第72話 天使はそれを望まない
まぁ、この辺が地元らしいしいても不思議はないが、随分とまたガラの悪い連中とつるんでいる様子。
「……休みの気分がぶち壊しだな」
「ええ、見つかっても面倒だし綴さんたちの方へ戻る?」
「いや、二人の邪魔したら悪いだろう。ここなら人もいるしジッとしておいた方がいい」
綴さんや柳原さんのようにいい知り合いもたくさん見つかった。
だからこの辺りを離れたくないという理由で近くの学校への転入を決めたが、同時にここには東のような連中もいる。
ただ、どこに行ってもああいう連中はいるし、逃げてばかりではどこにもいられないからと、その辺を無視していたが実際あいつの声を聞くと、正直うんざりはする。
「女捕まえてこいよ。じゃなかったらお前の奢りな」
実に下品で醜悪な声がビーチに響く。
それにああいう輩はなぜか鼻が利くというか、勘がいいというか。
俺たちの姿を、東が見つけたようだ。
「あれれー?学校潰した問題児二人が仲良くデート?おい、自分たちが何やらかしたか自覚あんのか?」
学校を潰した問題児。
それは俺たちの事だとすぐにわかったが、実際そんな大それたことをした覚えなんてない。
むしろそうなって困っているくらいなのに、どうして東家の連中は加害者意識というものが欠如しているのだろう。
「関係ない。俺たちは次の学校に行くだけだ」
「お前のせいで俺の人生めちゃくちゃなんですけど?親父もおかしくなったし兄貴は家で暴れまくってるし、どうしてくれんだよ」
「知らん。ていうかデートの邪魔だからどっか行け」
「ああ?お前、ぶっ殺してやるからな」
ビーチで大声でそんなことを言うものだから、ちょっとした人だかりができてしまった。
こんなところで喧嘩なんて、二学期になる前からまた問題を起こすことになる。
それは避けたいが、前のめりになる霞もいるしこのままではまずい。
「……もう放っておいてくれよ。お前に歯向かうつもりはないから」
「いいや、お前だけは許さん。しかもこんなところで天使様とのうのうとデートとか喧嘩売ってるだろ。マジでぶっ殺す」
やはりこいつのいるこの街にはもういられないのか。
そんなことが頭をよぎった時に、後ろから店長さんがやってくる。
「君、東君だよね」
なんでこの人が知ってるんだ?という疑問は俺たちだけでなく、東本人もそうだったようで、「誰だよおっさん」と言いながら指を鳴らす。
すると店長さんが携帯を開いて東に見せる。
「万引きの常習犯。さらにうちの店員への恐喝、加えて未成年喫煙に飲酒に。うちのコンビニで昔色々やらかしてくれてるね。全部警察には相談してるけど、君の将来の事を思って容赦してたんだ。言いたいことはわかるね?」
「……だからなんだよ。時効だ時効」
「今は便利な世の中でね。君が大手を振って歩くことすら叶わないようにすることもできるけど、それでもまだ続けるかい?」
「やってみろよ。お前もただでは済まさないからな」
「へぇ、それで君がクスリをしてることも言いふらしていいのか?」
「!? そ、それは」
「すぐにでもやるよ。一生更生施設で過ごすんだな」
「お、おい待てよ」
「待たない。君がいいと言ったんだ。恥をかけ」
「ま、待ってくれ。俺は高校生だぞ」
「人に迷惑をかける人間は未成年でも関係ない。君は罰を受けるべきだ」
「お、お願いだ。やっと編入の許可がおりそうなところなんだ」
「じゃあ君は二度と、工藤君たちに手出しするな。もし関わったら即、君は暗い場所に連れていかれると肝に銘じておきなさい」
「……くそがっ!」
東は取り巻きを引き連れて、ぞろぞろと去っていった。
それを見て、集まった野次馬もばらけていく。
「あ、ありがとうございます。でも、よく彼の弱味なんかを持ってましたね」
「綴君の元カレ関係で協力したことがあってね。それに、彼は本当に地元では有名なトラブルメーカーだから。でも、さすがに言われたらまずいこともあるみたいだな」
「……でも、店長さんまで標的にされるんじゃ」
「大丈夫さ。ああいうやつは案外ビビりだから」
店長さんの機転と勇気で助かりはしたが、俺たちはなんとも後味の悪い形でせっかくのお出かけを終えることになってしまった。
こうして彼の脅威がずっと続くのかもしれないと思うと、俺も霞も不安で仕方なく、帰りの車の中では終始無言だった。
「ありがとうございました」
アパートで降ろしてもらい、俺たちは部屋に戻る。
暗い気分が晴れない。せっかくの外出だったというのにほんといいことなんてない。
そんなことを思いながら、霞が風呂の準備をする間にテレビをつけてぼーっとする。
やがてお互い風呂に入ってから食事をとり、また夜になりテレビを見ていると、目を疑うニュースが飛び込んでくる。
東理事長の顔写真が大きく映る。
それは、彼が殺人未遂事件の犯人として大きく報道されているものだった。
ついさっきの事だそう。
自宅にいる息子を鈍器で殴った後に自ら通報。自首した格好になったということで、住宅街で発生した事件に警察の他、記者も群がっている様子だ。
「霞……これは」
「どういうこと……だって今日東は」
まじまじとニュースを見る。
外出先から帰ってきた息子の一人が急に錯乱し、殴りかかってきたところを応戦してこうなったと、東理事長は供述しているそうだ。
ちなみにもう一人の息子も重症、おそらくあの兄のことだろう。
東は意識不明の重体ということで、そこから先の報道は評論家の話ばかりだった。
「……なんだよこれ」
「結局、何も自分たちで解決できなかったね……」
偽善者ぶるつもりはないが、こんな事態になるしか俺たちが解放される方法もなかったのだと知ると、心のどこかであいつらの不幸を願っていた自分自身に嫌気がさす。
清々しくもなく、もちろん喜ぶこともなくすっきりもせず、かといってこんなことにならなければよかったと心の底から思うこともできない、なんとも言い難い複雑な気持ちのまま、テレビを消した。
あれだけ天使の父親のことで頑張ってきたから、なにか褒美でもないかと願っていたけど、こんなことではもちろんない。
でも、きれいごとを言えるほど俺たちは強くもなく、そしてこうなったことで救われてしまった事実だけが重くのしかかる。
誰かの不幸の上に立って、俺たちはようやく平和に暮らせているのだとすれば、一体俺たちが幸せになるためにどれだけの人間が不幸になるのだろう。
東のことは同情はしない。できない。
でも、それでもこんな結末しかなかったのかと思うと、かつては同じボールを蹴った人間として、後悔はする。
どうしようもないやるせなさの中で、俺と霞は身を寄せ合ってジッと、真っ暗になったテレビを見つめていた。
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