第25話 天使の二日酔い
天使霞、停学処分。
このニュースは翌日の学校を賑わせるには十分すぎる話題だった。
昨日は事件直後とあってか皆ショックで黙りこんでいたが、一夜明けた今日は噂も噂、道聴塗説の嵐であった。
「ああ、天使様が……あんな野蛮女だったなんて」
「天使様って地毛とか言ってたけど、あれ実は染めてたらしいわよ」
「なんかさ、ヤクザの娘って私訊いたんだけど」
あることないこと、というよりほとんどデマに近いものまで皆が一斉に噂を拡散している。
逆に停学処分でよかったのではないか。
今日学校になんか来ていたら、あいつやけ酒どころか精神崩壊してしまう。
それくらい嘘と噂に満ち溢れた学校の雰囲気は醜悪だった。
ちなみに昨日、天使が眠った後も俺は彼女の部屋にいた。
俺が出て行くと鍵がかけられないし、仕方がないのでそのまま床で眠って彼女の部屋で目を覚ます。
朝になってもあいつは死んだように眠っていたので起こさないように出てきた。
鍵は結局開け放しだが、朝なので心配はないだろう。
俺は俺で今まで通り誰とも話すことなく無視されている。
天使の一件も、なぜか俺の差し金だとか言い出すやつまでいる。
ほんと、こいつらは脚本家にでもなった方がいいのではと皮肉を言いたくなるほどに良くできた話がずらりと並び、すっかり俺は学年のヒールになってしまったわけだ。
そんな中で気になることを話している連中がいた。
「東君、昨日の件で謹慎になったんだってさ」
「え、なんで?殴られただけなのに?」
「さぁ。でもさすがに先生たちも目に余ったのかもな」
東が謹慎になった。
殴られて入院とか、けがで欠席とかではなくて謹慎。
それが本当なのかどうか、確認するまでもなく昼休み後の全校集会でネタ晴らしが行われた。
この日は珍しく理事長があいさつに来たということで体育館に全校の人間が集結。
先生たちも緊張した面持ちで直立不動。生徒も何事かと戸惑っていた。
そして壇上に姿を現したのは東の父親。この学校の理事長である
「皆さん」
と渋い声がマイクを通して体育館に響く。
そして
「この度は、大変申し訳ありませんでした」
と、続けた。
頭を下げた後の彼の話をまとめるとこうだ。
自分が海外に行っていて目を離していた間に息子が数々の問題を起こして迷惑をかけたうえ実害を受けた生徒まで多数いると訊いたことへの謝罪。
そしてそれを受けたうえで息子を謹慎処分、ひいては退学まで考えているというのだから驚いた。
こんな個人的な話を全校の前ですること自体が恥ずかしいとも語る彼は、学校をよくするために注力すると誓い、難しい言葉を並べてスピーチを締めた。
正直に言えば、なんだよその今更話は。と思ったのが最初の感想だ。
息子の不始末を親が。なんて話は美談ぽくて気持ち悪い。
あいつのやったことはあいつ自身でしか、いやあいつ自身でも償えないことだってあるのだというのに、まるで親が頭を下げているから許してくれと言っているようにしか俺には見えない。
だからくだらない茶番だと吐き捨てていた俺だったが、学校の空気だけは少し変わる。
「おい、東君も終わりだな。親父に見捨てられたぜ」
「あーあ、めっちゃ媚うってたのに大学推薦なしかよー」
「それそれ。メリットなしであんなクズと誰がつるむんだって話だよな」
ほんと、高校生の掌ってクルクルしすぎて取れてしまいそうなくらいによくひっくりかえる。
東の株も完全に暴落。天使信仰も完全になくなった。
案外これで普通の学校に戻るのではないかと期待したが、リーダー気取りな奴は次から次へと沸いてくる。
どうやらサッカー部の一人、筒井というやつが早速幅を利かせているそうだ。
どうでもいい話だけど。
俺は何も変わらない学校にうんざりしながら授業も全く耳に入らないまま放課後すぐに家に帰る。
一応、ではあるが天使の様子を確認しようと俺はチャイムを鳴らす。
すると二日酔いで青ざめた天使が、ぼさぼさの髪のまま玄関に出る。
「あー、おかえり」
「大丈夫なのか?」
「あだまいだい……なんか水とか買ってきて」
「はぁ……わかったよ」
全くの別人みたいになっていた天使は目の周りも真っ黒で、おそらく吐いたのだろうげっそりとやつれていた。
俺は水を買いにコンビニへ。
もちろん綴さんが働いていた。
「あ、お疲れ様。この前はありがとね」
「こちらこそ。すみません二日酔いに利く飲み物とかってあります?」
「え、お酒飲んだの?ダメだよ未成年なんだから」
「いや俺じゃないんですよ」
「あ、そうびっくりした。うん、ちょっと待ってね」
綴さんはすぐに栄養ドリンクを一つ持ってきてくれた。
「これ、私たちも飲み会の後でよく飲むんだけど利くよー」
「未成年はお酒ダメなんじゃなかったんですか?」
「あはは、大学生はおっけーなんだよ少年」
「いや普通にダメでしょ」
今日は夕方なのにコンビニも随分暇そうだったので、綴さんとつい喋りすぎた。
「あ、そろそろ戻りますね。すみません仕事中に」
「いえいえ。それより二日酔いの人って女性?」
「え、ま、まぁ」
「ふーん。うん、わかった。文化祭絶対きてね」
綴さんの質問はどういう意味だったのだろう。
男女で効果に違いがあるとか、そういうことなのか?
購入した栄養ドリンクを眺めながら俺は首をひねる。
そしてアパートにつくと、もう一度天使の部屋を訪れる。
「買ってきたぞ。水と栄養ドリンク」
「うん……気持ち悪い」
「はぁ。慣れないことするからだよ。とりあえず飲んで寝ろ」
「腹減った……なんか作って」
「なんで俺が……インスタントでもいいか?」
「任せる……」
すぐに湯を沸かし、カップ麺を出すとうまそうにそれを食べる天使が一言。
「美味しいものね、インスタントでも」
なぜかは知らない。
後にも先にもわからないし知ろうとも思わない。
ただ、俺はそんな彼女を見て無性に愛おしくなっていた。
泣きそうだった。
ただ、もちろん何も言わずに彼女が、ずるずると音を立てながらカップ麺を啜るのをじっと見て。見届けてから部屋に戻った。
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