第76話 天使の文化祭

「すごい人だな」

「ええ、ここって文化祭に力入れてるのね」


 三日間で行われる文化祭。その初日には生徒や学校関係者以外にも、一般客が多く押し掛けていた。


 大学の文化祭ほどの規模はもちろんないが、しかし高校のそれとしては十分すぎるほどに力が入っていて、主催者側の生徒たちも、客のみんなもこの文化祭を盛り上げるべく楽しそうな表情を浮かべて、せわしく動き回っている。


 お祭りと言えばたこ焼きだとか綿あめだとか金魚すくいだとか、そんなものを連想するが、ここの文化祭では地方の特産品とか占いとか、ちょっと変わった出店が目立つ。


「占い、すごい行列だな」

「私たちも占ってもらう?」

「嫌な結果が出たら困るからパスで」

「えー、別にいいじゃんいこうよー」


 女子ってどうして占いが好きなんだろうかと、少しうんざりしながらも霞に連れられて列に並ぶ。

 いつも思うのだけど、占い師って未来が見えたりいいこと悪いことの予見ができたりするのなら、その力を使って自分がギャンブルや仕事で金儲けすればいいのに。

 そんなひねくれた発想は、楽しみに並んでいる霞に話しても怒られるに違いない。

 だから伏せておくけど。


「私たちの将来とか、見てもらう?」

「別れますとか言われたらどうするんだよ」

「じゃあ無視する」

「意味ないじゃんか」

「なによー、私と別れたいってことー?」

「そうじゃないって」


 めんどくせ。

 心の中で呟きながら、それでも少し笑ってしまう。


 めんどくさい。でもそれがいいまである。

 それくらい俺は霞が好きなわけで。


「次の方、どうぞ」


 よばれてカーテンの向こうに行くと、いかにもといった雰囲気で水晶を構えた女性が一人。

 ……ていうかこの子も生徒だよな。


「あの、私たちの将来を占ってください」


 霞が前のめりにお願いをすると、先輩っぽい雰囲気の占い師が頷いて水晶を眺める。


 ワクワクした様子で待つ霞とは対照的に、俺は冷めている。

 正直こういうのって適当にそれっぽいことを言えば当たったような気になるもので、結局は話術なんだよなあとか、夢のないことばかりを考えて占い結果を待つ。


「とても相性がいいですね。ずっと一緒にいられるでしょう」


 とか。相手が喜びそうな言葉を選んで口にしただけだろうに、霞はニッコリとわらってから俺に「よかったね」と耳打ちする。


 こんなものかと立ち上がろうとすると、占い師の人が俺を呼び止める。


「あなた、いいことは続きますけどそれもまた苦労の種ですよ」

「は? どういうことですか」

「いえ。悪いことではないので。お幸せに」


 意味深なことを言うのもまた、さもそれっぽい雰囲気を出すための演出なのだろうか。

 しかし気になる言い方だ。


「遊馬、何言われたの?」

「いいことは続くって。でも苦労するってさ」

「なによそれ。私が迷惑かけるってこと?」

「そうは言ってないだろ。でも、悪いことじゃないとは言ってた」

「ふーん。でも、遊馬もしっかり占い信じてるじゃん」

「気にはなるだろ。でも、悪い結果じゃなくてよかったな」

「うん。ずっと一緒だって。嬉しい」


 嬉しい、か。俺も嬉しいよ。

 俺とずっと一緒だと言われて、そんなに喜んでくれるのだから嬉しいに決まってる。


「じゃあ、占いもやったことだし次はどうする?」

「そうね、午後からはライブやるらしいから見に行ってみる?」

「いつかみたいに乱入するなよ」

「バカ、忘れてたのに」

「あれを忘れるほうが無理だろ」

「……知らない」


 拗ねた様子の霞は先に行ってしまう。

 しかしすぐに振り向いて「さっさとついてきてよ」なんて言ってくる。


 怒ったふりも下手だなあと、俺の頬も緩む。

 

 すぐに追いかけようと足取りを早めると、彼女のところに大学生のような男が三人、寄ってきた。


「かわいいなあおい。ここの生徒? ねえ、案内してよ」

「あの、私一緒に回ってる人がいるので」

「いいじゃんかよ。俺たち勝手がわかんなくて困ってたんだよ。なあ、ジュース奢るから」

「結構です。私も転校してすぐなのでわかりませんし」

「そうなの?じゃあ一緒に探索しようよ」


 あいつは美人だからナンパされやすい。なんて思っていたけど、案外隙が多いのかもしれない。


 いや、実際にはそう見えるだけ、なのだが。


「すみません、失礼します」

「おいおい、シカトはよくないなあ姉ちゃん」

「……しつこいぞ」

「は? なんか言ったか」

「しつこい、死ね!マジで付きまとってくんなぶっ殺すぞ!」

「!?」


 霞の大きな声は、盛り上がるグラウンド中の人を鎮めるには十分だった。

 シンと静まり返った生徒たちが霞を見る。


「お、おい何もそこまで」

「うっさい。マジであんたら通報してやんよ。どこの大学?社会人?高校生だからってなめんなクソが」

「ご、ごめんなさい!おい、いこうぜ」


 男どもはそそくさと、逃げるように走っていき正門からどこかに消えていった。


「おい霞、声が大きいぞ」

「いいの。私はもう『天使様』はやらないから。これで学校中のやつらも私の本性わかったでしょ」

「だからってなあ……」


 また躓いてしまった。

 せっかく新しい学校で、一からやり直せると思っていたのに、どうしてこいつはこうも極端な生き方しかできないのかと呆れた。


 しかし、そんな心配は無駄だったとすぐに知ることとなる。


「あの、天使さんですよね?」


 俺が霞をなだめていると、数人の女子が寄ってきた。


「はい、なにか?」

「さっきの見ました、かっこよかったです!あの人たちにナンパされて私たち困ってたので助かりました」

「は、はあ」

「天使さんって美人でかっこいいし、勉強もできるんですよね?いいなあ、よかったらお友達になってください」

「え、え?」


 どうもさっきの連中はいたるところで迷惑行為を働いていたようだ。

 女子生徒たちが怖がっていたところにちょうど霞の一撃が入り、ビビッて逃げていく様を見たやつらが、霞の元に集まってきた。


「天使さんってすごい名前よね。エンジェルだなんてかわいい」

「私たち、勉強はできないけど学校でわからないことがあったら頼ってくださいね」

「あ、あの……」


 困り果てた霞は助けを求めるように俺の方をチラチラ見るが、敢えて何もしなかった。

 素の彼女を見て、それでもなお好きになってくれる連中。

 そんな友人たちともっと話せよと言わんばかりに、俺はそっぽ向いてさっき買ったフランクフルトを食べながら、笑っていた。


 やがて解放された彼女は、怒った様子で俺のところに。


「ちょっと。なんで助けてくれないのよ」

「いいじゃないか。友達、できたんだし」

「で、でもあれは」

「そのまんまのお前の事を好きになってくれるやつもいるんだって思うと嬉しいよ」

「……遊馬は、引いてない?」

「今更だよ。お前の口の悪いところなんて」

「またそういうことばっかり。どら焼き奢りなさいよ」

「売ってないだろ……」


 そのあと必死でどら焼きを探したがあるはずもなく、代わりにあったたい焼きを買ってやると嬉しそうに食べていた。


 午後からは体育館でライブ鑑賞。今日は大人しくしている霞だったが、やはり不満なのか足をゆすって落ち着かない様子の彼女を見ているとこっちまでハラハラさせられる。


 変わったこともなく、何も特別なこともないありふれた文化祭初日は、こうして平穏に過ぎていった。

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