第45話 天使のご褒美
散々保健室で泣いたあと、俺と天使は帰宅した。
俺はもちろん歩けないし、かと言って先生に送ってもらうと、天使の家までわかってしまうからと、天使が綴さん経由で店長さんを呼んでくれた。
学校まで迎えにきてくれた彼の車に二人で乗って、そのままアパートに帰還した。
「ありがとうございます、店長さん」
「いいってことよ。それより、今日は天使ちゃんも休んでいいから彼の面倒見てあげなさい」
「はい、わかりました」
店長さんの車が去っていくのを二人で見送ると、今度はアパートの階段を登るのにも苦労する。
「肩、貸してあげるから」
「……すまん」
「いいわよ。それよりさっさと横にならないと」
今日の天使はいつにも増して優しい。
まぁ、こんな派手に怪我したやつにくらい、誰だって優しくなるものかもしれないが。
天使の肩を借りて部屋に戻ると、俺はすぐに膝を伸ばすようにして床に座る。
「いててて」
「病院、行かなくていいの?」
「まぁ、明日になったら歩くくらいは。折れてはなさそうだし」
「そっか」
俺が気絶したあと何がどうなったかについては、全て天使が教えてくれた。
東は、さっきのゴールは無効だと喚き散らしていたらしく、周りの生徒の殆どが有効だと彼を責めたことで激昂。
生徒の数人を殴って蹴ってと大暴れしているところに先生がきて取り押さえられたらしい。
それでも東が暴れるので通報されて今は警察にお世話になっているそう。
先生たちの会話でも、さすがにこの暴力事件は隠蔽できないだろうと言ってたとか。
「あいつ、ほんと最後までカスだったわね」
「いいってもう。あんなのと勝負した俺がバカだったんだよ」
「でも、そのせいで」
「だからいいって。ちょっとかっこいいとこみせようとはりきった報いだよ」
そうだ。随分とカッコ悪いところを見せる結果にはなってしまったが、それでも俺は天使のため、自分のためにこの足を使ったんだ。
だからもういい。最後によく動いてくれた。
「ねえ」
動けない俺の為に飲み物を入れてくれている天使が、少し照れ臭そうに話しかけてくる。
「かっこつけたかったのって……その、みんなの前だから?」
こういう質問って、俺は苦手なんだ。
どう答えるのが正解かよくわからないから。
もちろん俺は天使がどう答えてほしいのかくらいの察しはついている。
ただ、あくまで俺が察しているだけのこと。
違っていたらこれほど痛い話もない。
……いや
「天使の前だから気合い入ったんだよ」
「なにそれ……」
「カッコよかったんだろ?」
「ええ、わんわん泣いてる顔とか特にね」
「おい」
「カッコよかったわよ……」
天使という女はほんと卑怯だ。
素直じゃないようで、時々素直に胸の内を吐き出す。
それに、照れた顔や仕草はいつもの男勝りなそれではなく、実に女の子っぽいというか柔らかいというか。
ギャップってやつか……しかし、照れてしまった天使の顔はまともに見れない。
見たらもう、俺の気持ちが口から漏れてきそうだから。
「あ、ええと……そ、そういえば遊園地のこと、だけど」
「ああ、チケットは嘘。でも、そんな足だと楽しめないでしょ?だから、代わりの褒美を考えてあげたんだけど」
「代わり?」
俺の隣に座ると、彼女は少し遠い目をする。
「一応、東との勝負は私のためでもあったん、だよね……」
「まぁ、そんな恩着せがましいこというつもりはないけど。俺自身、あいつにムカついてたのもあったから」
「ふーん。でも、かっこいいところ見せたかったんだよね?」
「ま、まぁ……だからなんなんだよ」
「……えい」
前を向いていたまま、天使の顔を見れずにいた俺の頬に柔らかい感触が。
驚いて、でもそのまま動かずに少し横目で彼女の方を見た。
……頬に、キスをされた。
「あっ……」
「……い、一応これはお詫びとお礼兼ねてるから」
「……お、お前」
「か、か、勘違いしないでよね!私みたいな美人にこういうことされたら男子って嬉しいのかなって思っただけだから!」
「……」
「なんとか言いなさいよ、バカ」
「驚いて何も言えない」
「な、なんなのよその感想は!いい、バカ、知らない、死ね!」
天使はさっさと部屋を出て行った。
俺は。天使にキスされたところをそっと触り、口から飛び出そうな心臓の鼓動を宥めるために何度も何度も深呼吸して、そして。
「マジか」
独り言を呟いてしまった。
やっぱり天使はずるい。
