第27話 天使のお誘い
翌日、俺は学校に行った。
相変わらず周囲は好き放題に俺や天使、それに東のことを語っている。
最も、天使も東も学校にはおらず、ノコノコと一人登校している俺に視線が集まるのは必然。
最悪な居心地の学校には俺の居場所なんてなく、昼休みになると屋上まで逃げ出した。
……天使がいないと本当に一人だ。
いつぞやのように空を見上げていると、ちょうど腹が減った頃に誰かが屋上に上がってきた。
「工藤君?」
「どうしたんだ?」
斉藤だ。
俺が煙草を吸った、という話以来こいつも近寄ってはこなかったが今日は何の用だ?
「工藤君。お昼は食べた?」
「そんなこと言いに来たのか?なんの用だよ」
「……ごめん。なんか大変な時に力になれなくて」
「いいよ。どうせ誰かに言われてたんだろ?」
斉藤は教えてくれた。
俺が煙草の件で謹慎をくらっている間に、東が俺のやばい話をしまくっていたそうだ。
俺と仲良くしていると最後にはヤクザにでも連れていかれるような、そんな極端な話だったそうだが、聞くほど鬱陶しくなるだけなので途中で話を聞くのはやめた。
で。斉藤はその噂話にビビっていたようだが、先日の一件で誰が悪いかよくわかったということ。
「やっぱり工藤君とちゃんと話をしたいなって。ほんとごめん」
「いいよもう。でも、俺と仲良くしててもいいことなんかないぞ」
「うん。でもいいんだ。僕もいい加減この学校の雰囲気に嫌気がしてたし。それより天使様、大丈夫なの?」
本題はそっちか。なんてひねくれたりはしないが、やはり天使の事が気になって仕方ないのだろう。さっきまでより斉藤の顔がソワソワしている。
「なんで俺に訊く?」
「え、だって二人は付き合ってるんでしょ?」
「……はぁ!?」
斉藤が。とんでもないことを言いやがった。
聞き間違いにしても笑えない、というか容認すらできないような内容だ。
「え、違うの?」
「んなわけないだろ。誰がそんな話を」
「昨日、工藤君が休んでるのは、きっと天使様のお世話してるんだって。みんなそう言ってたけど」
「……」
まぁ。その話はあながち嘘でもないが一番重要なところが間違えている。
俺はあいつと恋仲なんかではない。
先生といい他の連中といい、一体何を誤解しているんだ?
「あいつとは何もないよ。それよりお前、天使のこと嫌いになってないのか?」
「え、なんで?かっこよかったじゃん天使様」
「かっこいい?」
「うん。もちろん引いてる人もいるけど一部ではかっこいい天使様の株が上がってるよ。それに、悪いのは東君だし」
斉藤の話は本当に意外だった。
天使は、あの上品な立ち振る舞いの中でしか人気者ではいられないと、彼女自身も俺もそう思い込んでいた。
しかし今、あいつが本性を晒したことで新たなファンができたというのだから驚きだ。
斉藤なんかに限っては前よりも先日のワイルドな天使が好みだというのだから世の中わからないものだ。
「だからさ。天使様に会ったら伝えておいてよ。応援してる人もいるんだって」
「……ああ。会うことがあったら、だけどな」
結局そんな話をしていると昼休みが終わり、腹をすかせたまま授業を受ける羽目に。
クラスの連中からの視線は感じるものの、俺と天使のことを噂している様子はなかった。
まぁ俺のいないところで好き放題話しているのだろう。
そんな教室を見渡しながら俺はふと考える。
この中の何人が天使を嫌っていて、逆にどれだけの奴が素のままの彼女を受けいれてくれるのか。
本当にあいつが復学した時に、このクラスは彼女を容認できるのだろうか。
そんなことばかりを考えているとすぐに放課後になる。
さっさとアパートに帰ると、階段に座り込んで天使が缶ジュースを飲んでいた。
「おかえり」
「今日はビールじゃないんだな」
「こんな明るいうちから飲むか」
「暗くなったら飲むんだな……」
相変わらず。赤い髪をサラッとなびかせてふてくされた様子でしゃがみ込む天使はそれでいて今日はいつもより穏やかな表情をしているように見えた。
「学校、どうだったの?」
「ああ。いい話もあったよ。ワイルドな天使様のファンとやらがいるらしいぞ」
