第13話 天使様は素直じゃない
日曜日という響きが俺は嫌いだった。
朝から晩までずっと練習、それか試合や大会などプレッシャーのかかることばかりでいつも休日の前は憂鬱になったものだ。
ここ一年、そんな苦痛から解放されたことで少し考え方は変化する。
毎週何もしなくていい日がくるなんて、まるで夢のようで退院した後はしばらくその退屈を愉しんだ。
もっとも、退屈なことに変わりはなく見れなかったドラマやアニメを見尽くすまでに大した時間はかからなかった。
その後はやはり憂鬱になる。
誰と何をするでもなくボーっと時間を食いつぶすだけ。
それが嫌で出かけたコンビニで綴さんから話しかけられた時なんて、戸惑いもあったが嬉しかったものだ。
そんな憂鬱な日曜日に俺は一人で買い物に出かけている。
目的は天使へのお返しの品を買うため、だ。
随分ピンポイントで俺に必要だったサポーターをくれた彼女へ、それに見合うだけのものを返したいと久々に頭を悩ませる。
禁煙に苦しむのなら禁煙グッズを、なんて発想はもちろん発想の段階で消える。
そもそも俺も高校生、禁煙グッズなど買えるはずもない。
じゃあ最近の女子が喜ぶものものは何かとも考えたが、あいつは一般的な女子とは一線を画す。
優等生を演じる喫煙少女(最も、今は元喫煙者といううべきだが)という吹っ飛んだキャラを持つ彼女の趣味趣向なんてわかるはずもない。
だから悩む。どうすれば喜んでくれるかとまではいかなくともせめて渡すのであれば気の利いたものにしたいというのは俺のエゴである。
そして手詰まりになった。
ネットで調べても店を回っても何もアイデアは沸いてこない。
歩き回ったせいで疲れた。
もう昼だ、腹も減った。
ショッピングモールのゲームセンターにある椅子に腰かけた俺は、最後の手段として、最初から頭にはあったものの使いたくなかった方法をとることにした。
「もしもし、工藤君どうしたの電話なんて」
「すみません綴さん、まだバイト中ですか?」
「ちょっと前にあがったとこ―。なになにお昼のお誘い?」
「え、ええと。まぁ」
「オッケー、今どこ?そっちまで行くから」
綴さんを呼び出す、なんてつもりはなく電話でさりげなく女子の好きなものを聞くだけのはずだった。
ただ話の流れでそうも言えず今から彼女とランチになる。
モールの中にあるフードコートの前で、俺は彼女と落ち合った。
「お待たせ」
「いえ、急にすみません」
「いいのいいの、それより私ドーナツ食べていい?」
「ええ、俺もそうします」
二人でドーナツと飲み物を買ってから席につく。
すると彼女が俺の顔を見て話す。
「今日は何の相談かな?」
「え?」
「顔に書いてる。悩んでますって」
「……すみません」
「いいのいいの、わかってて来たんだから。サッカーのこと?」
「いえ、実は」
俺は随分回りくどい相談の仕方をしたと思う。
知り合いに女性にプレゼントをしたい奴がいるという話から始まり、そのプレゼントを代わりに買ってきてくれという依頼を受けたなんて嘘を交えながら今時の女子高生が何をもらったら喜ぶのかについて彼女に訊いた。
「ふんふん、つまり工藤君はプレゼントを渡したい人がいるってことなのね」
「だから俺の話じゃないんですって」
「はいはい、そういうことにしておいてあげる。で、何をあげたら喜ぶか、ね」
「すみません、その相手は誕生日でもないし彼女でもないし、でもいいものをもらったからお返しに何か喜ぶものを渡したい、というだけなんですが」
「うーん、そうねぇ」
食べかけのドーナツを置いて少し眉間に手を当てながら、どこかの探偵が推理するようなポーズをとって彼女が唸る。
そしてすぐに「あっ」という声と共に俺にあるものを提案する。
「ブレスレットとかどうかな?今ね、うちの大学で女子に流行ってるんだー」
「アクセサリーって重くないですか?」
「指輪じゃないんだし、それにサイズもそんなにないから渡しやすいと思うよ」
「ブレスレット、ねえ」
「それに、プレゼントなんて何をもらうかより誰からもらうか、だよ」
「……」
相談したもののイマイチ乗り気になれないのは別にその提案が的外れだったからではない。
ただ、ああいうものはある程度好意を持った人間に対して送るものだと、俺は思っている。
だから少し気が重い。
それに、誰からもらうかという部分はもっと引っかかる。
俺からの贈り物なら、なんであってもあいつは首を傾げること間違いなしだ。
「でも、他に思いつかないんでしょ?」
「え、ええ。そう、ですね」
「じゃあ決まり!早速買いに行こ!」
即断即決は、男より女の人の方が優れていると俺は思う。
あれこれ悩んで結局決められない俺にかわって、彼女は予算通りのものを俺に勧めてくれた。
特にデザインなんて気にはしなかった。
シンプルなシルバーのブレスレット。
これなら男女問わず誰がつけても違和感がないというものを無難に選んだ。
小包にシンプルに包装してもらうようにして、もちろん宛名なんかはつけない。
ただのお返しがこれ以上仰々しくなってしまうのは避けたかった。
