第28話 天使の週末

 ようやく週末がやってきた。

 うんざりするような一週間だったがそれもようやく終わり、今日は綴さんのいる大学の文化祭に遊びに行くことになっている。


 天使と二人で。


「あんた、この前私が勧めてあげた服はどうしたのよ」

「ああ、そういえば最近着てないな」

「そっちにしろ。あんたのファッションセンスマジでダサいから大学で笑われる」

「わかったよ」


 とまぁ朝から天使のファッションチェックを受けてようやくアパートを出ることに。

 天使は、停学中の身とあってか煙草を買いに行っていた時と同じようなサングラスをかけて変装している。


「なんかそれいかついな」

「子供っぽいとか思われたくないし」

「別に。お前は大人っぽいだろ」

「それ、女子には誉め言葉じゃないから」


 楽しみにしている。とファミレスで言った以降は、彼女の方から文化祭の話をすることはなかった。

 しかし、大事そうにどら焼きの引換券を握りしめている天使をみると少し滑稽だ。


「着いたらさ、まず綴さんらのサークルがやってる教室に行こうと思うけど」

「いいんじゃない?ていうかお邪魔なら別行動でもいいわよ」

「そんなんじゃないって。それとも一人で回りたいか?」

「……好きにすれば」


 天使は窓の外を眺めながら静かになった。

 今日も少しだけ、浮かない顔をしている。


 ◇


「もしもし綴さん。学校の正門につきました」


 とまず。綴さんを呼ぶことにした。

 なにせ大学は広い。広すぎてどこから行けばいいのかわからない上に今日は文化祭とあって大勢の人で賑わっている。


「天使。迷子になるなよ」

「子ども扱いすんな。ビールも飲めないやつが」

「俺が普通なんだよ」


 とかまぁいつもの調子だが、本当に油断すると人の波にのまれてはぐれそうになる。


 少しの間待っているとやがて綴さんがジャージ姿でやってきた。


「おまたせー。ってお連れさん?」

「あ、うんまぁ」

「あららー、工藤君も隅に置けないなぁ」

「そんなんじゃないですって」


 といいながらも天使の方を見ると、なぜか睨まれた。

 怖いよ……


「とにかく二人ともついてきて」


 綴さんの先導で人混みを割きながら敷地の中に入る。


 天使は少し後ろから、きょろきょろとあたりを見渡しながらついてくる。


「ねえ、あの子ってコンビニに来てた子でしょ?」

「ああ、そういえばこの前」

「彼女、でしょ?」

「そんなわけないでしょ。あんな不愛想な奴が」

「でも超美人じゃん。やっぱりスターは連れて歩く女も一流ね」

「おっさんみたいになってますよ」


 むふふと笑いながら俺をからかってくる綴さんは、時々天使の様子まで気遣ってくれながら道案内をしてくれた。


 そしてフットサルコートにつくと、以前一緒に試合をしたメンバーが子供たちに丁寧にボールの蹴り方などを教えていた。


「みんなー、工藤君来てくれたよ」


 綴さんの一声でみんなが俺を見て「おお!」と声をあげる。


「工藤君、来てくれたんだ!ていうかさ、これからデモンストレーションやるんだけど工藤君やってくんない?」

「え、俺が、ですか?」

「だってせっかくなら一流のプレーを見せたいじゃん。せっかくだし、お願い」


 と全員に頭を下げられて、俺は子供たちの前でボールを蹴ることになった。


「というわけだから、天使。どっか行ってきてもいいぞ」

「いいわよ。見てるから」

「そ、そうか」


 あいつに見られているというのは少し緊張する。

 あまりヘマすると後で「へたくそ」とか言われかねないな。


 ……頑張ってみるか。


 ◆


「ねぇ、お名前なんていうの?私は綴カナメ、工藤君とは」

「訊いてます。いつも彼、あなたのことは嬉しそうに話してくれるので」

「いつも……そ、そっか。で、あなたの名前教えてよ」

「あまつか、霞です。天使と書いてあまつかと読みます」

「えー、すっごい可愛い名前!いいなー、それじゃあ工藤君の天使様ってわけだ」

