第26話 天使の休息
朝から学校に行く気が一切しない。
理由を並べればキリがないが、一番はやはりあの空気が耐えられないからだろう。
しかし休むことを伝える友人もいない俺は学校の番号を調べて、職員室で電話に出た誰かもわからない先生に今日は風邪で休むと伝えた。
だから今日は休みだ。
それに数日もすれば土日。綴さんの大学の文化祭もある。
もう、あの学校に俺と天使の居場所はないのだとはっきりしている今、楽しみは外に見出すしかない。
しかし、停学処分になった天使の罰はいつ解けるのだろう。
むしろそのあと彼女が学校に通う時の方が心配でならない。
……まぁ、あいつは図々しいしなんとかやるかな。
そう割り切るようにして、俺は朝飯を作る。二人分。
「おい、起きてるか?」
朝食の準備ができたところで天使を呼びにいくと、眠そうな顔で彼女が出てくる。
「おはよ……あれ、学校は?」
「休んだ。行く気がしない」
「あんたも大概ね。ま、いいけど。それで、なに?」
「朝飯食べろよ。二日酔いには味噌汁とかいいんだろ?」
「それ、昨日ほしかったわ……まぁ、いただくけど」
俺の部屋で二人で朝食。
こいつと一緒にこうして飯を食うことにも随分慣れた。
ただ、やはり天使の元気がない。
「学校、どんな感じなの?」
「そいや昨日話さなかったな。理事長が出てきて東も謹慎だとさ。親は案外まともだったよ」
「まともなわけないっしょ。見て見ぬふりができないくらいヤバくなって慌てて火消しなんて、ダサい大人の典型じゃん」
天使は大人というものに対して強い反抗心を持っている。
おそらくだが、それは自身が親に受けた酷い仕打ちからくるものだろう。
ただ、こいつほどではないにしても俺もそういう気持ちが少なからずある。
怪我した時、東の顔色を伺って監督はおろか学校関係者の誰一人として俺の見舞いには来なかった。
それどころか、二学期から登校を始めた時にやつらは転校を勧めてきた。
あれは心配や親心ではない。
目障りだと、そう言いたい様子がはっきりわかるものだった。
口を開けば東君東君。ほんと、あの学校って腐ってるよ。
「そういえばさ、タバコの件で怒られたりもしたよな」
「あれ、多分だけど私でもあんたでもなかったわね」
「え、どうしてわかるんだ?」
天使は少し得意げに笑うと、一度部屋に戻りあるものを持ってきた。
「これ、先生の机に置いてあったから連れて行かれた時にパクってきたのよ」
と言って見せてくれたのは一枚の手紙。
そこには『二年二組のA.Kが屋上で煙草を吸っていた。』と書かれているが、二組の二の字が明らかに変だった。
「お、おいいいのかこれ……」
「いいのよ。それより、後から一本線を付け加えてるでしょ?これ、実際は二年一組よ」
隣のクラスのメンバーなんて俺はよく知らないが、そのイニシャルのやつに心当たりはあった。
「あずま、かずひさ……か」
「だと思う。女子にも一人いるけど多分違うし、アイツタバコ吸ってるって噂は聞いたことあるから」
「……じゃあ誰がこのメモを?」
「恨み持ってるやつは多かったんだし、その中の誰かでしょ。それより問題は、これを先生の誰かが私かあんたのせいにしようとしたってことよ」
天使は。少し呆れた様子でそう語る。
「まさか」
「そのまさか。こうなると狙いはあんたの方かもね。だから元々入った学校が悪かったのよ、私たち」
語りながら天使は、少し落ち込んだ様子で視線を落とす。
なんでこんなことになったんだろうと呟くと、はぁ……と深くため息をついた。
「停学、いつまでなんだ?」
「とりあえず一週間してから連絡するってさ。でもさ、行くと大騒ぎよね」
「まぁ、既に天使ロスとやらで発狂してる男子が大勢だからな」
「はは、いい気味だわ。あいつらマジきもいし」
時々天使は笑う。
しかし、どこか覇気はなく目がどんよりとしている。
「とりあえず大人しくしとけってことか。やっぱり外出禁止か?」
「それは言われてない。だからまぁ、文化祭に行くのは大丈夫かな。ていうかどら焼き食べたいし」
「あれを好きだっていう女子は初めてだけどな」
「人の好みにケチつけんなバカ」
そう言って天使は、今度は少しだけ明るく笑う。
結局休んだところでやることもなく、お互い目をつけられている身分なのでどこかに行くのも難しく部屋でテレビを見ることに。
