第61話 天使をお迎え

「行ってきます」

「ああ、見送りはいいのか?」

「いい、子供じゃないしまだ明るいし」


 帰って着替えてから、天使はアルバイトのためコンビニへ。

 俺は週末の段取りと今後の拠点となる、天使と住むための新居探しを彼女を待つ間に行う。

 更に飯も俺が作って待つことに。なんかとことん尽くしているようでむず痒いのだが、彼女の為ならなんだって苦ではない。


 舞い上がっているだけとか、今だけだと思う人も多いかもしれないが、それでも俺は初めて好きになった人を、初めて俺の事を好きだと言ってくれた彼女を大事にしたいと思いながら見送り、そして一人部屋で料理の準備を進める。


 ひと段落したところで柳原さんに電話。来週から具体的にどうしたらいいのかを打ち合わせすることになっている。


「もしもし、工藤君。電話ありがとう待ってたよ」

「遅くなりました。それで来週からの予定ですが」

「ああ、詳細はメールしておくけどとりあえず土日、朝の九時から夕方までかな。時給は君の実績に経緯を示して千円といった感じだけどどうかな?」


 電話でも同じく明るい軽快な喋りでどんどんと彼は話を進める。

 そして話がまとまりかけたころ、彼の方から


「そういえば今近くにいるんだけどちょっとお茶でもしないかい?」


 なんて言ってきた。それなら会って話せばよかったのにと思ったが、彼の拘りで仕事はプライベートに持ち込まない主義なんだとか。

 すぐに応じてから待ち合わせ場所を指定し、家を出る。



「おまたせしました」

「早かったね。ちょうどそこにファミレスあるし入ろうか」


 昨日ぶりではあったが、私服姿の彼はジャージの時と違いやはり社会人なのだなと思わせる雰囲気があった。

 若いとはいえ、高校生の俺からすれば大人だ。でも、おしゃれで今時のファッションに身を包んだ彼は少しばかり周囲の注目を浴びていた。


「柳原さんって有名人なのに声かけられたりしないんですか?」

「んー、そんなのはもうないかな。昔は街を歩くと女子がキャーキャーってね……君にも経験あるだろ?」

「そんな経験はないですよ」

「またまたー、あんな可愛い彼女ゲットしておいてよく言うよ」


 席について飲み物を頼んだ後、柳原さんはひたすらどうでもいい話を続ける。

 本当にプライベートには仕事を持ち込まない主義のようで、俺が講師の話とか起業の経緯とかをきこうとすると「そういう話は練習の間で頼むよ」と笑いながら流された。


「で、今日はこの辺になんの用事で?」

「いや、用事ってのは嘘で君に会いにきたんだよ」

「はぁ。それじゃ俺に何の用ですか?」

「うーん。先輩からのアドバイスって思ったけど君には必要ないかもなぁって、会って思っちゃったから今悩んでるところ」


 うーんと、悩む素振りを見せてお道化る彼は少し意味深なことを言った。

 アドバイス、というのはつまりサッカーの先輩としてのものなのか、それとも。


「ま、いっか。ええとね、僕は君と同じように怪我をして将来を断たれた。それは前に話したよね?」

「ええ、完全な事故だったとも」

「そう、事故だよ。あれは相手に非はない。それなのに、退院した僕はね、あろうことか僕をケガさせた選手の学校まで乗り込んでぼっこぼこにしちゃったんだぁ」

「え?」


 あははと笑う彼の表情は硬い。重い話を無理やり軽くしようとふざけていても、その空気は何となく伝わってくる。


「それで退学。社会人チームからの誘いも全部ぱー。今の教室を開くのだって相当に反対も批判も受けたもんだよ」

「……その話をどうして俺に?」

「うーん、工藤君の話はネットとかで見たけど俺と一緒にはなってほしくないなぁって。人間誰しも過ちはあるし償えると思ってはいるけど、でも過去の栄光と一緒で決して消えることはない。未来は簡単になくなるけど過去は決してなくならない」

「お、俺は大丈夫ですよ。復讐なんてそんな」

「そうだね。でも彼女のことになると話は別だ。あの子も訳ありっぽいしさ、守ってあげるのはいいけど君が代わりに制裁を、なんてことは絶対に考えたらダメだよ」

「……はい」


 なぜこのタイミングでそんな話をしたのかは俺にはわからない。

 しかし、もしかしたら俺の表情にそんな思いが出ていたのかもと思うと、心の奥底で自分が何を考えていたのか冷静に見つめ直すことができた。


 ……天使の父親と会って、話をしてわかってもらえなかったらその時は、もしかしたら刺し違えても彼女を解放してやろうなんて物騒な考えが全くなかったとは言えない。


 もちろんそんなことをしても何にもならないし誰も報われない。

 それでも、熱くなると人間何をするかわからない。


 そんなところまで見透かしての話かはわからないが、俺と似た境遇の人の話は妙に心に響いた。


「なんかさ、工藤君見てると自分と重なっちゃってね。お節介だとは思うけど君はまだ若いからさ」

「いえ、それに柳原さんだってまだこれからですよ」

「はは、そうだね。こんな僕のところに集まってくれた子供達にはほんと頭が下がる。頑張らないとだからこれからもよろしくね」

「仕事の話はなし、でしょ」

「おお、そうだった。一本取られたなこりゃ、あはは」


 柳原さんはいい人だ。

 それに過去の自分ともちゃんと向き合って受け入れて、その上で今を生きている。


 この人との出会いで、俺も少しだけだが自分の人生というものについて考えることができるようになった気がする。


 まだ、これからだけど。


「あの、そろそろ彼女の為に晩飯の準備があるので」

「ああ、もうこんな時間か。ごめんね遅くまで」

「いえ、色々と参考になりました。これからもよろしくお願いします」


 柳原さんと別れてから、俺は天使の働くコンビニの前を通る。

 綴さんと忙しそうに働く彼女をガラス越しに見ながら、一度家に帰って晩飯の支度を整えて、またコンビニへ。


 ちょうど仕事を終えた天使は嬉しそうに俺に手を振ってきた。


「お疲れ様」

「うん、お迎えありがとう」

「綴さんは?」

「……すぐ先輩探す」

「い、いや挨拶をだな」

「忙しいの。だから帰るよ、お腹すいたし」

「わかったわかった」


 天使に引っ張られて店を出る時、ちょうど奥から綴さんが出てきて手を振ってくれた。


 俺も苦笑いで手を振りかえすと天使の引っ張る力が強くなった、気がした。


 でも、こういうヤキモチも嬉しい。

 天使が俺を好きでいてくれていると、実感できる。


 今日は学校でモヤモヤすることもあったがいい一日だった。

 しばらくこんな日々が続くのかと思うと、俺も少しだけ肩の荷をおろせたような気がして、その日は天使が風呂に入っている間に眠ってしまっていた。

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