第82話 天使達の決別

 俺の監督デビュー戦は子供たちの活躍のおかげで完勝だった。


 その日、本当に霞が肩を揉みながら労ってくれたのが何でもないことだけど嬉しかった。


 その後、順調に仕事と学校をこなしていくうちに卒業式が。

 もちろん途中編入の俺たちに思い入れのある先輩なんていなかったけど、来年はこうして下級生に見送られる時に泣いてもらえるような上級生であろうと、皆の涙と笑顔を見ているとそんな気持ちになった。


 そして春休み。

 霞と約束していた通り、俺たちは東の入院する病院へと向かう。


 情報は斉藤から。

 ただ、誰も行ったことはないそうで、実際今のあいつがどんな状態なのかは正確にはわからない。


 もしかしたら元気になっていて追い返されるかもしれない。

 ただ、勝手に自滅なんてことも俺は許さない。

 きちんと会って、決別しようと心に決めてから霞と二人で市内の病院を訪れた。


「あの、東和久さんの面会なんですけど」


 受付でそう話すと、看護師の女性が目を丸くしていた。

 そしてすぐに気を取り直したように俺たちに病室を教えてくれる。


 二階の奥の部屋。そう言われて階段を昇った後、東の名前を探していると奥の部屋に『東和久』と書いてあるのを見つけた。


「ここか」


 隣で嫌そうな顔をする霞をなだめながら扉を開ける。


 すると、頭に包帯を巻いた東が、ベッドの上で体を起こし、外を見つめていた。


「あ、東……?」

「ああ? ……なんだ、工藤か」


 怪我人にこんな例えは失礼かもしれないが、まるでゾンビのようにやせ細り、目の周りは真っ黒で精気もなく、焦点もあっていない。


 もしここが東の病室だと知っていなければ、俺は気づかなかったかもしれない。

 それくらい変わり果てた東の姿をみて、言葉が詰まる。


「……大丈夫なのか」

「お前が心配とか、なんのつもりだよ」

「……別に」


 今日は、こいつに今生の別れを突きつける覚悟でいた。

 しかしこんなに弱りきった相手を前に、そんなことを言うのはためらう。


 それでも、今更こいつと仲良くするなんて気持ちもないし、やはり伝えるべきことだけはちゃんと伝えて帰ろうと、言葉を振り絞る。


「色々あったけど、もう俺たちに関わるな」

「なんだ、そんなことか……もう無理だよ。金も家族もないし、それにもう歩けないらしい。こうして生きてるのも奇跡だそうだ」

「そうか。なら、命があることに感謝して真っ当な人生を送れよ」

「……そう、だな」


 もう見ていられない。

 霞もさすがに敵意を見せることはなく、ただ黙って東を見ていた。


 このままここにいることが辛くなり、彼に背を向けて帰ろうとした時に東が口を開く。

 

「なあ。来てくれてありがとう」


 その言葉に足が止まりかけた。

 しかしこいつのしてきたこと、俺たちがやられたことも含めると振り返って東の手を取ることはできなかった。


 だからそのまま出口に向かいながら、最後に「元気でな」と言い残して、そのまま俺たちは病室を出た。


 看護師の人に頭を下げると、東の事について少しだけ話をされた。


 父は投獄、兄は意識が戻らず母は蒸発。

 身寄りのなくなった彼もそのうち退院してどこかの施設に預けられるそうで、そのことについて連絡しようかと提案してもらったが俺たちは断った。


 もう、あいつとは別の道を行くのだと決めて今日ここにきたわけで、追いかける理由もないし、俺たちが何かできることもない。


 だからそのまま病院をあとにした。



 病院を出てからも通夜みたいな空気のままで、沈黙を嫌って俺の方から霞に話しかける。


「あれでよかったのかな」

「同情しても、私たちで彼を助けてあげることはできないもの」

「そうだな。でも、不憫だ」

「……」


 自分のいわば仇ともいえる相手に対してこんなことを思うのはやはり変なのだろうか。

 でも、いつかあいつが更生して元気になって大人になってからどこかで出会うことがあれば、その時は過去を水に流して笑って話すくらいは……


 そんなあるかどうかもわからない希望的観測を頭に浮かべながら、俺たちは家に帰る。


 春休みにあった大きな出来事はこれくらい。

 後はバイトに明け暮れるだけの日々が続き、そしてやがて春になる。



「三年生になっても同じクラスだったらいいのにね」

「とりあえず今日行ったらわかるだろ」

「なんでそんなに興味なさそうなのよ。私が他のクラスに行ったら嫌じゃないの?」

「こればっかりはどうしようもないだろ」


 そう。俺たちがどう臨んでもどうしようもならないことはたくさんある。

 運が良い悪いの話なら、俺たちは随分と悪運に付きまとわれた日々だった。

 多くを望んだわけでもないのに、様々なものを取り上げられたり、しがらみに悩まされたり。


 だからせめてクラスが一緒でなんてしょうもない願いくらいは、彼女のためにも叶えてほしいものだ。


 それくらいは願ってもばちは当たらないだろうと、新学期が始まる学校へ桜並木を歩きながら向かう。


 下駄箱の前では多くの生徒がクラス割の張られた掲示板に群がっている。


「ええと……あっ、俺の名前あったよ。三組だ」

「私は……あった、一緒だよ遊馬!」


 飛び跳ねて喜ぶ彼女は、満面の笑みで抱きついてくる。


「お、おい学校だぞ」

「また一緒だもん。嬉しい」

「……案外、運がいいのかもな俺達って」


 散った桜の花びらを頭に乗せた霞と、早速新しい教室へ向かう。

 泣いても笑ってもこの一年間で俺たちは高校生を終える。


 今日から三年生。

 新しいこの一年にいい出会いがありますようにと願いながら、二人で席に着いた。

 

 

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