第63話 天使の励まし

「閉校?」


 俺たちの通う学校が、突如閉校になるというニュースが流れた。

 もちろんそんな情報は初耳で、俺は天使と顔を見合わせた。


 報道によると、度重なる不祥事に続き、退任となった教職員数名から不当解雇だと裁判を起こされたそうで、学校側も対応に追われているが対処できず理事長が学校を閉める意思を固めているということであった。


「……学校、なくなるのか?」

「そんな……どうするのよ」

「そ、そりゃ転校先くらいなんとか手配してくれるだろ」

「あの理事長がそんなことするかな?息子が退学になったからってもう投げやりなんじゃ」

「……」


 ニュースを見てか、母さんからもすぐに連絡があった。

 心配もしていたが、それよりも学校側から何の説明もないことに対して怒っているというか、最後には「二人ともさっさとやめて田舎にもどってきなさい」なんて言い出していた。

 もちろんその選択肢もあるにはあるが、しかしせっかく俺も天使もこの場所で仕事も含めて居場所を見つけつつあるのに、あっさりとそれを捨ててしまうのもどうかと思ってしまう。


「綴さんにも、何があるかわからないから相談しといた方がいいな」

「うん、今日お店に行って話してみる」


 あんな学校なくなってしまえと、心の中で思ったのは一度や二度ではない。

 しかしいざこうして学校がなくなるかもしれないと告げられると、さすがに戸惑いは隠せないというかはっきり言って混乱している。

 

 ただ、俺たちの力ではどうしようもないことなので、二人とも落ち着かないままではあったが、食事の準備をすることにした。


「……なんか俺達ってこんなんばっかだな」

「でも、原因が私たちにないとも言い切れないし、やっぱり」

「関係ないよ。大人の都合に巻き込まれただけの話だ」


 そうだ、俺たちはどれだけ背伸びをしても高校生だ。 

 だからいくらエラそうにしても結局大人のやることに振り回される。


 でも、そんな甘いことを言ってたって始まらないともわかっている。

 だからもし学校に何かあっても自分たちでなんとかしていく気持ちだけは捨てたらダメだ。


 それに


「まぁ遊馬となら大丈夫かな」


 隣には俺を信じて一緒にいてくれる天使がいる。

 だから俺がしっかりしないと、だな。


「とりあえず、明日学校に行けばわかるさ。それからだよ」

「うん、じゃあご飯食べたら何かする?」

「……したい」

「バーカ」


 呆れながらもキスをしてくれる天使は、いや、もうそんな呼び方はやめたはずだった。

 俺にキスをして笑う霞が俺の沈む気持ちを支えてくれる。

 ただ一緒に飯を食べて一緒に寝て一緒に歯を磨いて風呂に入って。

 こんな日常を守るためにも、また新たな問題と立ち向かわなければならない。



「なんか緊張するな」

「考えてもしょうがないって結論出たでしょ」

「わかってるって。でもさ」

「いけばわかる、でしょ?さっさと行くわよ」


 霞と二人で学校に向かう。

 昨日のニュースを見た生徒は多かったようで、登校中の生徒たちもどこか不安そうな面持ちだ。

 そして正門につくと、新聞記者やテレビ局の人間が群がっており正門を通る生徒に声をかけている。


「なんか大騒ぎだな」

「……本当にここに通うことはもうないのかも、ね」


 少し、いやかなり複雑な気持ちになりながら記者の群れを横目に校舎に向かう。


 皆の不安は大きいようで、教室では早速のように転校先の学校についてなどの話題が飛び交っている。


 騒然とする校内に、やがてアナウンスが響き俺たちは体育館へ。


 そこにはなんとも言えない表情の先生たちが並んでおり、その最前列にはこれまた渋い表情を浮かべた東理事長が立っていた。


 すぐに理事長が壇上に上がると、少し語気を強めながら話を始める。


「わが校は、来週をもって閉校します」

 

