第41話 天使の手
東は翌日、大々的に復帰を果たした。
早速、カバン持ち数名が復職して彼の横にぞろぞろと群れをつくる。
そして肩で風を切るようにして廊下を歩き、盛大に自分の存在をアピールしていたのだが。
「東君、なんかガラ悪いよね」
「ほんとに。工藤君の方が大人しくて紳士よ」
「なんで工藤君がサッカー部じゃないんだろー。絶対東君よりうまいと思うのになー」
すっかり俺のことを神格化してしまったミーハー女子数名たちの声である。
こういった具合で、学校では早速、工藤派と東派の二大派閥が立ち上がってしまった。
もちろん当人である俺は不本意だ。
東と比べられることが、ではない。
こうしてあいつと同じ土俵にあげられることはトラブルの火種でしかないとわかっているからだ。
できれば東がお山の大将で、勝手に俺と関係のないところでふんぞり返ってくれていたほうが平和だった。
ただ、今の状況はそれを許さない。
「工藤君、東君となにかあったの?」
まるで女子のような声でそう尋ねてくるのは斉藤だ。
こいつも校内の流れに乗るのが好きというか好奇心が強いというか、でも大抵の情報は斉藤から仕入れている。
「何もないよ。周りが勝手に騒いでるだけだ」
「いやぁ、てっきりまた筒井君の時みたいに決闘するのかなって。みんな工藤君のサッカーを見たがってるよ」
俺がここまで騒がれる対象になってしまった原因である筒井との決闘はもはや語り草のよう。
その相手だった筒井はというと、あれ以来自信を無くしてサッカー部には来ていないそうだが、俺には関係のない話だ。
「もうやらない。あれは気まぐれだ」
「そっかー、残念だなぁ。でも、あれだけ運動神経いいなら他のことでもなんでもやれそうなのに勿体無いよ」
「サッカー以外は苦手なんだ。それに今からやっても間に合うスポーツなんてマイナー競技ばっかだろ」
そんな言葉を口にするのもサッカーの申し子、天才児と騒がれた自分の僅かなプライドのせいか。
マイナー競技に汗を流す人たちになんとも失礼な発言だと、言ってすぐに後悔する。
「あ、東君だ」
斉藤の声と同時に教室が騒がしくなる。
入り口のところでニタニタとしながら東がこっちを見ているではないか。
「工藤さまー、ちょっといいですかー」
鼻につく気持ちの悪い声で俺を呼ぶ。
隣にいる天使は、東のことをジッと見ているが全く動こうとはしない。
かわりに貧乏ゆすりがひどい……これはまずいな。
「なんだよ」
「サッカー部復帰の件、考えてくれたかなぁ?」
大声で東が言う。
その発言に、また教室がざわつく。
工藤がサッカー部にかつて在籍していた。
だとすればなぜやめたのか。
そんな話が皆の口から飛び交う。
東のやつ、わざわざ自分が不利になるようなことをなぜ大声で?
「練習についていけなくて辞めたからって後ろめたい気持ちになるなよー。今は個別練習も導入してるから体力ないお前でもやっていけるぞー」
クラス中どころか廊下中に響き渡るボリュームで東は俺が辞めた理由とやらをペラペラと語り出す。
なるほど、俺の評価を落としたいわけ、か。
最もこんな煽りくらいではもう俺も動揺しない。
むしろ呆れるところだし、これでまた皆から見放されても構わない。
ただ、俺以上に東の煽りに反応するやつが約一名いることが気がかりだ。
天使はこっちを睨みつけている。
やりかえせと言わんばかりだ。
……また喧嘩になるだろそんなことしたら。
「そっか。東の気遣いは嬉しいよ。でも俺はもうブランクが酷いからやめておく」
「負けを認めるってことか?」
「そう思いたいならそれでいいよ。ただ」
ただ、言っておかなければならないことははっきりと言う。
たとえ誰に勘違いされようが、俺はあいつの盾になると決めたからな。
「お前、天使に手を出したらぶっ殺すからな!」
東に負けないくらいの大きな声で俺は東に宣言した。
もちろんクラスの連中は大慌て。やっぱり二人は、なんて声が聞こえてくるが知ったことではない。
まぁ、後で天使に怒られるくらいは仕方ないだろ。
「な、なんだよやっぱりお前ら付き合ってんのかよ」
「そんなことは関係ない。だいたいフラれた女にちょっかい出すとかダサいんだよバカが」
「な、なんだと!?」
「もう俺に関わるな。あと天使にも。いいな」
「……ちっ」
東は不満たらたらな様子で自分のクラスに戻っていく。
ふぅ。なんか少しだけだがスッキリしたな。
と安心していられるのも束の間、取材班の女子たちが群がってくる。
「ねえ、さっきのってやっぱり二人は付き合ってるってことだよね?」
「カッコ良かったよ工藤君!見ててスッキリした」
「二人は相思相愛なんだ!いいなぁ、お似合いだし」
好き放題にあれこれ言いまくる彼女たちのことは無視して、さっさと席に着く。
天使の様子を確認すると、伏せて眠ってしまっていた。
……やっぱり怒ってんのかな。
◇
放課後、今日もバイトだと話す天使は俺にコンビニまでついてこいと言い出した。
「見送りしろなんてどうしたんだよ」
「……あんた、私のこと守ってくれるんでしょ」
「ん、ああ東に言ってたやつか。あれくらい言っておかないとあいつしつこいからな」
「じゃあ嘘、なの?」
「そうじゃないって……お前が困ってたらなんとかしてやるよ」
「……なんで?」
隣を歩く天使はこっちを見てはくれない。
反対側を向いて小さく俺に問うが、俺もなんて答えたらいいか迷ってしまう。
なんで、か。
それは俺がお前のことを……いや、言うまい。
「近所のよしみだ」
「何よそれ……嬉しくない」
天使の歩調が気持ち早くなった。
俺も慌ててそれについていくが、天使は止まらない。
「おい、待てよ見送りしてほしいんだろ?」
「いい、勝手に行くから」
「待てって」
咄嗟に手が伸びた。
そして天使の細い腕を掴んでしまう。
「あっ」
「……何よ」
「す、すまんつい」
俺は慌てて手を離す。
すると俺の袖をギュッと彼女が掴んでくる。
「……どうしたんだよ」
「手、繋いで……」
「は?」
「繋げバカ、ギャルとは繋いだくせに」
「い、いやまぁいい、けど」
彼女が俺の袖を離そうとしないので、そっと彼女の手を握る。
「これで、いいのか?」
「私に聞くな!さっさと歩けノロマ」
今日の天使は少し様子がおかしい。
なんか、口調こそ悪いけど女の子っぽいというか、いつもより弱々しいというか。
「誰かに見られたらどうすんだ」
「とっくに勘違いされてるからいい。誰かさんのせいでね」
「怒ってんのかよ。だったら」
「ほんとバカ……」
「……?」
少しだけ、彼女が強く手を握る。
細い指の感触と天使の少し高い体温が伝わってくる。
何度か彼女の方を見たが、もう目を合わせてはくれなかった。
結局そのまま二人で、彼女の職場であるコンビニまでゆっくりと夕日を浴びながら歩いていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます