第42話 天使の勘繰り?
正直に胸の内を話すなら俺は戸惑っていた。
そして緊張もしていたしドキドキもした。
そりゃそうだ。同級生の女子と手を繋いで帰るなんて、別に彼女もいない俺からすればまたとないビッグイベントだからだ。
しかし、なぜかあの時は冷静な自分もいた。
ときめかないとか、そういう話ではない。
多分、罪悪感だ。
俺がたまたま隣の部屋にいて隣の席にいて、それでいてたまたま彼女の秘密を知って。
それだけのことで心を許してもらえたのだとすれば、それは別に俺の力でもなんでもない。
出会った偶然くらいは差し引いたとしても、俺はあいつの孤独につけ込んでいるだけのような、そんな罪悪感が確かにそこにはあった。
もし、天使が俺の事を好きだと言ってくれたとして、素直に俺はその好意を受けられるだろうか。
仮に付き合えたとして、こんな俺が彼女の隣を歩いていくことができるだろうか。
何もかもに自信がない。
まぁ、こんなことを考えてしまうくらいなので、自分の気持ちにはとっくに気が付いているわけで。
……俺は天使が好きだ。
がさつでめんどくさくて不良気質で言葉遣いも悪い癖に何にでも頑張り屋で人の事を気遣える優しい心の持ち主で、笑うとちょっと可愛らしくて怒る顔も綺麗で、泣きそうな顔は支えてやりたいと思わせる儚いもので。
そんな天使が好きなんだと、ようやく気付いたわけだけどきっとこの気持ちはもっと前から持っていたのだろう。
……今日は十一時にあがりとか言ってたな。
迎えに行っても怒られたりしないだろうか。
天使の為に遅めの夕食を準備してやりながらそんなことを思う。
昨日はハンバーグだったので、今日はあいつが前に好きだと話していた生姜焼きにしてみた。
なんか前にも思ったけど、俺って専業主夫の素質でもあるのかもしれないと、仕事をしている彼女を想い、少しだけ自虐的にそう考える。
そして準備を済ませたところで時計は十時四十分過ぎ。
やはり落ち着かず、俺は火の元を確認してからそっと部屋を出た。
向かうのはもちろんコンビニ。
今日は客に絡まれたりしていないだろうか。
店長や綴さんに迷惑をかけていないだろうか。
そんな心配をしながら夜道の涼しい風に押されるようにコンビニへ向かう。
「いらっしゃいませー……何よこんな時間に」
満点の営業スマイル、のちにいつものしかめっ面。
天使が客としての俺を出迎えてくれる。
「いや、飯の準備できたし甘いものでも買おうかなと」
「ふーん、じゃあ私はプリンね」
「なんでお前の分も買う前提なんだよ」
「いいじゃんかケチ」
レジの奥に戻ろうとしながら彼女は少し嬉しそうに話す。
機嫌は、良さそうだな。
「あ、今日はお迎え?妬けるなぁ」
綴さんが代わりにレジに立つ。
多分天使が呼んでくれたのだろう。
「いや、まぁたまたまですよ」
「はいはい。それより天使ちゃんとね、今度ご飯行こうって話してたんだけど工藤君もどう?店長の奢りでさ」
「え、いや俺は従業員じゃないし」
「天使ちゃんが言ってたのよ。工藤君ご指名だよん」
「……まぁ、あいつがいいのなら」
すっかり店で打ち解けているようで少し安心した。
しかしどうせなら俺がいないところでも勝手に交友関係を広げてくれていいのにとも思ったりはする。
俺がいないと不安とか、そんな乙女じゃないだろ。
「お疲れ様でしたー」
天使が着替えて出てきた。
時計はちょうど十一時。バイトが終わったということか。
「お疲れ様天使ちゃん。明日もよろしくね」
「はい、ありがとうございます綴先輩」
「もう、カナメでいいって言ってるのに」
最後のやり取りなんかをみると、綴さんとはすっかり仲良くなった様子。
やっぱり彼女に頼って正解だった。
天使も心許せる女子というのは必要だろうし。
「おつかれ」
「あー、今日もマジで変な客ばっかりで怠かった」
「またナンパか?でも、いつかみたいにキレるなよ」
「八人よ今日は。全く、世の男どもはヤることしか考えてないわ」
あーあと、間延びしながら俺の隣でトボトボと歩く天使はうんざりした様子でそう話す。
しかし本当にモテるんだな。
美人というのもあるけど、天使には人を惹きつける魅力というか、そんなものが自然と備わっているのだろう。
……でも、言い寄られていいと思った男とかいないのかな。
「なぁ、どんな客なんだそれは」
「は?別にいいでしょどんなでも」
「まぁ、そうだけど」
「……全員おじさん。まじで女子高生ナンパとかあいつら頭沸いてる」
「はは、そうか」
いつかこいつの事を見た目に騙されて連れ去っていくまぬけな王子様の登場を俺は、ずっと待っていた。
しかし、今はそんな王子様が現れたら……
「それより今日のご飯は?」
「ああ、生姜焼きだよ」
「いいじゃんいいじゃん。さっさと帰ろ」
「ああ」
コンビニからのわずかな帰り道の間、少しだけ期待をしてしまったが彼女と手を繋ぐことはなかった。
やはり気まぐれ、だったのだろうか。
部屋で生姜焼きを温め直してから天使と美味しくいただいた。
そしてデザートを食べている時に、天使の方から
「あんたって、彼女いたことあんの?」
と訊かれた。
「なんで?」
「別に。でも、モテてたんでしょ?」
「まぁ、それなりに。でも彼女はいたことない」
「そう。まぁ話つまんないもんねあんた」
「そんなこと言うならそのプリン返せ」
「そういうとこ、モテないわよ」
ベッと舌を出してから、天使は当てつけのようにデザートを一気に食べきる。
片づけを終えると、もう日をまたいでいたので天使が部屋に戻る。
「ご馳走様。明日はさっぱり系がいいわね」
「食費払えよお前」
「給料出たら払うわよ」
玄関で靴を履きながら、天使はおまけで「ケチ」と呟く。
そんな彼女を見送ると、玄関の扉を開けたところで天使の動きが止まる。
「どうした、忘れ物か?」
「……から」
「え?」
「私も、彼氏いたことないから!」
「は?」
「死ね!」
バンッ!と大きな音を立てて玄関の扉が閉まり、その向こう側へ天使は消えた。
……一体なんだったんだ。
気を取り直して部屋に戻り、さっきまで天使が座っていたクッションのへこみを見つめながら、さっき彼女が言ったことを思い出す。
彼氏、いたことないんだ……。
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