 と宣言した後、ざわつく生徒たちのことなど気にも留めず淡々と話を続ける。

 残念だ、遺憾だ、不本意だ。そんな言葉が並ぶだけで先生たちや生徒のこれからがどうなるかという話や心配する言葉は一つもない。


 結局はこの親にしてあの子供というわけだ。

 自分のことしか考えていない東の性格は教育のたまものでも環境の悪さでもなく遺伝のようだ。

 この理事長も立場上紳士的に振る舞っているだけで中身は腐っているのだろう。


 どうしようもない親子だと、呆れていると女子の列で霞も首を傾げている。

 あきれてものが言えないという顔でこっちを見るが、それは俺も同じだった。


 何も先の事がわからないまま理事長の話は終わり、生徒どころか先生も混乱しており自体は収拾がつかず。

 理事長に詰め寄る先生や生徒もおり、その対応に追われているうちに先生の一人が「解散して教室にもどってください」とマイクを通じて呼びかけたところで、俺たちは教室に戻された。



 教室に戻っても授業が始まることはない。

 先生たちも自分たちのこれからで精一杯なのはわかるが、まず学校の生徒に対してどうするかの説明や相談をしてほしいものだと、誰もが呆れている。


「ねぇ、本当にこのまま閉校なの?だとしたらあんまりね」


 隣で天使が言うように、本当にこのままならあんまりだ。

 俺たちは通う学校を失ってこれからどうしろというのか。

 それを自分たちで考えるのが教育だというのなら、あまりにお粗末な話だ。


 昼休みになる前まで先生は来ず、今日はもう帰ろうかなんて話が出始めていた頃に先生が一人教室に入ってきた。


 そして


「えー、皆さんの次の受け入れ先の学校についてですが、こちらで成績などを考慮して検討しました。それぞれにお伝えする時間がないので申し訳ないですが一覧で出させていただきます。皆さん、今日は授業はできませんので帰ってから親とよく相談してください」


 そう言ってプリントを配り始めた。

 クラスメイトの名前と、その横に次の学校名が書かれた紙を見て、皆自分の名前を探す。


 しかし先生がさっさと下校しろと促すので、皆渋々解散となる。

 そして俺と霞も帰り道でそのプリントに改めて目を通す。


 俺は……隣の学校だ。

 というよりほとんどが近辺の学校に割り振りされている。

 しかし天使の名前の横にかいてある学校は見覚えのない学校だ。


「おい、ここって」

「……地元ね。なんで急に閉校になったのかわかったわ。父の仕業よ」

「なんだって?」


 どうやら強行手段に出たらしい。

 霞の父親が彼女を連れ戻すために学校まで潰してしまったというのであれば向こうも本気だ。

 やはり悠長に構えている暇なんてなかったのだ。


「……やっぱり私のせいで」

「こんなことするあのくそ親父の性根が腐ってるだけだろ」

「でも、こうなった以上どうしようも」

「……もういい。俺、あいつと話をしにいく」

「無理よ、ここまでしてるのに」


 霞は暗い顔でプリントを強く握る。

 それを見ると俺の気持ちはおさえられなくなる。


「いや、行くよ。ダメもとだ」

「ダメだったら?」

「……二人で駆け落ちでもするか」

「なにそれ、バカみたい」

「嫌なのかよ」

「んーん、嬉しい」


 プリントをくしゃっとスカートのポケットに入れてから、霞は俺の腕を掴む。


「おい、他の奴らに見られるぞ」

「いいの、見せつけてるの」

「ったく……でも、もうやるしかないな」

「うん、明日、父の会社に電話する。もう、これ以上好きにはさせない」


 俺と天使は多分勝ち目のない勝負だと心の中でわかってはいた。

 それでも、何もせずにただ彼女と引き離されるのを待つか、逃げるようにして暮らしていくのかの二択を強いられるのは御免だと、お互いの意見は合致した。


 大好きな彼女と一緒にいるために、俺は学校すら潰してしまうような相手と、闘わなければならない。

 そう思うとひどく吐き気を催すが、それでも隣で彼女が


「一緒にがんばろ」


 といってくれるので、俺は何とか前を向ける。

 頑張ってどうにかなるわけではないが、頑張るしかない。


 二人で家に帰ってから、あの父親にどう立ち向かうのかの相談を早速始める。


 

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