第15話 天使様の施し
悪いことをした。
だから怒られる。
普通のことだし、それが正しいと俺は思っている。
俺は校内で煙草を吸った。
だからいつか誰かに叱ってほしかった。
そんなところだろう。
そうでなければあんなことはしなかった。
いや、する意味がない。
だからこれでよかったのだ。
「おい、聞いてるのか工藤!」
「すみません、反省してます」
いつ、何本吸ったかなんて覚えていないことにした。
そんな言い方をすれば常習犯だと思われても仕方ないのだが、そう言わざるを得なかった。
結局数時間に及ぶ説教の先にあったのは謹慎処分だった。
まず三日間、その間に反省文を書いて提出すれば許してくれるそうだ。
学校を休める口実ができた代わりにいらぬ宿題が課せられた、というくらいに考えればそう悲観することでもない。
しかし親に報告されたことは少々痛かった。
すぐに学校の電話を使って話し、散々なまでに説教をされた。
というところで短い連休のスタートだ。
早退させられた俺は平日の昼間から部屋のベッドに横になりテレビを見ている。
本当は買い物にでも行きたいところだが、外出禁止と言われたのでそれは難しい。
外で見かけたら謹慎期間が延びるそうだ。
全く、どうやって飯を食えと言うのだ。
こういうところがマニュアルで動いている大人方の浅はかな部分というか、浅知恵というか、融通がきかない。
まぁいい、今は食欲もないし部屋でゴロゴロしよう。
夜中にでもコンビニに行って何か買おう。
そう思っているうちに少し眠くなった。
少し夢を見た。
サッカーを続けている自分が高校総体で活躍し、テレビに映っているのを客観的に見ていた。
画面に映るのが俺だとして、じゃあ見ているのは誰だ?
無論、俺なのだろうからむしろテレビの向こうにいる奴こそ誰だと疑うべきか。
なんでこんな夢を見たのかは知らない。
ただ、気づけば夕方になっていた。
「……未練、あるのかな」
独り言なんて気持ちの悪いものを吐いてしまった。
サッカーに未練はないなんて、そう断言できるまでにはもう少し時間が必要なようだ。
過去の傷は、ある程度は治る。
ただ、ある程度治ってからはそれと付き合っていく努力をしなければならない。
それを放棄してここまできたのだから、こんな夢を見ていちいち落ち込むのも当然だ。
……にしても明日からの三日間なにしようか。
DVDを借りに行くにしても外出はできないわけだし。
ああ、やっぱり名乗り出たのは失敗だったかな。
なんて一人で不貞腐れていると「コンコン」と部屋をノックする音がした。
ピンポンしろよ、なんて思ってふとドアを開けると天使が俺を睨むように立っていた。
「チャイム鳴らせよ」
「鳴らしたわよ、壊れてた」
「うそ、まじか」
「あのさ……今日の、どういうつもり?」
「……」
聞かれるとは思っていた。
こいつはガサツだが細かいことを気にするタイプだ。
どうせ自分を庇ったとか誤解してるんだろ。
「……俺は自首した。それだけだろ」
「それ本気?あんなのどう考えても」
「自意識過剰なんだよお前。それに同情されるのは嫌いだから。じゃあ」
「ちょっと待ちなさい」
彼女は俺が閉じようとする玄関の扉をガッと掴んだ。
「なんだよ」
「……いいからちょっと入れなさい」
グッと体を入れてきてそのまま彼女は俺の部屋に押し入った。
いつぞやのように靴をポイっと脱ぎ捨てて彼女は部屋のベッドにドサっと座る。
「おい……」
「自意識過剰はどっちよ。何あれ、俺がやりましたって。ダッサ、マジで。ほんと、ダサいわよ……」
「お前には関係ないだろ、ほっとけよ」
「関係ないなんて……私だってね、さすがにそこまで鈍感じゃないのよ」
「……」
庇った、なんてつもりはない。
職員室に送られてきたという怪文書が本当に天使を指していたのか、そんな証拠はどこにもないのだから。
ただあの場面では犯人が必要だった。
そしてたまたまその条件に俺がハマってしまったというちょっと不運な、それだけ話だ……
「まぁいいわ、そこまであんたが頑固とはね」
「自分のこと棚に上げて言うな」
「は?」
「いや、なにも……」
「それで、晩飯まだなんでしょ?」
「ああ、でも外出禁止だから夜にこっそり」
「私が何か作るわよ」
「……はぁ?」
俺は耳が腐ったのかと思った。
いや、寝起きで寝ぼけていたのだろう、きっとそうだ。
そうでなければあの天使が料理を作るなんて申し出てくるわけない。そう、そんなはずはない。
「今、なんて言ったお前?」
「私が料理してやるって言ったのよ。何か不満でも?」
「不満……というか不安になるけど」
「ほんっと何から何まで失礼なやつね!ま、いいわ食材とってくるからちょっと待ってなさい」
彼女は自分の部屋からすぐにあれこれと持ってきて、勝手に料理を開始した。
俺がそんな気遣いいらないと言っても無視。無言でせっせと何かを作っていた。
「なぁ、天使」
「気が散る、黙ってて」
「……」
止めることは諦めた。
何を作ってるかは知らないが、ボーッとテレビを見ているとやがていい匂いが部屋にまで入ってくる。
……カレーか。
「はい、できたわよ。食べなさい」
「……俺は犬か」
「いいから食べなさいよ。それとも人に作ってもらったものを残すようなクズなのあんた?」
「いただくよ……」
どうして頼んでもいない料理を出されただけでここまで言われなければならないのだと、腹を立てながら一口カレーを口にした。
……うまい。やっぱりこいつの料理は天才的にうまい。
多分市販のものをつかっているはずなのに、なぜここまで俺が作るものと差が出る?