「へぇ、今ってお昼こんなんやってんだ」
「そういえばさ、テレビないとか珍しいよな」
「買う金ないし。携帯で精一杯」
「あ、すまん」
「いいのよ。流行りの服とか、みんなに合わせるために買ってたし自業自得。もう必要ないけどね」
「まぁ、別にスウェットでもいいんじゃね?ヤンキーっぽいし」
「私はヤンキーじゃないわよ」
とまぁしばらく会話をしたあと、今度はじっとテレビを見ていた。
昼過ぎになると、また腹が減る。
ただ、俺も天使も食材をあまり買ってなくて仕方なくコンビニに行くことにした。
「なんか買ってくるから。弁当でいいか?」
「私もいく」
「いいって別に」
「あの店員に私といるところ見られたくないんでしょ」
「……違う。それに平日は夜しかいないって」
「知ってるんだ、キモ」
「……うるさい」
結局二人でコンビニに行くことになったが、まぁ綴さんは今の時間帯はいないはずだし問題はない、か。
そう思って店に入ると、まさかの綴さんがカウンターに立っていた。
「いらっしゃい……って工藤君?今日学校は?」
「あ、いや今日はたまたま休んでいい日で……それより綴さんこそなんで」
「私は今日授業ない日だし。それよりなんかあった?」
綴さんが俺に質問を浴びせてくる。
しかし隣にいる天使の存在に気づいて遠慮気味になる。
「あ、ごめんお連れさんいるのに」
「い、いえお構いなく」
綴さんも気まずそうにして裏に行ってしまった。
そして天使もまた、ずっと無言のまま自分の弁当をさっさと買っている。
俺も慌てて弁当を選んで、綴さんにレジをしてもらう。
「ちゃんと学校行かなきゃだよー」
「明日からちゃんとしますって」
「そんなんじゃあ大学いけないぞ」
「そう、ですね、はい」
先に買い物を済ませた天使が外でイライラしながら待っているのを横目で見ながら、少しだけ綴さんと話をして店を出る。
「おまたせ」
「いつもあんな感じなの?」
「え?まぁ……そうだな」
「ふーん。迷惑な客ねあんたって」
帰り道。
天使はぶら下げた弁当をプラプラさせながら少しつまらなさそうな顔をしている。
「まぁ、あの人俺のファンだったらしくてさ。よくしてくれてるからな」
「フットサルもあの人の関係でしょ?」
「そうだな。楽しかったよ」
「ふーん」
天使は口を少しすぼめる。
今日はあんまり噛み付いてこないが、やはり停学中とあって気分がのらないのか。まぁ、当然だな。
結局、当たり前のように俺の部屋に行きいつものように二人で弁当を食べる。
「文化祭ってあの人どら焼き焼くだけ?」
天使が食べている途中に聞いてくる。
「フットサル教室みたいなのもするって言ってたな」
「へぇ。それであんたも出るんだ」
「言われてはないけど、そんな流れになりそうだな」
「ふーん」
今日はやけにふーんと言うことが多いな。
まぁ、俺の知り合いの話を聞いてもつまらないだろうけど。
「じゃあ、工藤君のサッカーしてるところ見れるんだ」
「まぁ、そんな大層なもんじゃないぞ」
「別に期待なんかしてないけど」
「それはそれで腹立つな」
「だって大層なもんじゃないらしいし」
「……まぁ、そうだな」
ほんと、自分で謙遜しておいてって話だ。
今の俺は大したものではない。
というより、そもそも俺は大した人間じゃない。
少し、ボールを蹴るのがうまかっただけだ。
そう。誰かの為に本気で怒ったり泣いたりできるような大層な人間じゃない。
そう思うと、今までサッカーに縛られていた自分がちっさく思える。
「天使……週末、楽しみだな」
思わず言った。本音を。
いつもひねて建前で済ませようとする俺だったが、初めて人の前で本音を言った気がする。
少し恥ずかしさはあったが、それでも天使を見てそう話すと彼女の方が目を丸くしていた。
「楽しみ、なんだ。やっぱ、あの人がいるから?」
「なんだそれ?一緒に出かけるのもいいなってことだよ」
「……そっ、か」
天使はそのあと、静かに自分の部屋に戻っていった。
俺も、少ししてから随分照れ臭いことを言ったと自覚して忘れるように夕寝した。
でも週末は
楽しみ……だな。
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