す。


「あんた、小さい頃はよく連れて行ってあげたでしょ。天使ちゃんも案内したげな」

「うん。霞、行くか」

「行く。お祭りって私初めてなの、行ってみたい」


 早速俺たちは食器を片付けて、夜の祭りに向かうために準備をすることにした。

 

 


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