第12話 天使様の贈り物
天使様生誕祭の翌日の学校はその名残で満ち満ちている。
俺の誕生日プレゼントを彼女が使っていたとか、礼を言われたとか目が合ったとか、どうでもいいことまで自分に都合よく解釈しようとする輩で溢れかえっていた。
斉藤だってその一人。自分のシャーペンが彼女の机の上にあるだけで「僕はもう死んでもいい」なんて自殺志願者に成り下がる。
バカだな、どうせそのうち使わなくなる。そしてうちのアパートの裏のゴミ捨て場に放置される運命なんだ。
でも、天使のやつあんなにたくさんプレゼントをもらって部屋のどこに置くって言うんだ?まさかネットで転売でもしてお金稼いでるんじゃないだろうな。
そんなこんなを考えるだけで時間は過ぎ、昼休みになる。
相も変わらず一人でブラブラしていると、綴さんからラインが来た。
『やほー、昼休みかな?今週の土曜にこっちで練習試合するんだけどよかったら来ない?観戦だけでもオケー』
そういえばまた彼女に返信していなかった。
今度パフェを奢る約束は別として、やはり世話になった人の誘いは一度くらい受けておくべきなのだろう。
そんなことを思ったのは、行きたくもない誘いにいちいち乗っている天使の影響が少なからずあったのかもしれない。
誘われるうちが華、とも言うしな。一回くらい顔出しておこう。
『はい、お願いします。また時間と場所教えてください』
サッカー、か。正確にはフットサルだがサッカーボールを蹴ることには違いない。
まぁ観戦でもいいと言ってるし、ちょっと時間つぶしに行くくらいはいいだろう。
今週の土曜日、というかそれ明日だよ。綴さんってちょっと天然入ってるよな。
ま、そういう女子の方が愛嬌があって好きだけど。
放課後、俺は柄にもなく一人で買い物に出かけた。
ショッピングモールでシューズとジャージを買うためだ。
さすがに中学の時のものはサイズが合わない。
成長期というのもあってこの一年で身長だけは十センチほど伸びた。
選手時代なら嬉しいことだったが、今となれば服のサイズが合わなくなって面倒だ、と思う程度のことだが。
中学の時は近くのスポーツショップに行くと店員がいつもサービスしてくれた。
プロになったらうちの店使ってたって言ってよ、なんてゴマすりだが、中学生の自分からすればそんなことされたら調子に乗るのも必然。サインまで飾ってあるのだからほんと痛々しい過去だ。
武勇伝というより黒歴史。そんな昔の自分を思い出すようにサッカーシューズを眺めていると、偶然綴さんに出会う。
「あ、工藤君もしかしてシューズ買いに?気合い入ってるじゃん」
「いえ、もう中学の時のがサイズ合わなくて。一応ですよ一応」
「でも、一応でもサッカーやる気にはなったんだ。うん、いいことだよ」
「フットサル、でしょ?」
「あはは、そうだった」
たまたまではあったが、寂しいはずの買い物は楽しいショッピングに様変わりした。
結局二人でブラブラしてから、綴さんはアルバイトの時間だと言って先に帰る。
俺はもう少しだけと一周してから帰路につく。
アパートについた時、ふとゴミ捨て場で天使の姿を探したがいない。
ほんと、ぱったり禁煙してるようだな。
まぁ決めたことはやり通す性格だし、禁煙すると決めたら意地でもやり遂げるのが天使らしいところだ。
それよりさっきのジャージ、一応試着しておこう。
俺は鏡の前で一人ファッションショーを始める。
そして玄関先でさっき買ったシューズも履いてみて、その感触を確かめていたところ玄関のチャイムが鳴る。
「はい」
「なにそれ、運動でもするの?」
「……明日フットサルするだけだよ」
「へぇ、やる気になったんだ。それとも女?」
「どっちでもいいだろ。それより何?」
「……」
いつものように俺の様子を確認しに来た天使は、手に持っていた袋を差し出す。
また夕食のお裾分けか何かか?
「んっ」
「な、なんだよこれ」
「んっ」
「わ、わかったもらうよ」
「じゃあ、お返しとかいらないから」
今日は部屋に来ず、玄関先で彼女は去っていった。
なんだと思いながら袋の中を見ると、サポーターが入っていた。
……膝のこと、気にしてくれてたのか。
それとも気まぐれ?いや、意外とこれって高いし、わざわざ買ってきたのか?
