第69話 天使の祭り

 夏祭りなんて大層なものではないが、出店があちこちに並んで浴衣姿の男女や親子連れが楽しそうに歩いているだけの、いかにも田舎の祭りといった光景の商店街に、霞と二人でやってきた。


 別に久しぶりの祭りだからとか、人混みだからとかではなく俺は緊張している。

 母さんのお古ではあるが、浴衣姿に着替えた霞がとても綺麗で、ついつい俺は彼女の方ばかりを見てしまうのだ。


「前見ないと危ないわよ」

「わ、わかってるって」

「なに、変かな?」

「いや、そうじゃなくて」

「じゃあ何よ。言って」

「……綺麗だなって」

「ふふっ、ありがと」


 着替える時に母さんは霞の傷を見た。

 しかしそれに対して驚くこともなく、彼女の肌を触りながら「頑張ったんだね」と呟いたのを聞いて俺も霞も少しウルっと来てしまっていた。


 そんな母に見送られて家を出てから、色んな人とすれ違ったが誰も俺のことなんかに気づきはしない。

 つい数年前までは、中学生の俺をみてはサインくれとかプロになれよとか声をかけてくれた人たちの顔も俺は覚えているが、向こうはすっかり忘れている様子。


 まぁ、所詮騒がれていても中学生の逸材なんてそんなレベルなのだろう。

 少し肩の荷が下りたような気分になって、彼女の手をそっと握る。


「ねえ遊馬、私りんご飴食べてみたい」

「あれ、そんなにおいしくないぞ」

「男子は好きそうじゃないけど。でもあれ持ってたらかわいくない?」

「じゃあ買うか。俺はたこ焼きでも買おうかな」

「うん、じゃあよろしく」


 結局お祭りらしいものをということで、りんご飴に綿あめ、アイスクリームと甘いものばかりを買っては食べて、食べては騒いでといった様子の霞を横に置いてうろうろとする。


 つい最近までの騒がしく張り詰めた日常が嘘だったかのように、穏やかな時間が過ぎる。

 

「花火、今日なんだって。見て帰ろ」


 ポスターに書いてある打ち上げ花火の日程が今日だと知り、改めて食べ物と飲み物を買ってから大通りに出る。

 交通規制された道路の真ん中に椅子や敷物を並べて座る人の中に紛れ、俺たちも街路樹の淵のコンクリートに腰かける。


「花火とか初めて。私の住んでたところって都会だったし」

「俺も久しぶりだな。でも花火っていっても大したことないぞ」

「もう、私は楽しいからいいの」

「はいはい」


 俺だって。強がって冷静ぶってはいるものの内心では飛び跳ねるほど楽しいのだ。

 祭りとか人混みとかが好きなタイプではないが、綺麗な彼女を連れて……いや、一緒にいるのが霞だからこそ楽しい。


 俺はこの先ずっと彼女と一緒にいるのかもしれない。

 もしかしたらすれ違ったり、喧嘩したりするかもしれない。

 また彼女の父親や東たちのような連中が俺たちの邪魔をしてくるかもしれない。


 でも、それでも俺は彼女とずっと、これからもずっと一緒にいたいという気持ちだけはずっと、変わらずに俺の中にあるとそう確信できる。


「あっ、花火あがったよ!」


 ドンッ。と胸に響くような音と共に綺麗な花火が空に打ちあがる。

 一斉に空を見上げる人につられるように、俺と霞も空を見る。


「きれい……」

「ああ、綺麗だな」

「うん、なんかいいねこういうのって」

「ああ、そうだな」

「あっ、またあがったよ!わー、きれい」


 最初に会った頃は、お嬢様で俺みたいなやつを寄せ付けないような高嶺の花だと思っていた。

 次に会った時には二重人格のとんでもない奴だと思った。

 知り合ってから話していくと、彼女は強くて真っすぐでそれでいて心の優しい奴だとわかった。


 そして色んなことがあって、俺は彼女を好きだと気づけた。

 彼女も俺のことを好きだと、そう言ってくれる。


 ……いろんなことがあった。

 でも、だからこそ今こうして彼女と綺麗な花火を見上げることができていると思うと、つい変な気分になってしまう。


 後先考えず、なんの計画性もない無責任な、そんなことだとわかっていても言いたい。

 彼女とずっといたいと、それを俺の口から彼女に伝えたい。


「なあ霞」

「ん、なあに?」

「……卒業したら、結婚しよう」

「何それ。プロポーズ?」

「なんだよその反応は。嫌なのか」

「そんなわけないじゃん……嬉しい。うん、いいよ」

「約束な」

「うん。でも、ちゃんと指輪は買ってね」

「わかってるよ」


 こんな言葉だっていざとなれば、大人にかかれば吹いて消えるようなか弱い、頼りないものかもしれない。

 でも、言ったことを果たすくらいの根性は俺にだってある。


 俺の人生の目標だったサッカー選手にはもうなれないかもしれない。

 みんなの特別な存在として、華やかな世界には手が届かないかもしれない。


 でも、霞の特別としてい続けること。

 それはまだ果たせる夢だ。

 そう、まだ夢だ。もっとおれがしっかりして、勉強も頑張ってちゃんと仕事をして、うちの両親のように平凡だけど毎日一生懸命手をとって生きていけるような、そんな人間になることが俺の夢だ。


「花火終わる前に帰るか?終わってからだと混むし」

「やだ。今日は最後までいたい」

「そうか。なら帰りは遅くなるな」

「でも遊馬とならそれも楽しいかな」

「ゆっくり帰ろう」

「うん」


 本来なら夏休みになる前で、こんなところにすらこれなかっただろうが、来れてよかった。

 これからの彼女とのたくさんの思い出の中に、今日という日はずっと残り続けるだろう。


 予想通りの人混みで、家に着いたらもう夜中。

 着替えてから、同じ布団で眠る。


 そんな日常のありがたさを感じながら数日、実家で過ごしてから俺たちはアパートに帰り、そして解約の手続きを行った。


 二学期からはまだ決まっていない新居に。

 そして新しい学校で新しい出会いが待っている。


 でも、その前に。


 夏休みだ。

 

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