……これがこいつの才能、なんて言い方は少し違うのかもしれない。
こうなるために必死で努力をしたのだろう。
なんてことをカレーの味一つで感慨深く考えていると、天使が俺の前に座る。
「あんた、感想くらい言いなさいよ」
「うまい、本当に。それ以上言葉が見つからないよ」
と言うとまた「語彙がない」などと説教されるかと思い、身構えたが反応は違った。
ボソッと「ならいい」と呟いた時の彼女の表情は下を向いていたのでよくわからないまま、だった。
そして彼女もまた自分で作ったカレーを食べだした。
しばらくは無言だったが、やがて天使が口を開く。
「あのさ、あの後あんたがクラスでなんて言われてたかわかる?」
「聞いてないからわかるわけないだろ。想像はつくけど」
「……それを聞かされる方の身になってよ」
「なんでお前が気に病む必要があるんだ?関係ないんだから」
「うっさいそういうところがムカつくって言ってんのよ!」
カランとスプーンが音を立てると同時に天使が立ち上がり俺を見下ろす。
「あんたさ、かっこつけてるつもりか知らないけどあんなことされる方が迷惑なのよ!ほんっとムカつく、こんなイライラするくらいならあの時先生について行っておいた方がマシだったわよ!」
「……あれは俺の勝手だって言ってるだろ。それに本当に俺の事だった可能性だってあるわけだし」
「でもあれはどう考えても私よ。私を狙って誰かが」
「俺がこうしたかったんだ、ダメかそれじゃ」
「……なんで、なのよ」
なんで、か。
それは一番俺が知りたいところなんだけどな。
怒られたかった?ああ、嘘だよそんなわけはない。
謹慎を期待した?バカか、そこまで俺は落ちぶれてはいない。
じゃあなぜか。やはりそれはよくわからない。
でも、あの時こいつの努力が水の泡になるのだけはどうしても、嫌だった。
「……知り合いが疑われてる姿が見てられなかったんだよ。それだけだ」
「なにそれ、ナルシスト」
「なんだよその言い方」
「別に、感謝しなくていいんでしょ?だったらしない、してやらない」
「それでいいよ……」
どうもこいつを前にすると何か反論する気が失せる。
黙って食器を片付けようと、俺は席を立つ。
すると俺の前に天使が立ちはだかる。
「なんだ、まだ何か」
「洗い物は私がする」
「いいって、ご馳走になったんだから」
「私がそうしたいだけよ、あなた風に言うならね」
「あ、そ」
結局片付けは全て天使がやってくれた。
いきさつはどうあれ他人にお世話されるというのは少し居心地が悪いというか、落ち着かなかった。
用が済むと天使は何も言わずさっさと帰っていった。
やっと静かになった。
ほんと、礼なんかされたくてこんなことをしたわけじゃないのに、な。
ふと一人になった時、俺は見過ごしていた、というより気にしていなかったことが一つ頭に浮かんだ。
誰が、煙草の件で職員室に手紙を?
誰か正義感の強い奴が、というのは少し変だ。それなら直接、そうでなくても先生に相談するとかでいいはずだ。
晒すようなマネは、明らかに天使を潰しに来ているようだった。
しかもイニシャルなんて回りくどいやり方がいけ好かない。
はぁ、考えても俺は探偵じゃない。だからこういうことは成り行きに任せよう。
でも、もし天使を陥れようとする存在がいることがわかったら、俺は……
……寝よ。寝たらこのどうにかなってる頭も多少はすっきりするだろう。
結局眠りについたのは、日付が変わった後だった、と思うがもちろん寝る瞬間のことなどよく覚えてはいない。
夢を見た気がしたが、それだって起きたらほとんど覚えていない。
でも天使が夢に出てきたような気がする。まぁ夢なら覚めたら消えるし構わないが。
あくまで夢ならば、だが。
……なぜ目が覚めたら、朝から天使が部屋で朝食を作っているのだろうか。
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