第4話 天使様はご乱心

 放課後、俺はこの半年間で身についたルーティンのようなものに縛られてか、しばらく窓の外を見ていた。


 そう、一年生の時は同じように外を見て天使が帰るのを見届けてから帰宅していた。


 今思えば、なんて気色の悪いことをしていたのだと過去の自分に嫌気がさす。


 別にあれは恋なんかではない、気になっていたのは否定しないがそんなんじゃない。


 ただ、なんであいつは都合よく空のペットボトルなんて持ってたんだろうとか、優等生にしては随分寛容な対応だったな、なんていう疑念が晴れなかったからだ。


 だからずっと天使が気になっていた。

 というより引っかかっていたものがあっただけだ。


 しかしそんな疑問もすっかり晴れた。

 あいつはあの日、屋上でタバコを吸おうと思っていたんだろう。


 そして俺が先にいて焦った。

 自分も同罪だから強くも言えず、あんな対応になったんだ。


 タネがわかってしまえば手品も大したことないのと同じで、俺が半年間抱いていた疑問なんてこの程度のことであった。


 しかし癖付いた習慣は簡単には崩せず、目的もなしにずっと外を見ていると、斉藤が俺に声をかけてきた。


「工藤君、帰らないの?」

「あ、ああ。帰るよ」

「じゃあさ、一緒に本屋行かない?僕、工藤君にお勧めしたい本があるんだ!」


 何を勝手に決めているんだと言いたかったが、最近誰かと買い物をした記憶もなく、たまにはいいかと斉藤の誘いに乗ることにした。


 ちなみに天使は放課後すぐに女子数人に連れられてどこかに行った様子だったが、そんなことは別にどうでもいい。

 むしろ帰り道が一緒になる心配がなくて清々するくらいだ。


 この街は田舎だ。

 駅前の商店街と街唯一のショッピングモールくらいしか遊ぶ場所はない。


 しかしそんな地元でもないこの街を俺は案外気に入っている。


 もちろん本屋もそう多くはなく、斉藤が向かったのは俺がよくいく街の本屋だった。


「工藤君もここ、よく来るの?」

「まぁ、一人暮らしでやることないし」

「いいよねー、一人暮らし。憧れるなー」


 どうも人懐っこい奴で調子が狂う。

 斉藤はさっさとラノベコーナーに行くと、俺にラブコメを紹介してきた。


「これ、隣の天使様が世話してくれるシリーズ。知ってるでしょ?」

「皮肉か」

「え?」

「なんでもない。知ってるよ」


 中学まではサッカー一筋だった俺はあまり本など読まなかった。

 しかし長い入院生活やその後のぼっち生活のお供として沢山の本を読んでいるうちに漫画のみならずこういったラノベ小説なんかも読むようになった。


 これが案外、なんて言い方は失礼だが没入できていいのである。

 静かに一人で本を読むことは時にスポーツよりも集中するし、現実の嫌なことも一時的ではあるが忘れさせてくれる。

 

 この天使様シリーズは俺も何作か読んでいる。

 隣に越してきた天使が主人公の部屋で料理をしたりベランダでお話をしたりなんていう甘めなラブコメだったが、この天使みたいな子が隣に来ないかなんて想像はもちろん何度もした。


 しかしまぁ結果は無惨なもの。

 天使は来るには来たが、中身がとんだデーモン。

 

 まぁあいつを一言で例えるならスモーキングエンゼルとでもいうべきか。


 ほんと、こんな本一冊手に取るたびにあいつのことを思い出してしまうは不服だし不快だ。


 なぜかこの本を買うことは不本意な気がしたのだが、作品に罪はないという理由で購入することにした。


 そして斉藤と本屋を出たあと、途中で帰り道が分かれる。


「あ、僕こっちだから。今日はありがとう工藤君」

「いや、俺の方こそ」

「また明日からも学校でよろしくね」


 無邪気な様子で走っていく斉藤は、やはりとても細く小さい女の子のよう。

 もちろん俺にそんな趣味はないが、出るところに出たら需要ありそうだなあいつ。


 帰り道に余計なことを考えながら帰宅すると、ゴミ捨て場の方からちょうど煙が立ち込めている。


「はぁ、マジ他の高校のやつとか呼ぶなよな。私はお前らの見せ物じゃないっつーの!死ね、マジ友達ヅラすんな死ね!」


 咥えタバコでゴミ袋をガンガン蹴りながら怒る彼女の姿の方がもはやゴミ。


 お前を蹴り飛ばしてやろうかなんて思いながらも俺は「落ち着け」とつい声をかけてしまう。


「あ……誰かと思ったらあんたか。これが落ち着いてられるかってのよ」

「遊びに誘われたんじゃないのか?」

「誘われてきちんと付き合ってやったわよ。でもカラオケ行ったら他の高校の男子とのコンパだったわけ。私が来たらイケメンが揃うからって、マジ人をなんだと思ってるのよブスどもが」

「……」


 この天使、この辺りでは他校の生徒でも知らない奴はいないそうだ。

 まぁ、理由はわかる。見た目は誰もが二度見したくなるような美人だから。

 

