第74話 天使の歓迎
放課後、俺と霞はそれぞれ新しい友人に連れられてカラオケやらボウリングやらに連れていかれた。
男子が向かったのはボウリング。
前に霞といってたおかげで、不器用な姿を晒さずに済んだが、そんなことよりここの生徒はみんないいやつだということが嬉しかった。
それにいいことは続く。
解散して家に帰る途中、久しぶりに斉藤と会った。
「工藤君、久しぶりだね。新しい学校はどう?」
「いい感じだよ。斉藤は確か進学校の私立だったな」
「うん、真面目な人ばっかりだよ。天使様とも相変わらず?」
「ああ、おかげさまで」
それぞれの道で、みんな前をむいて頑張っている。
そんなことがわかってまた嬉しい気持ちになったのだが、斉藤から東の件について話が出る。
「東君、入院してるらしいけどずっと寝たっきりなんだって」
「噂は聞いたけど。誰か見舞いとか行ったのか?」
「誰も寄り付かないよ。でも、ちょっと可哀そうだなって」
「……そうだな」
自業自得とはいえ、同じ高校生の彼が親と乱闘して寝たきりだというのは、やはりどんな奴であっても不憫に思えて仕方ない。
ただ、病院を探してまで見舞いに行くこともないし、安否を心配することも多分偽善でしかないのだと思うと、そうすることも今後ないとは思う。
ただ、一度でも一緒のグラウンドにいた人間として彼が普通の人間として俺たちに関わることなく生きてくれればそれでいいのだが。
「また落ち着いたら遊びに行こうよ」
「ああ、いいよ。いつでも連絡してくれ」
斉藤と別れた後で電車に乗り、俺はいつもの癖で前のアパートに向かおうとしていて慌ててひと駅前で電車を降りる。
そして新しいアパートについて、部屋に入ると段ボールが玄関に山積みされていた。
部屋の間取りは1LDK。二人で住むには十分すぎる広さで、俺は部屋に荷物を運びこんで最低限の荷解きを始める。
霞はまだ仕事中だ。きっと帰ってきたらお腹を空かせているだろうと、一通り準備が終わると今度は、新しいキッチンで料理を。
やがて時計を見ると夜の十一時。そろそろ帰ってくるかなと思っていたところで玄関がひらく。
「ただいま。あ、いい匂い」
「おつかれ。今日はめんどくさいから野菜炒めにしたよ」
「お腹空いたー。あーあ、早く週末ならないかな」
「週末に仕事終わったら引っ越し祝いでもするか。どこか外食でも」
「うん。たまにはいいよねそれくらい」
たまの外食くらいがささやかな楽しみである学生カップルの貧乏生活だが、それでもこうして部屋を借りれて学校に行けて仕事にありつける。
そんな些細なことも幸せだと思えるのは、きっと今が充実している証拠だろう。
食事と風呂を済ませた後、お互い遊びに行ってどんなことがあったかなんて話をしながら、眠りについた。
◇
「文化祭だってさ。何かするのか?」
「さあ。私たちは準備も企画も参加してないし、流れに任せましょ」
十月に控える文化祭に向けて、新しい学校では多くの生徒がその準備のために昼休みや放課後を使ってせわしく動いている。
この学校は運動会を春先に終えていた。というのもこの文化祭の為に秋のスケジュールを空けているのだというから、結構力を入れていることが伺える。
転校から数日が経った今日は、ようやくみんなに連れまわされることもなくなり霞と慌ただしい放課後の校舎をゆっくり歩きながら帰っている。
「高校って、楽しいね」
「そうだな。初めて学校がいいところだと思ったよ」
こんなに平和でいいのかと、逆に不安になってしまうほどに穏やかに時間が過ぎていく。
もちろん俺や霞はよくトラブルに巻き込まれる体質なので気は抜かない。
霞の父親の件や、東たちの動向にはいつも必要以上に気を回しているが、特に何かあるわけでもない。
今日は霞をバイトに送るついでに、久しぶりに綴さんにも会いに行ってみることに。
自転車の後ろに彼女を乗せて、二駅ほどゆっくりと秋風に吹かれながら自転車を漕いでいくと、やがてコンビニに到着する。
「なんか久々な気がするな」
「私はいつもきてるから全然。でも、学生が減ったから暇になったわよ」
「あっ、工藤君久しぶり」
店の中に入るとすぐに綴さんがこっちにくる。
店長さんに「ちょっと休憩入りまーす」と行ってすぐに飲み物を買って外に。
その間にバイトの準備のため着替えに向かう霞は、心配そうにこっちを見てくるので「なんもないよ」と少し冷たくあしらってしまった。
「新しい生活は順調?」
「ええ、おかげさまで。順調すぎて怖いくらいです」
「そっか。私も平和だな―最近。ようやく元カレの呪縛が消えてきたって感じだし」
綴さんの元カレ。東の兄だ。
しかし彼も事件に巻き込まれたと訊いたが、そんな話は知っているのだろうか?
「あの、元カレさんって」
「うん。大学で別の友達に訊いたんだけど、弟さんと一緒で病院にずっといるみたい。相当ひどく殴られたみたいね」
「……そうですか」
「後味悪いよね。死んじゃえとか思ったこともあったけど、いざこんなことになると嫌な気分になる。でも、それが普通だよ。あんなことされたら恨んでも普通だし、だからといって関わった人の不幸を心の底から願ったりできないから複雑な気持ちになるわよ」
俺や霞だけでなく、綴さんもまた同じような心境で悩んでいたのだと知ると、少しだけ心が軽くなった。
あんなやつのことを気にしている俺はおかしいのかとか、あいつらの不幸をどこかで願っていた自分が最低な人間なのかとか、そんな葛藤は常にあった。
でも、誰もがそんなものだと優しく諭してくれる綴さんに、また俺は救われた。
「気にしてるかなってね。だから今日、工藤君と話したかったんだ」
「全部お見通しですね」
「あはは、大人だからね。天使ちゃんは工藤君連れてきてって頼んだらすごい顔で疑われたけど」
「……すみません」
「ラブラブだねえ。うんうん、羨ましいよ」
ちょうど話が終わったあたりで霞が「先輩、休憩時間終わってますよ」と少しむすっとした顔でこっちにきた。
俺と引き離すように綴さんを連れて行く霞は、「今日は迎えにきて」と不機嫌そうに言って店の奥に戻っていった。
今日は何かあるわけでもなかったが、迎えにいくのならどこかで時間を潰そうと思い、夜にやっている柳さんのサッカー教室に顔を出すために、一度駅まで向かうことにした。
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