第17話 天使様の憂い
おでんはうまかった。もうそのまま店でも構えた方がいいのではと、お世辞でもなんでもなくそう思うくらいに絶品でつい食べ過ぎてしまった。
天使はそんな俺を無言で見ていた。
時々頬杖をついたままつまらなさそうに俺を見るので「なんだ」と聞くと「うまいならうまいと言え」なんて不愛想に返してくるだけ。
まぁ、それでも謹慎中の俺を気遣ってくれているのは、どれだけ本人が否定しようと伝わってくるので無碍には出来ず、食事の礼と言って俺は天使にお茶を淹れた。
「はい、これ」
「……紅茶なんか飲むんだ」
「前、大人ぶって買ったけど飲んでないのがまだ余っててな」
「だっさ」
相変わらず口も悪い。目つきもそうだし態度だって胡坐をかいて座るその姿勢はどう見ても優等生のそれではない。
以前はこれに煙草までついてきていたのだからほんととんでもない奴にしか見えなかった。
まぁ、その煙草を吸うことはもうないと、そう思えるだけましだが。
「あのさ、あんた明後日から学校でどうするつもり?」
紅茶を一口飲んだ後、天使が言う。
「ああ、別に友人とかいないし今まで通り静かに教室で過ごすよ」
「……あんたはそれでいいかもだけど、相当あんたを嫌ってるやつ、出てきてるわよ。あんたのせいで校則が厳しくなるんじゃないか、とかそんな話も」
「校則が厳しくなって困るのは悪いことをしたいと思うやつだけだ。屋上で煙草吸うような、そんな奴は困るかもだけど」
「な、何よその言い方!嫌味ったらしいわね」
「はは、嫌味だよ」
しかしその話を聞いて不安にならないわけではなかった。
ぼっちに甘んじていたのは、もう誰かと関わってまた嫌われる、邪魔者扱いされるのが嫌だったから。
しかしこうして悪目立ちしてしまった今、嫌でもクラスの連中に絡まれることになることになると思うとうんざりだ。
また、大勢で俺を潰しにくるのだろうか。
「とにかく、学校にいる時は用心しなさいよ。あんたって人に狙われやすい体質みたいだから」
「ああ、隣人に目をつけられたりそういうのにはなれてるから大丈夫だよ」
「わ、私はあんたに目をつけたりしてないわよ!」
「ムキになるなって。それに用心すると言っても方法がない」
「……」
天使様は何か言いたげだ。
しかし何も言わなかった。言わずに紅茶をグッと飲み干すとサッと玄関先に行く。
「また明日ね」
と言われたことが少々意外だった。
毎日顔を合わすのは慣れっこだったが、明日も来ると、そう予約されたのはまたしても俺を変な気分にさせた。
なんか、恩着せたような格好になってしまったな。
天使の奴、ずっと俺に後ろめたい気持ちを持ったりしないだろうか。
そんなつもりでもなかったし、そう思ってほしくて行動したわけでもない。
……明日、までの謹慎か。
束の間の休日の終わりが近づくことにおっくうになっていると、ふと綴さんからのラインを思い出した。
しまった、明日どうするか考えてなかったな。
……ちょっとだけ、待ってもらおう。
明日の朝、いい案が思いつかなければ断ろう。
そうやって問題を先送りにするのは俺の悪い癖だ。
ぐっすり眠っている間に良案が頭に浮かぶわけもなく、俺は朝早くに目覚めると綴さんにラインを送ろうとした。
そこに朝食を持った天使様のお出まし。
「おはよう」
「ああ、今日はサンドイッチか?」
「今日はクラスの女子とサンドイッチ交換会があるから。その余りよ」
「なんだその間の抜けたイベントは」
「知らないわよ、私だってやりたくないし」
と言いながら部屋に入ってくる天使は、勝手に皿を取り出してサンドイッチを並べる。
それを食べる途中で、まだメッセージを送る前に綴さんの方から電話が鳴った。
「……」
「何よ、出ないの?」
「ああ、黙ってろよ」
そして俺は天使を前に置いて電話を受ける。
「もしもし、すみません綴さん今日、ですよね」
「うん、やっぱり忙しい?」
「そ、そうですね……日曜は大丈夫なんですが」
「そっかぁ。うん、じゃあまたにする!日曜はよろしくね」
電話が切れた。はぁ、行きたかったな、買い物。
「彼女?」
「ん、そんなんじゃない。そこのコンビニの店員さんだ。大学生の人、見たことあるだろ?」
「へぇ、年上好きなんだ」
「好きとかじゃないって。ただ向こうが俺のファンだっただけだ」
「かっこいいこというじゃない。でも、デートはするんだ」
「まぁ、世話になってるし良い人だし」
なんだよ、今日は特に絡んでくるな。
別に俺が誰とどこで何をしていようと、関係ないじゃないか。
もう煙草も吸ってないなら何かを言いふらされる心配だってないわけだし。
「それで、今日もその人とデートの予定だったの?」
「いや、急に買い物に誘われた。でも断るしかないだろ」
「謹慎だって、言ってないの?」
「言えるかよ、心配かけるだけだ」
「……ごめん」
天使が俺にごめんと言った。
素直に謝る彼女の表情は、本当に申し訳なさそうで辛そうで、苦しそうだった。
「なんでお前が謝るんだよ」
「……だって、それは」
「お前のせいでこうなったんじゃないって何回も言っているだろ?綴さんとは日曜に会うんだし問題ないよ」
「そう、わかった」
天使が呟く。
そして何も言わずに学校に行ってしまった。
一人になった後、俺は色々と考えた。
天使がこうして俺に世話を焼いてくれるのは、きっと自分を庇ったせいで俺がこうなったからだと後ろめたさを持っているせいだ。
だから俺が学校でひどい目に遭えば、きっと天使はまた気に病むだろう。
明日から学校に行った時、俺はそういうバッシングと向き合って立ち向かわなければならない、というわけか。
はぁ、ほとほと面倒なことになったもんだ。
でもこれ以上天使に気を遣われるのも心地悪いものだし、自分の蒔いた種だ、自分でなんとかしよう。
そうと決まれば明日に備えてふて寝だ。
惰眠を貪るのではない、明日からの闘いに備えて頭をすっきりさせたいだけだ。
そんな言い訳を頭に浮かべながら俺は寝た。
そして起きた時には夕方。天使は来ていなかった。
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