 ほんと、中身がよければ完璧なのだろうがステータスの全部を見た目に振ったようなほどに中身がカスだと俺は知っているからこいつを見てももう何とも思わない。


 しかし、よほど男子が嫌いなのかそこにいた奴らがウザかったのか、いつもより彼女は荒れていた。


「とにかくゴミ袋蹴るのやめろ。カラスがくる」

「はいはい。わかったわようるさいわね」


 言って彼女は足を止めると短くなったタバコの火を地面で消して、再びポケットからタバコを出してそれを咥えた。


「なぁ、それもやめろよ。体によくないぞ」

「私の心配するなんて何様?それより、放課後何してたのよあんたは」

「おれ?斉藤と本屋行っただけだよ」

「へぇ、お友達できたんだ。でも、仲良くなったからってうっかり私の話とか出さないでね」


 彼女は俺の忠告なんて聞くわけもなく、カチッとライターでタバコに火をつけた。


「はぁー」

「随分うまそうに吸うな」

「まぁね、ずっと吸ってるし」

「……将来後悔しても知らんからな」

「あなたに心配されるほど私の将来は暗くはないわ。」

「あっそ」

「それより、邪魔だからさっさと部屋戻りなさいよ」


 煙を吐きながらそう話す彼女は俺を睨みつけてくるので、俺もさっさと部屋に戻ることにした。


 俺は部屋で一人、さっき買ってきた本を読みふける。

 隣の天使様がコンコンとノックしてきて、「今日は肉じゃが作ったの」なんて微笑むシーンにはほっこりさせられる。


 まぁ現実の天使様はせいぜい「あんたも吸う?」とか言って煙草を差し出してきそうだが。


 しばらく本に集中していると、うっかり夜になっていた。

 今から自炊するのも面倒なので、今日は近くのコンビニにお世話になろうと外に出た。


 歩いて数分、出たところから看板が見えるくらいの距離にあるコンビニは俺の生命線である。

 立ち読み、おやつ、食事まで何かと世話になっているわけだが、ここに通うのにはもう一つ理由がある。


「いらっしゃいませ。あ、工藤君こんばんわ」

「こんばんは綴さん。今日は夕食を買いに」

「遅いんだね。学校、頑張ってる?」

「ええ、それなりに」


 ここのコンビニの店員であるつづりカナメさんは、電車で一時間ほど行った先にある大学に通う大学生。

 大学生らしく髪を明るく染めて、パーマの当たった肩元まである毛先が少し赤くなっているのが特徴の可愛い女性だ。

 見た目で言えば年上には見えない、幼さの残る顔は愛嬌に満ちている。

 他の客からもナンパされることがしばしば、なんて本人がいうのもまぁ嘘ではないのだろう。


 実は彼女、相当なサッカーファンで、中学生の頃の俺を知っていた。俺の顔を見て「もしかしてあの工藤君?」なんて声をかけられたところから話が盛り上がり今ではこうして店で会った時に話をする仲にまでなったのだ。


 いくら静かでぼっちライフがいいと言ってみても、誰とも話さないと息苦しくなってしまうのが人である。

 地元の人間の連絡先もろくに残ってないし、ネットの中に友達とかもいない俺だから、誰かと話したくなった時には、たまに彼女に会いにここへくるというわけだ。


「新学期だよね。もう高校二年生かー。私も大学二回生だから同じ二年生だね」

「同じってことはないでしょ。俺が大学に行く時には綴さんはもう四回生ですよ」

「やだー、そんな先の話しないでよー。まだ来月までは同じ十代なんだから」


 気さくに話をしてくれる彼女は会話をしていてどこか心地いい。

 夜の誰もいないコンビニでもせっせと掃除をする彼女はおそらく真面目で学校でも人気者なのだろう。

 

「それで、夕食ってお弁当?新商品あるけど買っていく?」

「あ、それお願いします。コンビニの弁当って飽きやすくて」

「あら、春休み全然来てくれなかったのに。どこかで浮気してたなー」

「違いますよ、たまたまです」


 なんて盛り上がりながらレジを済ませていると、自動ドアが開いて客が入ってきた。


「いらっしゃいませー」


 綴さんが声を向けた先を見ると、サングラスをかけたロングコートの不審者みたいな女性が立っていた。


「あの人、最近よく来るの。煙草買っていくだけだけど」

「……身分証明書ちゃんと確認してます?」

「え?最初に来た時に見せてくれたけど。大学生みたいね」

「……」


 あれは天使だとすぐにわかった。

 どういうからくりで身分を偽っているかは知らないが、あの赤い髪の人間がそうそういてたまるものか。


「サングラスしてるからわからないけど綺麗な人だよねー。憧れちゃうなー」

「綴さん、見た目に騙されたらダメですよ」

「え、知り合い?」

「いや、経験則ですよ」


 俺は温めてもらった弁当を持ってさっさと店を出た。

 その時に向こうも俺に気づいた様子だったが、もちろん声はかけなかった。


 しかしわざわざ変装してまでコンビニに来る彼女の姿が滑稽で少しおかしかった。

 ただ、綴さんの迷惑になるからあそこで煙草を買うのはやめさそう。


 部屋に戻って弁当を食べながらそんなことを考えていると玄関のチャイムが鳴った。

 


 

 

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