しかし店員がイニシャル入りがあると提案してきた。それを聞いた綴さんが「どうせなら入れてもらおうよ」と言ったが俺は断った。
まぁ、それは言わなくてもわかってほしいところである。
「よし、買えたね。うん、絶対喜ぶと思うよその子」
「さぁ、俺は知りませんけど。でもありがとうございます」
「いいってこと。じゃあ来週の休みは約束のパフェ、ご馳走になろうかな」
「ええ、何杯でも食べてください」
「そんな大食いじゃないですよーだ」
帰り道、綴さんと喋りながら来週の約束をした。
休みなんて退屈で憂鬱なもの。そんな俺の考え方もまた改めなければならないようだ。
「じゃあね工藤君、ちゃんと渡すのよ」
「ええ、ありがとうございま……俺じゃないけど」
「あはは、強がるー。でも、そういう工藤君も面白いね」
「……また連絡しますね」
たった三つしか変わらない、とはいっても高校生と大学生の違いは大きい。
彼女は大人、俺は子供だ。あんな下手な嘘なんて見透かされているのだろう。
それでも綴さんに、どうしても女子にプレゼントを贈るなんて思われたくはなかった。
なぜかと聞かれればわからない。きっと恥ずかしかったのだろう。
一旦部屋に戻って俺は天使に今日買ったものを渡すタイミングを考える。
今は日中だし友人に誘われてどこかに出かけているかもしれない。
よし、夜にしよう。夜ならこっちから出向かなくても向こうから「今日なにしてたのよ」なんて言ってくるだろうし。
決して問題を先送りにしたわけではない。戦略的撤退だと言い聞かせて俺は夕方ひと眠りすることにした。
目が覚めると夜だった。
昨日の疲れが残っていたのか、少々寝すぎたようだ。
時刻は夜九時、もうあいつは家に帰ってきているのだろうか。
さすがにこの時間に女性の部屋を訪ねることには抵抗があったが、いつまでも持っておくことにも抵抗があり、天使の部屋を訪ねた。
「はい……こんな夜に何?」
「いや、ちょっとさ……」
何を緊張することがある?ただ、もらいっぱなしは嫌だからと渡したらいいんだ。そして今度こそお返しはいらないと言えばいい。
ただ、それだけのことだ。
「どうしたのよ、気持ち悪いわね」
「……これ」
「……なによこれ」
「サ、サポーターのお返しだよ。これでチャラだ」
チャラ、なんて言葉は本来使いたくなかった。
全て清算してしまうような、そんな言葉を選んだのは俺の語彙力のなさだ。
「ああ、そういうこと。で、なんなのこれ?」
「大したもんじゃない。部屋で一人で開けてくれ……っておい」
俺の言葉など聞かずに包みの紙を雑にびりっと破って中の箱を彼女が開ける。
「ふーん、こういうのが趣味なの?」
「ち、違うたまたまだな」
「まっ、くれるってんならもらっておいてあげる」
「……ああ、そうしてくれ」
俺はそのまま部屋に戻った。
天使は、喜んでいたのだろうか?いや、別にそうでなくてもいいのだが少々的外れだったのかと思うほどに淡々としていた。
プレゼントを献上していた全校生徒に対して思っていたことがブーメランみたいに俺に刺さる。
結局相手が喜ばない贈り物なんて、いつかゴミになるだけ。
そうわかっていて、なぜあんなものを渡したのか。
いや、いらないならせめてその辺のリサイクルショップにでも売ってくれ。
その日の飯代くらいにはなるだろう。
翌日、家を出る時にゴミ捨て場を見てみた。
どうやらまだ俺のお返しはゴミにはなっていないようだった。
だから何だという話、ゴミ箱にツッコまれて処分を待っている状況かもしれない。
まぁ、あげたものだ。あいつがどうしようと勝手だ。
なんて思っていると正門の前で天使とばったり会った。
「おはよう」
「おはよう、誰か待ってるのか?」
「ええ、呼び出されてね。この後告白されるんでしょうけど」
「……そんな一大事にしては冷静だな」
「だって断るもの。絶対に」
「……そいつに同情するよ」
「ふん、素直に喜べば?」
「なんで俺が」
なんて話の最中に、俺はチラッと彼女の手首を見た。
しかし袖に隠れてよく見えない、偶然右手の袖口は見えたが何もついていない。
別に期待はしていなかったが、やはり送る品を間違えたのではという後悔くらいはあった。
どうせならもう少し使えるものにすればよかったのかもしれない。
大体あの女が人の贈り物を身に着けるなんて考えが甘かった。
やれやれと教室で一人窓の外を見ていると、やがて教室の入り口の方が騒がしくなる。
「天使様、そのブレスレットどこで買ったのですか?素敵」
「天使様が身に着けると宝石のようですわね」
取り巻きが褒めるそれは彼女の手には巻かれていない。
しかしよく見るとカバンにそれがぶら下がっている。
そして俺を見つけるとすぐにそれを外してカバンに放り込んでいた。
あれで見つかっていないつもりなのだろうか?
素直じゃない、というよりやっぱり詰めが甘いんだよ、バカ女……
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