「……」


 工藤は子供たちとリフティングなどをした後で、子供に五人対工藤一人で勝負をしていた。

 もちろん結果は見るまでもなく、次々と子供たちをかわしゴールを決める。


「ね、彼すごいでしょ」

「初めて見ましたけど……うまいんだあいつ」

「何せ天才と呼ばれた人だからね。昔はもっとすごかったんだよ」

「まるで引退したおじさんみたいねあいつ。ま、お似合いか」

「え?」

「なんでもないです。それよりどら焼きどこで売ってますか?」


 ◆


「ふう……」

「お兄ちゃんすっごいよ!どこで部活やってんの?」

「ねえねえもっとリフティング見せてよ!」

「かっけー!今度俺にサッカー教えて!」

「わ、わかったから一人ずつ話せ……」


 柄にもないことをしてしまったようだが、子供たちは喜んでくれている。


 それなりに盛況したし、まぁよかったのかな?


「お疲れ様工藤君!やっぱりさすがだね」

「ありがとうございます綴さん。まぁ、いい運動になりました」


 綴さんがタオルとスポーツドリンクを持ってきてくれた。

 ほのかにいい香りのするタオルで汗を拭くことに抵抗を覚えながらも、遠慮気味に額に滲む汗を拭わせてもらう。


「天使ちゃんも見蕩れてたよー。ね、天使ちゃん」

「やめてください私は別に……」


 天使が。綴さんにからかわれて照れている。

 はは、こいつも大人の手にかかれば子供だな。


「天使、どうだった俺のプレーは」

「……私サッカーよく知らないし」

「そう、だったな。お前は野球だもんな」

「まぁ、すごいとは思った、けどさ……」


 何か言いにくそうにしながら天使は俺に少しだけ寄ってくる。


 しかしその時サークルメンバーの男性陣が天使の姿を見て騒ぎ出す。


「え、この子工藤君の彼女?めっちゃ綺麗じゃん!」

「おいおい、スターは違うなぁ。あー羨ましいわー」

「なんだよー、デートの邪魔しちゃったなぁ」


 と言い出して天使の顔がカッと赤くなる。


 まぁ、照れるのは無理ない。

 俺だって死ぬほど恥ずかしいわけで。


「違うんですよ皆さん。あの、こいつは同級生で」

「はいはいわかったわかった。片付けはやっとくから二人で回ってきなよ」


 結局誰も俺の話など聞いてくれず、綴さんまで空気を読んだように俺と天使を二人きりにしようと、さっさと片付けに行ってしまった。


 というわけで二人取り残された俺たちはやることもなく、お互い気まずいままちかくのベンチを見つけたのでそこに座る。


「はぁ……大学生ってノリだな。ほんと、すぐに人をくっつけたがる」

「ほんと、大学生ってみんなあんなのかしら」

「さぁ。でもあと二年もしたら俺たちもああなるのかな」

「……それより、これ食べる?」


 天使が横から、サッと紙に包まれたどら焼きを出してきた。


「これ、食べかけじゃんか」

「あんたのチケット、預かってなかったし。それに美味いからわけたげる」

「……まぁ、もらうわ」


 カサカサと、紙から出したどら焼きはまだ少しあたたかい。


 それをひとかじりすると、天使がこっちを見ながら


「美味しいっしょ」


 と言って笑う。


「ああ、うまいけど。喉乾くなこれ」

「それ、わかる」

「なんだよ、飲み物買ってないのか」

「さっきコンビニギャルからもらってたでしょ。あれ、私にもちょうだい」


 そう言って、俺がもらったスポーツドリンクを取り上げると天使はなんの躊躇もなく口をつけてググッとそれを飲む。


「はぁー、生き返る」

「口、つけるなよ」

「高校生にもなって間接キスとか気にすんの?まじダッサ。私、そんなの気にしないし」


 と言って天使がペットボトルを俺に渡す。


「あんたも飲みなよ」

「……」

「私が口つけたら飲めないっての?失礼なやつ」

「そうじゃねぇよ」


 ……そうじゃねぇよ。

 単に照れくさいだけだ。

 


 

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