第60話 天使の憂い

 再開された学校に登校するために、今日は当たり前だが多くの生徒が学校に向かっている。


 もちろん俺と天使もその中の一人として、少し久しぶりな学校に少し緊張を隠せないでいる。


「あ、朝から集会なのよね」

「ああ。でもそれ以上に教室にいくのが気まずい」

「なんか変な出迎えられ方しそうよね」

「まぁ……みんなに礼くらいは言わないとだな」


 俺と天使は、全校生徒を巻き込んだ。

 以前までも、サッカー部とのいざこざや喫煙事件などで俺たちは無駄に注目されてきたのだが、今回は休校になるほどの騒動に発展したのだからそれまでとはわけが違う。


 皆に何を言われるかと不安になりながらも恐る恐る教室に向かうと、その手前で大勢の男女に道を塞がれた。


「お、工藤君と天使様だ!仲良く登校とか羨ましい限りっす!」

「天使様、やっぱり私たち天使様ともっと仲良くなりたいです!言いにくいことも話してくださいね」

「二人とも先生が変なことしてきたら言えよ。なんたって工藤君は東を蹴散らした英雄だからな」


 どうやらみんな、この学校に不満をため込んでいたらしい。

 なにもしない親と、親の七光りを振りかざして暴れる子供。そのどちらにも嫌気がさしていたからこそ、今回の俺の訴えは学校に反旗を翻すいい機会だったというわけだ。


 散々もみくちゃにされたあと、チャイムと共に皆は席に着く。

 俺と天使は学校が始まる前からクタクタになりながらも、ゆっくりと席に向かう。


 多分この時、天使も同じことを思っていたと思うのだけど、随分この教室の空気も明るくてわざとらしくない自然なものに変わったと思う。


 以前までは天使様に媚び諂う連中と、東の影におびえるやつらばかりで、その会話もどこかよそよそしいというか嘘くさいというか、そんな感じだった。

 だからこそ今の晴れ晴れした空気は新鮮で、居心地のいいものだった。


 しかしそんな明るい雰囲気もいつまでもは続かない。

 担任は教室には来ず、珍しく校内放送が流れて全員が体育館へ召集となると少し重い空気が漂い始める。


 一体何がどうなるのか。

 そんな不安を抱きながらぞろぞろと続く生徒の列に乗り、やがて全校生徒が集まると、壇上には退任したと聞いていた理事長が姿を現した。


「皆さま、本当に申し訳ありませんでした」


 まず、東理事長は謝罪した。

 しかし今は一体どういう立場からの謝罪なのか、何に対して頭を下げているのかが全くわからない状況での謝罪に皆は酷く混乱した様子だ。


 騒がしくなる生徒を先生が宥めるが、いつものようにうるさい生徒指導や学年主任の姿はなかった。


 そして


「一連の騒動の責任をとり、以下の先生方が退任致します」


 という話から続けて先生たちの名前が読み上げられていく。

 

 いわゆる、クビというやつだろうが何故それを生徒の前で行うのか。

 こんなパフォーマンスが一体何の意味を持つのか。


 全く意味がわからないと首を傾げていると、小林先生の名前が呼ばれたことで少しだけ目が覚めた。


 東の影におびえ、東に何も言えずにいた頼りない先生だったが、最後まで俺の復帰を望んでくれた先生の退任に俺はほんの少しだけ悪い気がしていた。

 

 せっかく夢の教師になれたのに、生徒の暴動の責任を負わされての解雇。

 やはり今回の事で多くの大人の人生を歪める結果になってしまったのだと、次々に呼ばれる教師の名前をぼんやり聞きながら下を向く。


 やがて、すべて読み終えた理事長は最後にもう一度謝罪。

 そしてよりよい学校づくりに云々と、気持ちのこもっていない挨拶を済ませて壇上から降りていく。


 結局なんのお咎めもなかったが、かといって晴れ晴れするようなこともなく後味の悪い集会となった。



「なによあのくそ親父!なんであいつはクビじゃないの?」


 昼休み。屋上で天使とパンを食べながら。

 彼女はあの集会の後からずっとこの調子だ。


「まぁ、自分の学校だし責任転嫁ってやつだろ」

「まじでこの学校やめたいわー。ほんと、なーんでこんなとこ来たんだろ」

「俺もこの学校に来ていい思い出なんてそうないけどな」


 あーあ。とふたりで口をそろえて言った後、隣に座る天使が少しこっちに寄ってきた。


「でも、ここに来たから工藤君に会えたしそれだけは感謝してる」

「……俺もだよ」

「ほんと?私と出会って迷惑とか思ってない?」

「ないよ。なんで急にめんどくさい女みたいになるんだよ」

「だって……私のせいでいつも色んな人に迷惑かけてるなって」

「そんなことない。悪いのは大人だ、お前じゃない」


 そう。これは俺たちが子供だから大人を批判するわけではない。

 それくらい天使は一生懸命に生きているのに、いつも周りが足を引っ張っているのだ。


 もちろんこいつも褒められた素行ではないにしても、勉強も人付き合いもいつも全力だった。

 そんな彼女をどうしてここまで悩ませるのか。俺はそう思うと大人が憎い。


「私たちも、いつか大人になったらあいつらの考え方が理解できるのかな」

「できるわけない。あんな大人にだけはならないって」

「……そうよね。綴先輩や店長みたいな良い人もいるもんね」

「そうだよ。とりあえず今はやれることをやる。それからだ」


 誰もいない屋上で。そよそよと吹く風に髪をなびかせる天使に今日は、俺の方からキスをした。

 

「……戻ろっか」

「ずるい。不意打ちはダメ……」

「ドキッとしたか?」

「もっとしたくなる……」

「おいおい、もう戻らないと」

「ヤダ、もっかい」


 結局時間を忘れて彼女と何度も、何度も唇を重ねているとチャイムが鳴る。

 慌てて教室に戻る時も、自然と彼女の手を掴んでいた。


 そして午後から、新しい担任やら担当教科の先生やらとの顔合わせ。

 退任する先生たちの挨拶なんてものは一切なく、気が付けば先生が入れ替わっていたという感じだが誰も何もいうことはなく放課後になる。


 



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