「なにそれ、意味わかんないんだけど」
「殴った相手がよかったってことだよ。天使様の右ストレートは悪を挫くだと」
なんていいながら俺はシュッシュとシャドウボクシングをして見せる。
「まじそのキャッチコピーダサいからやめてほしいんだけど」
「だったら学校に戻った時に自分で言え」
「……わかったわよ」
天使はそう言って立ち上がり、階段を昇りかけたところで振り返る。
「ねぇ」
といってから
「今日、ご飯食べに行かない?」
と続ける。
「家で作るのがめんどくさくなったのか?」
「……いいじゃんたまには」
「まぁいいけど」
「なにそれ、むかつく」
といいながら天使は笑う。
最近、表情が豊かになったというか穏やかになったなこいつ。
三十分後に待ち合わせということで、俺は着替えた後で外に出て彼女を待つ。
そして遅れてやってきた天使と一緒にアパートを出てから、どこに行くか相談する。
「近くは嫌なんだろ?」
「別に。もう関係ないからいいわよ」
「じゃあ。ファミレスでも行くか?」
「任せる」
口数こそ少ないが、天使は随分穏やかになった。
あの一件がよかったのかどうかはわからないが、天使も今まで無理していた自分を捨てられたことで肩の荷が下りたというわけか。
そんな時、以前綴さんに言われたことをふと思い出す。
支え。
こいつの支えになる人間が、それでも必要にはなるだろう。
それは……多分俺がやってやるべきなんだろう。
義務、とか義理とかそんなものだとしてもだ。
でも、こいつは手を差し伸べた時にその手を素直にとるだろうか。
「なによボーっとして」
「え、ああすまん」
「もう着くわよ。ファミレスって年齢確認されるんだっけ」
「お前、ビール飲むつもりじゃないだろうな……」
「ふん。いいわよ家に帰ってからやるわ」
ほんとこいつはどうしようもない奴だ。
ただ、こんなどうしようもない奴でもいいところはある。
「で、何食べるんだ?」
「うーん。私はハンバーグにしようかな」
「ハンバーグ好きだなお前……俺はこのどんぶりでいいよ」
店の中で早速食べ物を頼んでいると、天使が俺の方を見て不思議そうに尋ねる。
「ドリンクバー頼まないの?」
「さっさと食べて帰るんじゃあないのか?」
「いいじゃん。せっかくきたんだし」
「まぁ。それなら二つお願いします」
ファミレスでドリンクバーを頼んで、天使と並んで飲み物を取りに行く。
なんてことはない、普通の事なのにこいつといると変な感じだ。
「ここ、コーラないじゃん。まじしけてるわー」
「いいだろなんでも。炭酸ならこっちあるぞ」
やってることは他のカップルと変わらない。
ただ、俺とこいつは皆が勘違いするような仲ではない。
……じゃあ、俺達って一体どんな関係なんだ?
友人、という言い方は無難だが正しいとも言えないし、知人というにはお互い踏み込み過ぎた。
……やはり他人からすれば男女の仲に、見えるのも無理はない、か。
「さてと。明後日はいよいよ文化祭とやらね」
「お前の目当てはどら焼きだろ?」
「ま、まぁそうだけど……」
天使は珍しく言葉に詰まる。
そして下を向いたまま、ストローでジュースを飲もうとしてむせた。
「げほっ、炭酸だったの忘れてた……」
「はは、だっさ」
「あんたにだけは言われたくないわよ」
「はいはい。でも明後日は楽しみだな」
また。俺は楽しみだなどという自分の本音を彼女に晒す。
ただ、もう隠す理由もない。
「……も」
「え?」
かすれるような声で。店内のBGMの音でかき消されるほどのボリュームで天使が何か言った。
「……私も」
「は?」
「私も、楽しみだって言ったのよ!」
「お、おう」
「あ、食べ物来たわよ。さっさと食べましょ」
「あ、ああ」
楽しみと。天使が言って慌てている。
平然と出された食べ物を食べようとして何度もフォークやナイフを滑らせてカチャカチャさせている。
……こいつも少しだけ、素直になってくれたのか。
そう思うと嬉しくて、何も言わずに天使を見ながら食事を愉しんだ。
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