なんだよお礼がキスって。
……こんなの、嬉しすぎて何も言えないに決まってんだろ。
その姿勢のまま、一時間ほど固まっていた俺は腹が減ったことでようやく少し現実に帰ってきた。
ふと携帯を見ると、天使から『夕飯の買い出し行ったら戻るから』となんとも不愛想なメッセージが届いていた。
俺は痛い足をなんとか踏ん張って座り直すと、テレビをつけて天使を待った。
◇
夜、天使は動けない俺の代わりに夕食を作ってくれている。
「さてと、明日なんだけど私、綴先輩と店長に食事に誘われてるって言ったっけ?」
「ああ、前に綴さんから聞いたよそれ。で、行くんだろ?」
「……あんた、これないでしょ?」
「まぁこの足だとな。俺はいいから行って来いよ」
「……やだ」
「なんでだよ、みんな良い人だしご馳走になってこいって」
「あんたがいないと……」
「え?」
「いい、どうするかは後で決めるからさっさと食え、バカ!」
ガチャッと雑に食事を俺の前に置くと、天使は一度部屋に戻っていく。
今日はコロッケ。これがまたびっくりするほど美味くて、つい飯を食べ過ぎてしまった。
今日は立つのも辛いので、飯を食べたら食器もそのままにベッドに寝そべった。
天使も今日は家で寝てるのか帰ってくる気配はない。
……一人でいると、彼女への気持ちが大きくなっていく。
ここまでしてくれてるからとか、そんなの抜きにしても俺には天使が必要だ。
でも、今更この気持ちを彼女にどう伝えたらいいのかわからない。
はぁ……でも、いつかは言わないとダメだよな。
とりあえず今日は寝よう。
◇
翌朝、誰かの気配で目が覚めた。
「おはよう」
「ん、もう朝か」
「今日は休みだしゆっくりしてもよかったけど。それより足、大丈夫?」
「……今はそんなに痛くないかな」
朝から部屋で昨日ほったらかした俺の食器を洗ってくれている天使は、休日の朝だというのに私服姿に着替えてある。
「どこかいくのか?」
「ちょっとコンビニにね。さすがにスウェットじゃダメだし」
「飯の件、行く気になったのか?」
「……そのことだけど、うちでやらないかって言おうと思って」
「え?」
天使にとってこのアパートに住んでいることは、できれば誰にも知られたくない事実であると俺は知っている。
それなのに綴さんたちをわざわざ呼ぶなんて、一体どういう風の吹き回しだ?
「あ、あんたが何も食べられないと可哀そうでしょ?だから部屋に出前でもとろうかなって話よ」
「お前は、いいのか?」
「別に、もう優等生でもなんでもないから別にいい」
「でもお前がどこに住んでるか見つかったらやばいんだろ?」
「うん……でも」
「でも?」
キュッと水を止めて、台所で少しだけ考えたように俯いた天使は、はぁっと息を吐いてからこっちを向く。
そして
「あんたがいるから大丈夫」
と言って、ニコッと笑った。
その一言に、俺は全然力の入らない足の事などすっかり忘れて思わず立ち上がった。
しかし足が言うことをきかずにバランスを崩す。
「あっ」
倒れそうな俺を支えようと天使が駆け寄ってくる。
おもわず、その彼女に俺はもたれかかって抱きしめる格好になった。
「だ、大丈夫?」
「すまん、ちょっとまだ足が……」
「……」
「なぁ、俺でいいのか?」
「え?」
抱きしめたまま、顔も見えない天使に俺は、質問する。
「俺なんて、なにもできないぞ?」
「……そんなこと、ない」
「何もないしこんな足じゃお前を守ってやれる保証はないぞ」
「別に、そんなの求めてない」
「じゃあ、俺はお前の傍にいていいのか?」
「……いろ。いなくなったらぶっ殺す」
「はは、怖いな」
「もっと、ぎゅっとして……」
キュッと。俺の服を掴む彼女を俺は抱きしめた。
支えようと、守ろうと彼女を抱きしめながら、でも俺も彼女に支えられるように立っていた。
こうやって、お互いに支えていけたらそれでいいと、細い彼女を抱きしめながらずっとそんなことを考えていた。
しばらくして、彼女は黙って部屋を出ていった。
見送ってから、俺はいたって冷静に。そして強く、覚悟を決める。
……天使に告白しよう。
さっきみたいな曖昧なものではなく、好きだということを彼女に伝えよう。
そう決まると、心のモヤモヤが少し晴れた。
今日、みんなで食事をして。そしてみんなが帰ったら……
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