それにお返しはいらないって……
はぁ、そんなことされたらまた何かしないといけないだろ。
余計な気遣いだ、ほんと余計なことをしてくれた。
なんともタイミングのいい、いや悪い女だ。
まぁ、明日はこのサポーターつけて試合に出てみるか、な。
◇
「おーい、こっちこっち」
翌日、綴さんに訊いた場所に行ってみると既にフットサルの練習が始まっていた。
もちろんメンバーは全員大学生。髪を染めていたり伸ばしていたりと、いかにも大学生って感じのチャラそうな人たちがボールを蹴って楽しんでいる。
「よかった、来てくれて」
「約束しましたから、もちろん来ますよ。それよりその恰好、綴さんも試合出るんですか?」
「あはは、私は出ないよ。一応マネージャーもジャージ着てくるってだけ」
綴さんのジャージはちょっとピンクがかった女の子らしいもの。
こういうのって可愛い人しか似合わないけど、この人が着ると嫌味がないな。
「みんなー、工藤君来てくれたから紹介するねー」
綴さんが声をかけると練習していたメンバーがこっちにやってきた。
「おお、本物だ!すげー」
「あ、あの……」
「あ、ごめんごめん。俺は三島、ここのみんな工藤君のファンなんだよ。まさか本物に会えるなんてなぁ」
「でしょでしょ、すごいでしょ。工藤君はね、今日試合も出てくれるんだって」
「うおー、やばいじゃんそれ!」
俺を置いてみんなで盛り上がっている様子だが、どうもこの人たちからは悪意や敵意を感じない。
高校の練習に参加した時なんて、今思えば敵意どころか殺意丸出しの目でみんなが俺の事を見ていた。
もちろんプレーで見返してやるとか思っていたが、物理攻撃に精神論は通用しない、ということだけを学んでドロップアウトとなったわけだが。
最後に味わったあの空気とは全く違う和やかな雰囲気の中で、俺は一年以上ぶりにサッカーボールを足に当てた。
「ねぇ工藤君、リフティング見せてよ」
「え、いいですけど」
正直こんなものは小さい頃から体になじませているから、多分あと十年くらい何もしてなくてもできるのだろうとは思う。
久しぶりにボールを上に蹴り上げてリフティングをして見せると、綴さんのみならず相手チームからまで拍手が起こった。
「すごいすごい、ほんと体にくっついてるみたい!どうやってるの?」
「いや、慣れですよ」
「やーん、かっこいいこというじゃん天才児!」
綴さんに背中を叩かれてバランスを崩した俺はそこでリフティングが止まった。
しかしそんな光景をみんなが笑う。
そして俺も思わず笑ってしまった。
「痛いですって」
「ごめんごめん。でも、やっぱり活き活きしてるね」
「え?」
「工藤君の顔、今までで一番明るかったもん。うん、誘ってよかった」
綴さんはそう言って嬉しそうに俺の手を引いていく。
試合はサッカーより狭いコートということもあり楽ではあった。
衰えた今の体力でも身に染み付いた適当なテクニックでやれるほどに相手のレベルも低いものだったので、何度も小さなゴールネットを揺らした。
久しぶりにかいた汗は気持ちのいいもので、向けられる羨望の眼差しも俺の消えかけた自尊心を焚きつけてくれる。
膝が思ったより痛くなかったのは意外だった。
これはサポーターの性能のおかげなのか、それとも年月が俺のけがを癒してくれたからなのか。
そして一時間ほどの運動は何事もなく終わり、綴さんが俺にタオルを持ってきてくれた。
「すごいね工藤君!やっぱり天才だよ、なんであんな動きができるの?」
「まぁ、一応これでも全国区の人間なんで、とか言ってみようかな」
「お、いうねー。うん、さすがだよ」
急に出来たチームメイト、それも年下の高校生の俺に対して他のメンバーもあたたかい声をかけてくれた。
練習試合とはいえ、俺のせいで試合に出られない人間もみんな「いいもの見れたよありがとう」と心底嬉しそうな笑顔を向けてくる。
なんだ、こういう楽しみもあるんだな。
そう思うとボールを蹴ることはそんなに嫌ではなくなっていた。
やがて撤退の時間がきて片づけをしてからコートを出る。
他のメンバーはこれから大学前に戻って飲み会だそう。
もちろん俺は高校生なので遠慮したが、みんなから「またいつでもきてくれ」と言われたことが素直に嬉しかった。
綴さんも一度家に戻るそうで、俺は彼女と帰路につく。
「今日はありがとうね工藤君。ほんと、楽しかったー。勝つとスカッとするし」
「いえ、俺でよければまた参加させてください。汗流すのも悪くないですし」
「うん、もううちのエースだね工藤君は。って言いたいけど」
綴さんは少し俺の前に出てくるっと振り返る。
「工藤君は、やっぱりサッカー部に戻るべき、なんじゃないかな」
「俺が、サッカー部に?」
そんなことを考えるのはもうやめた、いや正確には考えないようにしていた。
この膝では、いやたとえ膝が治っても俺はあのサッカー部に居場所はない。そう思っている。
なぜなら、俺がけがをした時に誰一人として駆け寄らず先生が救急車を呼ぶまで放置されたのを激痛の中でしっかり見ていたからだ。
「……無理ですよ、まだ本格的には。」
「そう、だよね。でも、私でよければ相談、のるからね」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ、私着替えてみんなと合流するから。ほんとにありがとね工藤君」
いつものコンビニの近くで綴さんと別れた。
良い人だ、そう思うのは自然なことだろう。
家に帰って、サポーターをつけっぱなしだったことに気づく。
それもきっと綴さんに浮かれていたから、だろう。
しかし外す時に天使が何を思ってこれを俺にくれたのかをふと知りたくなった。
ただの気まぐれか、ただの同情か、それとも……
お返しはいらないという彼女の判断は懸命だと俺も思う。
そんなことをしていたら、俺とあいつは一生ものを送り続けなければならなくなる。
だからどちらかが、一方的にそれを切るしかないのだ。
それでも敢えてそれを俺がする必要なんてない、とも思う。
ある程度高価なものをもらってとんずら、なんて卑怯な真似はあまり好みではない。
もらったものがもっと適当なものなら俺は彼女にお返しなんて考えなかった。
渡されたものが悪かったのだ。あまりにいいものだったから。
そう思いながら俺は部屋でじっと携帯を触る。
あいつ、煙草以外で何が喜ぶんだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます