第14話 天使様の名前
素直に嬉しいなんて感情は、贈り物を使い方はともかく使用してくれていたら誰でもそう思うはず。
だから俺も嬉しいとは思っている。
ただそれだけだ。
「ねぇ工藤君、天使様今日もきれいだよね」
斉藤が今日も元気に天使様を崇めていらっしゃる。
まぁ、綺麗なのは認めるところだが、それはあくまで外見の話。
内面はやはり歪に絡まった針金のよう。触るな危険、だ。
「ああ、そうだな」
「そういえば天使様と工藤君、仲いいの?」
「は?なんで」
「だって今日正門のとこで二人で話してたから。すごく仲のいい空気っていうかさー」
「そう思うのなら一度眼科を勧める。あと精神科もな」
俺とあいつが仲がいい?冗談じゃない。
ただ、家が隣で席が隣というだけだ。
まぁ、あいつの秘密を知っているという意味では確かに他のクラスメイトとは一線を画すものかもしれないが、だからお前たちより俺の方が親密だ、なんて考えは持ってはいない。
むしろその逆ですらある。
俺になら何をどう見られてどう思われてもなんとも思わない。
あいつのことだ、そんな考えくらいでしか俺の事を見てはいないだろう。
今日は朝から自習だった。
最近やたらと職員会議が多い気がする。
一体何をそこまで話すことがあるのか。
まず生徒の教育のため、授業を滞りなく行うことが最優先ではないかと思うが、それ以上に話さなければならないことがきっとあるのだろう。
などと考えながらも自習になり気楽なクラスは天使様を中心にして騒がしく浮足立っていた。
その時、急にガラッとドアが開いて「席につけ」と先生がやってくる。
慌てて定位置に戻る皆の様子をしばらく見守った後、教壇に手を置いた先生が、神妙な面持ちで話を始めた。
「校内で、煙草の吸殻が発見された。先生の中に心当たりのある人間はいない。だとすれば生徒の中に校内で煙草を吸った人間がいるというのが先生たちの見解だ。何か心当たりはないか?」
これはまずいことが起こったと、そう思った割には意外と俺は冷静だった。
まず俺が考えたのはそれがいつの事なのか。
天使は煙草をやめて結構経つはず。だとすればこいつの線は薄い。
それに違和感もあった。どうして先生は自分たちは違うと言い切って、生徒の仕業だと決めつけるのか。
嘘発見器にでもかけて聞き取り調査でもしたのか?絶対ないだろう。
こういうところが大人の嫌な部分だと、俺は辟易する。
しかし実際、校内で煙草を吸っていた人間を俺は知っているので、そういった意味ではこの先生たちの推理は当たっているわけだが。
「どうした、何もないか?ならいいのだが、仮に見つかったら謹慎処分は免れない。全員、注意するように」
先生がそう言ってからこの話は終わった。
少しざわつきだすクラスをまた「静かに」という言葉で鎮めた先生は淡々と、まるで何事もなかったかのように授業を始めた。
学校の中で煙草を吸うなんて馬鹿な真似、天使の他にするやつがいたんだなと思いながら天使の方をチラッと見ると、顔が真っ青になっていた。
気にしている?というよりは焦ってすらいる。
まぁそれは当然も当然、事実こいつは煙草を吸っていたのだからな。
しかし用意周到、完璧人間を自称する彼女が焦るということは、何か自分の中で見つかるかもしれないという心当たりがあったのだろうか。
……本当に禁煙しているのか、ちょっと聞いてみる必要があるな。
不本意ではあったが、俺は彼女にメモ書きを一つ渡した。
すごい剣幕で睨まれたが仕方ない、連絡先も知らないのだからこうするしか伝える方法がない。
メモにはこう書いた。『昼休みに屋上にこい』
まるで果し合いでも申し込むようなぶっきらぼうな書き方だったが、それしか思いつかなかった。
そして昼休みに、俺は屋上で待った。三十分くらい待ってから、天使がやってくる。
「なんなのよ、喧嘩でも売る気?」
「お前、煙草もう吸ってないよな?」
「ふーん、疑ってるんだ。でも残念、もう吸ってないわよ」
「そ、そうか。いや、ならいいんだ」
「私もちょっとドキッとしたけどね。やめて正解、危なかったわね」
「感謝しろよ」
「あなたに何かしてもらった覚えなんてないわよ」
この口ぶりだと、どうやら嘘を言っている様子でもない。
よかった、というのも変な話だ。
本当はやってしまったことへの罰は相応に受けるべきだと、そう思うのが俺だからだ。
ただ、彼女が罰せられて欲しいかという個人的な感情は別だ。
優等生になるために築き上げてきた全てを失ってしまう天使の姿は、見るに耐えない。だから見たくはない。
「じゃあ用事は終わりだ。それだけだよ聞きたかったのは」
「あ、そ。まぁそんなところだとは思ったけどね。じゃあ、失礼するわ」
言うと彼女はさっさと出て行った。
俺は少し風に当たってから遅れて教室に戻り、席に着いた。
もう煙草の話は終わったと、俺の中ではそう思っていた。
しかし午後のホームルームの時にまた先生が話題をそれに戻す。
「今日の午後、匿名で職員室に手紙が届いた。内容は」
内容は『二年二組のA.Kが屋上で煙草を吸っていた。』と書いていたそう。
その時クラス中が一気に振り返ったのがあまりに揃いすぎていてゾッとした。
皆が見たのは、そう。天使だ。
このクラスで、そのイニシャルを言われて皆が一斉に思いついたのは
そりゃそうだ。他にいないし、あまりに彼女の名前だけは皆が毎日耳にしているところ。
そして天使を見ると、彼女は俯いたまま黙っている。
その様子を察してなのか「前を向きなさい」と注意を促す先生は、言いながらも視線を天使に向けている。
彼もまた、天使を疑っているようだ。
匿名の怪文書とはいえ煙草の吸殻が見つかった直後のことで、信憑性がないものと断ずることはできないのも当然である。
「……」
皆が天使に注目をしている。
まさかあの優等生が?という疑問の目がほとんどだがそれでももし天使がそれを認めたら、いやこうして疑われているだけでも優等生としての彼女にはかなりの痛手に違いない。
「天使、ちょっといいか」
先生がそう言った。
もう彼女が犯人だと決めつけたようなその言い方は、たとえ彼女の容疑が晴れたとしても今後に支障をきたすだろう。
……A.K ね。
ああ、めんどくさい。本当にめんどくさいし嫌な役回りだ。
あまつか、かすみ。
あすま、くどう……か。
イニシャルを彫る彫らないなんて昨日の話がなければてっきり見過ごしていたと思う。
俺と同じイニシャルの入ったそれをあいつに渡すのが恥ずかしい、なんてくだらない羞恥心を持ったのが運の尽き、かな。正確には逆なのに。
うちの親もさ、なんで遊馬って漢字をあすまと読んだかなぁ全く……
「すみません、それ……俺です」
学校で挙手をして授業中に立ち上がるなど、小学生の頃にだって記憶にない。
ただ、今はこうする他に思いつかなかった。
俺は集めたくもないクラスの注目を一身に受けながら、先生についていく。
これでいい、俺だって屋上で煙草吸ったことはある。
だから嘘ではない。
やってしまったことへの罰を受ける。ただそれだけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます